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Aマッソ加納愛子、初の小説集『これはちゃうか』発売!

Aマッソ加納愛子、初の小説集『これはちゃうか』発売!

「元気なときに余力で、クッキーこぼしながら読んでもらえたら嬉しいです。」加納愛子

お笑いコンビAマッソのネタづくり担当、加納愛子さんの初小説集『これはちゃうか』が発売されました。文芸誌「文藝」に掲載した4篇に、書下ろしを2篇加えた、全6篇の短編小説集です。

終わりのないおしゃべり、奇想天外な町、日常から一歩はみ出したホラー、直球のハートウォーミング――そこには“意味”も“救い”も“共感”も、あるのやらないのやら。

 

高瀬隼子氏、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)氏推薦!

人間をシビアに見つめてよく知っているのに、底のところがぬくいままで、ずるい。

――高瀬隼子

 

その才能の可視化! お世話になったはずなのに、忘れてたな。「これはちゃうか」は紙媒体だ。そういうことか。

――ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)

 

「文藝」に掲載されるたびにSNSで話題沸騰&書店員さんからも感想続々!

「さすがオチがすごい」「最高のフレーズに蛍光ペン引きまくり」「抜群に心地よい気持ち悪さ」「独特の視点」「しばらく記憶にこびりつきそう」「“今”を感じる距離感」などなど、熱のこもった感想が寄せられました。

また、本作を読んだ書店員さんからも絶賛のコメントが続々!

あまりにも独特なノリと語り、そして世界。そこに秀逸なオチまであるとなれば、これは完全に「癖」になる本だと。深いのか浅いのか、重いのか軽いのかも掴みきれない独特さの中に、確かに「面白さ」がある。現代アートのような本だと思っていました。

――文苑堂書店福田本店 一杉亜津子さん

 

読み進めているうちに、感情移入を超えた「あれ?これ私の生活の一部な気がする」という図々しくも面白く豊かな読書体験でした。なんて、少しかっこつけてしまいましたが、実際はふはは!と声に出して笑ったり、友達同士の話を聞いているような気になったり、ちょっと首を突っ込んで他人の家の事情に手を差しのべたくなったり、生活を切り取って映像を言葉として読んでいるような、明日は私次第で面白くできそうな気になりました。うん、多分なります。シンプルに面白い。

――BookYard. CHAPTER3 嬉野愛果さん

 

まるで万華鏡のように様々に移り変わる短編集。堪能しました!

――文真堂書店ビバモール本庄店 山本智子さん

 

収録作品

「了見の餅」――同じアパートに住む友人が元気ないっぽい(書き下ろし)
「イトコ」――イトコという存在の不思議についてバズり記事書きたい
「最終日」――美術展の最終日に駆け込んでマウントとってくる奴
「宵」――映画研究会の言い伝え、〆切間近になると現れる怪奇
「ファシマーラの女」――駅がいっぱい生えてくる変な町
「カーテンの頃」――失った両親の友人にしもんと二人暮らし(書き下ろし)

 

刊行記念! 収録作品「イトコ」無料公開

イトコ  加納愛子

****************************

「イトコの存在って、私にとってのイトコってことでしかなくて、だからイトコにとって私がイトコである、っていう事実、まじ意味わかんなくないですか?」
 グラスに刺さったストローを左手の親指と人差し指でつまんだまま、向かいの席に座った樋口は渋い表情をつくる。わざとらしいほど寄せた眉間の皺は、化粧っ気のないあどけない顔に不釣り合いで、一瞬そのことに意識を持っていかれる。隣の席のサラリーマンが足を組み替える。同じタイミングで、意識は再び樋口のストローに戻る。私の返答を待っているのか、発言したことで明らかになった思考を反芻しているのか、樋口はまだ左手の動きを止めたままでいる。どこかしら会話の一区切り、そして次の話題に移る間に飲もうとしているだけなのだろうけど、私にはその手元の不自然な停止が、グラスの真ん中でストローが自立するのを支えているように見えた。イトコ。自立。頭の中に打たれた2つの単語が即座に結合し、古い記憶を連れてくる。

