単行本 - エッセイ

最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』刊行記念書き下ろしコラム【4】夜更かしのすすめ

きみの言い訳は最高の芸術』刊行記念書き下ろしコラム【全6回の4】
 

夜更かしのすすめ

最果タヒ

部屋の外で、いろんなことが私にはわからないまま進んでいく。芸能人がどうだとか、国際情勢がどうだとか、そういうことすべてを網羅できない不安によってテレビをつけっぱなしにしてしまう。急に耳がその音声をすべて「雑音」だとみなすことがあり、慌てて電源を切るけれど、静かになった部屋で、なにもかもが動きつづける世界に、置き去りにされていく自分をイメージしてぞっとする。
「夜更かしというのは明日の自分を前借りしているだけのことだ」
そう、むかし日記に書いたことがある。それでもやっぱり夜更かしを止めることはできないね。やっと消すことができたテレビから目をそらし、パソコンを開いて原稿を書こうとする。次第に明日は起きられないだろうな、とじんわり身にしみてくる。
眠りがすべてをリセットするとどこかで期待していて、でも、明るくてヘルシーで太陽の光みたいな朝のわたし、みたいなものは幻想でしかないと知っている。ただ1日の始まりらしく、余裕に浸ってテレビをつけ、怠惰に過ごす。夜の、動かなくなった空気の底で、私の呼吸の音だけを聞いて、今この瞬間に何かを手に入れなければ、すべてが消えてしまうような、あとがないって感覚をきっとすっかり忘れているんだ。夜が好きだ。不健康だろうが暗かろうが、翌日を台無しにしてしまおうが、その時間の世界だけはまるで私が全てであるかのように沈黙して、だからこそ、私は私のことを信じるしかなくなる。最強に、ならざるをえなくなる。私を追い詰める、唯一の時間。

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著者

最果タヒ

1986年生まれ。詩人・小説家。2006年、現代詩手帖賞を受賞。07年、詩集『グッドモーニング』で中原中也賞を受賞。著書に『死んでしまう系のぼくらに』(詩集)、『星か獣になる季節』(小説)他多数。

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