単行本 - 日本文学
注目の気鋭作家が描いた怒りの幽霊ヒーロー小説 『死んでいる私と、私みたいな人たちの声』大前粟生
夏木志朋
2022.08.12
私は、誰かを救うために主人公が奔走する物語が大好きだ。
もっとも多く見られるのは、主人公が他者を救い、それにより自己の回復をも遂げるストーリーだろうか。この場合の「他者」を「自分」に置き換えることも可能で、自分自身を救うために駆け抜ける主人公の姿に、読み手である「誰か」が救われるといった、代行の構造が取られている場合もある。
この小説『死んでいる私と、私みたいな人たちの声』の視点人物である「幽霊」の女性は、物語内で、ある、実際的な形で自分自身を救う。
そのくだりを読んだ時、私は本作の構造に驚き、非常に感銘を受けた。何層もの、代弁と連帯の造りになっているのだ。
恋人であるDV男性に殴り殺された女性が、幽霊となって世の加害男性たちを殺していく。
そうした立ち上がりの物語だが、本作の妙は、加害者たちへの懲悪の快にはとどまらない。作者である大前粟生氏が過去作『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』で、男性性への徹底的な自問をしたように、今作もまた違った形で、加害を絶対に許さない構えと、被害者の痛みを小説といった形式で明るみに出すこと、そして、「他者を呪殺できる幽霊」という超絶な力を持った主人公女性サイドへの、ある誠実な問いかけも同時になされている。
本作は被害女性の幽霊である「窓子」と、彼女が視える力を持った少女の二人をメインに展開する物語だ。
彼女たち二人のやりとりを見て、私は自分に問いかけた。
私は女性として日々、「窓子」にばかり戦わせてはいないだろうか。力を持った「窓子」だけを矢面に立たせ、その陰に隠れて、「窓子」─つまり、戦ってくれる女性のなした改革の、上前ばかりをはねてはいないだろうか、と。
私は、他者に対しては「戦わない」ことを認める気持ちがある。戦うことで、生活や精神・命が脅かされてしまう状況に今まさに身を置いている女性も存在するからだ。しかし、己に対しては、やはり常に自問する。「窓子」ばかりに背負わせてはいないだろうか。だからこそ、作中で幽霊の窓子を思いやる「彩姫」の内心の言葉が、ズシンと胸に迫ってくる。
本作は二部の物語で構成されており、一部は、「あなた」という二人称を用いた不思議な語り口で始まる。その手法が取られている意味に気付いた時の「あ!」な気持ちを、ぜひ、読んで体験していただきたい。幽霊というものの性質を体感するとともに、この手法だからこそ、もたらされる確かな癒しが存在している。そして、一部・二部どちらとも、最後の数行の、なんと考えさせられることか。まったく正しい、と感じた。
「怒れる女の幽霊のシスターフッドものって何ぞや?」と、まずは手に取っても構わない。この物語に飲み込まれて欲しい。女性、男性、どちらでもない方、すべての「あなた」の心に一石を投じる、そんな「幽霊」小説だ。