 あれは小さい頃に住んでいた家の前の道路だ。私は一輪車を練習していて、3歳年上のイトコの有紀子に両手を支えてもらっていた。家の前から、角にある4軒となりの新聞屋さんまで。ほんの十数メートルの距離が、果てしなく遠く感じた。新聞屋さんの開け放たれた入り口からは、一定のリズムで折込広告をいれる機械の音に混じってわずかにインクの匂いが漂ってくる。一輪車は人の手を借りて乗ると、体の重心が前にかかり車輪は後ろへ流れてしまう。なかなか思うように進まずへっぴり腰のような体勢になっても、私は有紀子の手を離すまいとしていた。ピアノを弾くためにある有紀子の綺麗な両手が、今は自分の両手を握っている。意識はそれだけに集中した。あの時の有紀子の顔はうまく思い出せない。笑っていただろうか。もしかしたら、早く切り上げて別のことをして遊びたいと思っていたかもしれない。面倒見がいいタイプではなかった。しばらくして、1人で一輪車に乗れるようになったと伝えたとき、有紀子はもう中学生で、とある男性アイドルに夢中だった。有紀子の部屋の壁に大きく貼られた、はにかむような笑顔のポスター。「クラスにはな、こんなかわいい子おらんねん」と抱きしめた、綿がぱんぱんに詰まったドナルドのかたいクッション。あのアイドルも、今ではもう40歳近くになる。

 

 樋口は注文の際、若い女性店員に「メロンソーダ、で、アイスを乗せないでもらえますか」と伝えていた。アイス抜きで、と言えば良いのに、「メロンソーダの主観で言うやん」と茶化したら、「長いくせに小さいスプーン、あれ恥ずいんですよ」と答えた。「じゃあ、さくらんぼは?」と聞くと、「え? さくらんぼ、なんか問題ありますか?」と、今度は素っ頓狂な声を出す。仕事は早いし頼りになるが、自分で決めたルールで身動きが取りづらそうに見えることが多い。そもそもメロンソーダの時点で十分恥ずかしくないか、と言おうとしたが、それに続く会話の応酬を想像し、有意義ではないと判断してやめた。
「だって考えてみてください、イトコの中で、自分は脇役なんですよ?」
 体内に取り込む飲み物にしては、あまりにも発色の良すぎるメロンソーダが視界に入るせいで、その発言はことさら毒を含んで放たれたような印象を受けた。こうでないと、と思う。言葉がまとう雰囲気なんて、所詮そのような外的要因でいかようにも変化するのだし、そんな不確かさが前提にあるからこそ、日々の軽口の一つ一つに責任を感じずに生きていられる。文章とは違って証拠が残らないのがいいと、この頃は他人の発言に対してすら感じる。

「いいなそれ。私が言語化したことにしてくれへん?」

 取っ手の小さい白くて簡素なコーヒーカップを傾け、私は冷めつつあるアメリカンを一口啜った。9月にはいり、先週までのうだるような暑さが嘘のように涼しくなったが、この店の空調はいまだ猛暑日に合わせた設定温度になっている。入店してすぐに冷えを感じ、「カイやな」「カイですね」と樋口と小声で言葉を交わした。カイ、とは回転率を重視していることが露骨に出ているお店で、繁華街にあるカフェの五軒に1軒はカイだ。私や樋口のようなドリンク1杯で長時間カフェに寄生するノマドワーカーを駆逐するため、店員が薄手のカーディガンを羽織って静かな戦闘を仕掛けてきている。頻繁に通うカフェでも、気を抜くとわざとコンセントのない席に通されそうになる。

「してくれへん? って、誰に対してですか?」
「樋口の中で。私も自分が言ったことにするし。樋口はこの意見を、私から聞いたっていう認識になる」
「イヤですよ。これだからwebメディアに侵された人は」

