単行本 - 日本文学

心に潜む「明るすぎる闇」を暴き出す、綿矢りさの新境地 『嫌いなら呼ぶなよ』

 ひととのつながりは素晴らしいもので、だからそれをもたらすコミュニケーションという営みを私たちは積極的にすべきで、コミュニケーションが苦手なひとはそれを克服すべきだ、……。こういう印象を持っているひとが多いからか、コミュニケーションを研究していると言うと、私もまたコミュニケーションを好ましいものと見ているはずだと思われることが多い。

 でも、コミュニケーションというのはそんなに素晴らしいものだろうか? コロナ禍で以前よりもSNSに張り付く時間が増えたり、少数の限られたひととばかり会話をしたりする日々のなかで、みな大なり小なり感じているのではないか? 「いや、そんなにひとと繋がりたくないんですけど」、「コミュニケーションなんてそこまでしたくないんですけど」、「別にあなたとしゃべりたくないんですけど」、などと。

 綿矢りさの新刊『嫌いなら呼ぶなよ』は、暴走するコミュニケーションを遮断する物語が集まった短編集だ。本作で描かれるコミュニケーションは有毒なまでに暴走し、その挙句に遮断され、繋がりが断たれる。しかし綿矢はそれを、孤独ではなくむしろ喜ばしいものとして、毅然とし、そして自らの安全を確保するために必要なものとして肯定的に描いているように思える。

 表題作「嫌いなら呼ぶなよ」は、妻がいながらも何の罪悪感もなしにゲーム感覚でほかの女性と関係を持とうとする男性が主人公となっている。妻とその親友が企画したパーティに呼び出されてみたところ、実はそれは主人公を問い詰める場を設けるための口実で、主人公は妻とその友人やそのパートナーたちに取り囲まれて釈明をせざるを得なくなる。けれど、その釈明の薄っぺらいこと。作中でもその軽薄さは周囲にバレているのだが、主人公の心のうちが読める読者にはよりいっそうひどく見える。そして思わされるのだ。「こんなやつとしゃべっていても仕方ない」と。それゆえ、主人公の最後のひとことを遮断するドアが、とても爽快に感じられる。

 そう、ドアだ。好ましくないコミュニケーションをやめさせようとして言葉を尽くしたところで、その言葉がさらなるコミュニケーションのきっかけになってしまい、コミュニケーションは止まらない。本作で有毒なコミュニケーションを止めるのは、言葉ではなく、常にむき出しの物理的な力だ。美容整形についていじり続けるやり取りはぐるぐる巻きの包帯で遮断され(「眼帯のミニーマウス」)、YouTuberへのアンチの粘着的なコメントは黄色いおしっこで押しとどめられ(「神田タ」)、ベテランから若手への深夜になっても止まることのない「アドバイス」は停電によってブロックされる(「ろうがいでもじやくやから」)。そしてそれによって訪れる、電源をぶつっと切ったような静けさが心地いい。私たちはきっとそんな会話を続けたくなんてなかったのだ。

 ここには、「こんなやつと会話なんてしたくない」と思ったことのある人々への物語がある。

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