単行本 - 日本文学
新・芥川賞作家の宇佐見りんはデビューのときなにを綴ったか 第56回文藝賞「受賞の言葉」
宇佐見りん
2021.01.20
このたび『推し、燃ゆ』で第164回芥川賞を受賞した宇佐見りんさんは、2019年、「かか」で文藝賞を受賞し作家デビューしました(選考委員:磯崎憲一郎、斎藤美奈子、町田康、村田沙耶香各氏)。芥川賞受賞を記念して、第56回文藝賞の「受賞の言葉」を公開します。
受賞の言葉
宇佐見りん
「遅れ」を自覚しなければならない、というところからこの小説は出発しました。それは社会からの遅れであり、あらゆる人間関係からの遅れであり、私自身の学びや人格の遅れです。ある時期から急に人とうまく喋れなくなり、言葉が上滑りするようになった私の、テンポの遅れでもあります。
今回賞をいただいた作品のまどろっこしく幼い語りには、この「遅れ」がそのまま反映されています。もしも別の書き方をしていたら同じ話は生まれなかったでしょう。「私は」と書くだけで、あるいは社会に広く流通する言葉を使うだけで、語り手が幾ばくか大人びた人間にかわってしまう気がするのです。
書きながら何度も、普段意識しないところにある己の「遅れ」を突き付けられ、そのたびにまともなかたちに修正してしまいたい衝動にかられました。それでも私は、自分自身が次に進むために、「うーちゃん」の偏った目から見た痛々しい世界を書かなければならなかった。
「遅れ」を開き直るべきではない、と思います。そうした人間は容易く他人を傷付けるからです。しかし、「遅れ」た人間の淋しさを否定することは誰にもできないとも思うのです。
この先自分がどこまで視野を広げようが、どんな目的でどんな小説を書こうが「うーちゃん」の未熟な目に常に睨み付けられていることを忘れず地道に書いていこうと思います。それだけが、これからの私にできる唯一のことです。
最後に、これまで支えてくれた友人や先生方、本当にありがとうございます。そして私のいっとう大事なひとたちへ。ありがとさんすん。
初出=「文藝」2019年冬季号