 大学を卒業して、深く考えずに就職した印刷会社は2年足らずでやめた。今考えてみると、新入社員として受けた研修の期間中からすでに、「ほう、ここがすぐに思い出に変わる社屋か」「ふむ、これがいずれ懐かしむ社内ルールか」と、未来目線で過ごしていた。会社自体には不満もなく毎日晴れやかな気持ちで出勤していたが、ある日、自称・鑑識眼を持つ女上司から「上原さんの明るさってさ、取引先とかそういう、たまにしか会わない外部の人が出してくるそれだよね」と言われた。「一番いいやつですね」と笑顔で返したが、あからさまに嫌そうな顔をされ、そこからやや風当たりが強くなった。呑気に過ごしながらも、「自分はいつかしっくりくる仕事をやりそうな気がする」と、ぼんやり思っていた。
 大型書店の店頭に平積みされてあった『人間、24歳から本気出したらなんとかなる』という、ロクに知らないIT企業の社長の本に背中を押され、24歳になった私は会社をやめてwebライターになった。退職の意向を伝えた時、例の女上司は一言「だろうね」と吐き捨てた。目を合わせてもらえなかったのをいいことに、置き土産のつもりでウインクしたら、それを見ていた2年目の後輩の女の子が小さな声で「やば」と漏らした。若い世代に理解があることをことさらアピールしたがる常務が、「やめちゃうのは残念だけど、退職願の文、良かったよ」と褒めてくれて、幸先の良さを感じた。

 

 転職してからある程度の安定した収入を得られるまでは時間がかかったが、好きな時間と場所で仕事ができる自由さと、自分の文章のみで評価されるシンプルさが性に合った。カチッと、はじめて自分の身の置き場所が決まった音がした。実体を持たせる印刷会社とは対極にあるwebというフィールドを選んだエッジも、なかなか自分らしくて気に入った。

「上原さんってなんでそんな悪びれないんですか?」
「だって、悪くないから」

 大学の後輩で、就活中だった樋口にフリーのイラストレーターの道をすすめたのも、自分の仕事をスムーズに運ぶためだった。樋口は在学中、女子大生の日常をゆるいタッチで描き、くすっと笑えるセリフを添えた4コマ漫画を、数少ないフォロワーしかいないSNSで不定期に投稿していた。私が特に好きだったのは、仲のいい友達から彼氏ができたことを事後報告され、他の友達は事前に聞かされていたことを知った回。その心情を、昼休みの中庭で見たジャグリングサークルが投げるピンになぞらえ、「大丈夫、舞い上がっているときは誰に言ったか(どのピンを持っているか)わからなくなっているだけ」と描写した。普段ぶっきらぼうな喋り方をする樋口の切なさを帯びた繊細な部分を知れるのが嬉しくて、毎回アップされるのを楽しみにしていた。あれもっと見たいねんけど、と話したら、照れ臭そうに前髪をくしゃくしゃと触り、横を向きながらぼそっと「不定期じゃないですよ、第2・第4木曜です」と言った。それを聞いて思わず噴き出し、その時から私の熱のこもった勧誘は始まった。樋口が受けるつもりの企業を「絶対ブラック」「欠陥工事のビル」などと根拠もなく徹底的に批判し、「こういうの似合うんちゃう?」と、立ち寄ったコンビニで美容雑誌を開いてはパーマとカラーリングをすすめた。観念したように就職活動をやめた樋口だったが、そのことでどれだけ両親に嫌ごとを言われたかを滔々と述べ、「ダメだったら責任とってくださいよ」と念を押してきたが、「責任ね! わかった」と言うとあっさり納得した。「とりあえず断定しとけ」ということも、かのIT企業の社長に学んだ。

 はじめのほうは私が小さな企業に依頼されて書いた記事に、樋口の2コマほどのイラストを載せて投稿していただけだったが、要領と勘のいい樋口は自分の生かし方を摑むのも早かった。私の知らないうちにどんどんと仕事の幅を広げ、今では情報雑誌の挿絵や、人気エッセイストの本の表紙など、ネットに限らず樋口のイラストを見る機会は格段に増えた。樋口は決して人あたりの良い社交的な人間ではなかったが、彼女の描くイラストの独特の柔らかさと、対面せずにやり取りできるこの仕事が、今の時代に完璧にマッチしている。

 

「で上原さん、今度はなんの記事を書くんですか? 前回からもうだいぶバズってませんよね?」
「身も蓋もないこと言うな」
 webライターになって最初の数ヶ月は、ネットではどんな記事が好んで読まれているか、記事の拡散されていく過程はどうなっているかを徹底的に調べた。ある分野に特化したまとめサイトというジャンルの定着、フォロワー数の多いユーザーが拡散した場合の突発性、さまざまな現象を把握していきながら、自分の強みが生かせそうな場所を探す。「できれば面白い記事を書きたい」と漠然と思っていたが、ふざけた記事、というジャンルもしっかりと確立されており、その方面ではどうやら「取るに足らない疑問や話題を、面白可笑しく、かつ真剣に考えてみた」という内容が人気であることを知った。転職してから1年後、見よう見まねで書いた「秋元康はドレミファソラシドどれが好きなのか? 数えてみた」という記事が思っていたより多くの人に読まれ、それがきっかけで別ジャンルのまじめな取材記事の依頼も増えた。あれから4年、ある程度この業界の要領を摑みはしたが、競争の激しいwebメディアの中で試行錯誤する日々は変わらない。わかってはいたが、人の興味の移り変わりの早さにはいつも新鮮な気持ちで驚いてしまう。

 

「もうな、ネタっぽい記事は流行らんから。共感の時代やねん。旦那の悪口書いた主婦の記事とかが人気やったりするやろ」
「そんなの上原さんがやることじゃないでしょ」
「そう、だから、私はイトコ。これよ」
「流行らないと思います」
「ちょっと前、漫画とかで妹ブームってあったやろ? 次は絶対にイトコやねん」
「流行らないと思います」

 

 暑くも寒くもない時、私はイトコのことを考える。空腹でも満腹でもない時。仕事に追われていない時。体にも心にもなんの負荷もかかっていない時。私はいつも、イトコを思う。イトコとは、手っ取り早い幸福である。

 

「書き出し、どう?」
「意味わかんないです」
「うそん」
「幸福である、じゃないんですよ。小説かなんかだと勘違いしてません?」
「バズらせるだけが仕事じゃないねん。書きたいことが明確にあるってのが大事」
「そもそも、なんでイトコについて書きたいんですか?」
「なんでって」

 

 特筆するような話題がないから、と言ったら樋口はまた例の苦い顔をするだろう。
 私と有紀子は、どこにでもいるイトコ同士だと思う。絵に描いたような、オーソドックスな、なんの変哲もないイトコ同士。姉妹である母親と伯母も地元を離れなかったため、お互い簡単に行き来できる距離に住んでいて、年に数度、なんの目的もなく、強いて言うなら「顔を見せる」ために、会う。
 イトコとは、喧嘩するような出来事は起こらない。会う頻度からしても関係性からしても、イトコに対して自分の主張を貫き通さないといけない場面はほとんどないに等しい。同世代であるが、きょうだいほどフラットには話さない。かといって、友達や仕事仲間ほどの緊張感もない。会いたいと思えばいつでも会えるし、会いたくなければ避けられる。どんな人ともそつなく会話ができる私なのに、いつまでたっても「イトコ用の会話術」が確立しない。
 そしてそんな存在はイトコ以外には、有紀子以外にはいない。だから、自分の中で変化しない有紀子との距離を、私はずっと考えてきた。この距離が、この距離のままである意味を。いつまでたっても、姉にも親友にもなってくれない有紀子の遠さを。日常のふとした時でも、決して私の顔なんて浮かばないであろう、髪のきれいな有紀子のことを。

 

「もっとイトコにもさ、考えてほしいと思わん? なんで私ばっかり、って思わん?」
「思わないです。普段イトコのことなんて考えないでしょ」

 

 考える。私はイトコについて考える。
 例えば、女性2人の組み合わせを説明するとき、「姉と妹」と言えるのは良い。「姉」と言うときは妹の立場からの呼称になるし、「妹」と言うときは姉からの目線になっている。「母と娘」もそうだ。短い言葉の中の目線の変更が、その二人の結びつきを表している気がする。しかし友達だと、それができない。「友達と友達」とは言わずに「友達同士」と説明される。同士、ほど不確かな言葉はないと思う。どちらかが友達だと思っていない可能性があるし、一時的なものの香りが漂う。いずれはそうでなくなる未来を突きつけられているようだ。ただこれは「他人だから」という理由付けをすれば、その香りを楽しむこともできる。他人だから。家には馴染まない、刺激的な交友の香り。
 それなのに。イトコはなぜ、イトコ同士なのか。同士でないといけないのか。同士と言わないとなぜ「イトコとイトコ」なんていう悲惨なありさまになってしまうのか。香りはどうした。いつになったら香ってくるのか。なんで所属先によって左右される「先輩と後輩」なんかに負けてしまうのか。

 

「上原さんは、イトコが好きなんじゃなくて、自分が好きすぎるんですよ。だから、自分の手で距離に変化を起こせない存在がいるのが悔しいんじゃないですか」
「そんなアホな」
「そうですよ、絶対」
「仮にそうやとして、そんな人間が私以外にいたら、記事を書く意味はあるとは思わん?」
「思いません」

 

 中学3年の時、正月に集まった祖母の家で高校3年の有紀子がクラスメイトとの会話を笑いながら再現していた。「ほんなら知恵がな、『アリーナのってっか!』って急にショーゴの真似してん、ドームツアー初日で見たやつ。めっちゃおもろかった~」
 微笑ましそうに聞く母親や伯母のそばで、私は有紀子の服装がギャル系から古着系に変わっていることで頭がいっぱいだった。付き合う友達によってファッションが変化するのは女の子にはよくある。それ自体はどうでもよかった。また、イトコの変わり目に、立ち会えなかった。それしか考えられなかった。なんでいつも、と気がついたら涙の前兆がきていて、慌ててコタツに顔を突っ込んだ。こんな気持ちになるなら、もっと他人になってくれたらいいのに。なんで、自分の意図していないタイミングで、数時間話したのちに、また私の知らない場所で変化するために帰っていくのか。ピアノはいつやめてしまったんだろうか。昔彼女の部屋に飾られていたポスターは、私の記憶が正しければ、ショーゴではなかった。

 

「私やったら、友達がアイドルのモノマネした話なんかせえへんけどな」
「どういうことですか?」
「別に、おもんないやろ、そんなん」
「じゃあ、つまんないって言えば良かったじゃないですか」
「イトコに、そんなん言われへんよ」

 

 光沢のある黒い革のトートバッグからノートパソコンを取り出して、樋口は何も言わず突然仕事に取りかかる。今日は割と話したほうかもしれない。最初の頃は、唐突な会話の切り上げ方に「普通なんか言うやろ。じゃあ、とかなんとか」と指摘していたが、私がそれを面白がっているような表情をしたことに味をしめ、雑談の終わりはこれが通例になった。一度仕事をやり始めると、樋口は私が話しかけても露骨に嫌な顔をする。会社員やったらそんな態度ありえへんけどな、と苦笑いしながら、会話も不完全燃焼で仕事モードに移行できていない私は、テーブルの上に置いていた携帯を片手でたぐり寄せる。未読の連絡を開いて重要度が高い順に返信し、続けてネットニュースのエンタメ欄を流し見する。興味のない芸能人のさらに興味のない話題が、15文字ほどにおさまって並んでいる。何気なく記事を開いても閲覧数にカウントされることを知っている同業者としては、よほどの関心がない限りクリックはしない。どんな記事でもライバルはライバル、そして閲覧数はwebライターの生命線だ。しかし記事にされた芸能人のイトコは、きっと記事を見るだろう。イトコならではの感情と、イトコならではの熱量をもって。
 有紀子は私の書いた記事を、知らないうちに目にしていただろうか。普段どんな記事を開いて生活を潤しているのか、知りたいわけではないのに、知らないという事実がまた私の前に突っ立っている。それが邪魔なのかどうか、いまだ決めあぐねていた。

 

 記事一覧の下のほうに「橋本浩平、過度な天然キャラがウケる理由」という見出しがあり、そこで目がとまった。ふと思いついて、検索サイトに飛び、「シンフォニー デビュー前」と打ち込む。
 今年の春にデビューした八人組アイドルグループsymphonyeeは、先輩アイドルの後ろで踊っていた下積み期間が長かったおかげで、キレのあるダンスに定評がある、という情報までは知っていた。一度たまたま見ていた音楽番組に出演していた彼らは、全員お揃いのシックな色合いの衣装を着ていて、ほとんど誰が誰だかわからなかった。その中でも、おそらくセンターであろう「はっしー」と呼ばれる橋本良平だけは、最近バラエティ番組でよく見かけるのでかろうじて顔と名前が一致する。
 画像検索をかけて、ゆっくり下にスクロールしていく。すると予想通り、10代前半の頃の幼いsymphonyeeの前で歌うショーゴの画像がでてきた。後ろで満面の笑みを見せている八人とは対照的に、ショーゴの属する3人グループはみんなロックシンガーのような鋭い表情をしている。アイドルにもいろんなカラーがあるのだと改めて気づく。

 

「樋口、ごめんちょっといい?」
「いやです」
「私さ、はっしーのファンになろかな」
「……はい?」
「はっしー。知ってる? symphonyeeの」
「知ってますけど、なんでですか?」
「かわいい顔してるし頑張ってるし勢いあるし、私がファンになったとしても、なんら違和感ないと思わん?」
「だから、なんでなんですか」
「ショーゴの後ろで踊っててん、はっしーは」

 

 携帯の画面をみせながら画像の中の2人を指差す。樋口は一瞥しただけですぐに怪訝な顔を私に向けた。
「そこまでして、接点つくりたいですか」
「記事書くとき、取材相手の好きなスイーツ調べて手土産に持っていくのと変わらんやろ?」
「全然ちがいますよ」
「ただのイトコのままやと書かれへんのよ」
「じゃあ書かなくていいじゃないですか」
「私が電話して、昔のはっしーのこと教えてって言ったら喜んで教えてくれると思うねん」
「今日、私がうっすら上原さんのイトコに嫉妬してるの、気づいてますか?」
「なるほどな」
「なるほどな、じゃないんですよ」
 入店してから1時間が経ち、ようやくパソコンを開く。カバンから充電器をとりだし、上体をかがめて足元のコンセントに差した。樋口がキーボードをうつ手を止めずに「電話しないんですか、イトコに」と聞いた。
 パソコンの起動音と合わせて、背筋が伸びる。
「知らんかったわ、連絡先」
 液晶2枚を隔てて、樋口の口元がすこし緩んだのが見える。

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加納愛子

1989年、大阪府生まれ。2010年に幼馴染の村上愛とお笑いコンビ「Aマッソ」を結成。Aマッソのネタ作りを担当。2022年に開催されたAマッソ第9回単独ライブ「与、坐さうず」では初の3都市ツアーを完走。「THE W 2021」準優勝。
「Webちくま」にてエッセイ『何言うてんねん』、「⼩説新潮」にてエッセイ『行儀は悪いが天気は良い』連載中。初の著書エッセイ『イルカも泳ぐわい。』は発売即日重版、現在もロングセラーとなっている。

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