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「5分シリーズ」刊行スタート記念!3日連続試し読み公開vol.1『5分後に戦慄のラスト』収録「隙間」★まるごと1話試し読み★
エブリスタ
2017.04.25
いよいよ刊行スタート!
エブリスタと河出書房新社が贈る短編小説シリーズ「5分シリーズ」(特設サイトはこちら)。
投稿作品累計200万作品、コンテスト応募総数20000作品以上から厳選された短編は、すぐ読める短さなのに、衝撃的に面白いものばかりです。
刊行スタートを記念して、3日連続で試し読みを公開します!
あなたも5分で衝撃を受けてください。
★vol.2 『5分後に驚愕のどんでん返し』収録「私は能力者」試し読みはこちら
★vol.3 『5分後に涙のラスト』収録「不変のディザイア」試し読みはこちら
『5分後に戦慄(せんりつ)のラスト』(5分シリーズ)より、まるごと1話試し読み!
隙間(すきま)を覗かずにはいられない男が見たものとは−–
* * * * *
「隙間」 快紗瑠
あの時を思い返すと、僕は僕の意思で行動したわけではないような気がする。
僕が通っている学校には二つの校舎がある。
新校舎と旧校舎。
そこそこ新しい建物と、古びた建物の間には、五センチくらいの不自然な隙間(すきま)があるんだ。
僕らの手だけが入るくらいの、小さな子供の体だって絶対に入れない狭(せま)い隙間。
単なる増築であるのならば、新校舎と旧校舎を屋内で行き来できるよう、通路を造ったり、渡り廊下を造ったりするだろう?
逆に、老朽(ろうきゅう)化によって、新校舎を建てなければならないという理由であれば、旧校舎を壊して、全てを新しくするか……。
でも、うちの学校はそれらをせず、旧校舎の数センチ横に新校舎を建てた。
勿論(もちろん)、中で繋(つな)がっているわけではないから、新校舎から旧校舎へ、旧校舎から新校舎へ行くには、一旦(いったん)、外に出なくてはならない。
だからこそ、余計に気になる。
たった数センチの僅(わず)かな隙間が。
僕の性格は基本、大雑把(おおざっぱ)で、来る者拒(こば)まず去る者追わず、執着心(しゅうちゃくしん)の欠片(かけら)もない。
それなのに、この隙間だけはやけに気になる。
その気持ちは、日々、次第に膨(ふく)れ上がり、授業中も友人と遊んでいる最中も、隙間が頭を過ぎり、終いには夢にまで現れるようになった。
ここまで僕が一つのことに執着するなんてことは、未だかつてない。
気になれば……見るしかない。
人間というのは、一度湧き上がった欲求には勝てないものだ。
ある日の放課後、僕は吸い寄せられるかのように、いつの間にか、件(くだん)の隙間の前まで来ていた。
真正面に立つと、真っ暗な闇(やみ)が奥へと続いており、その先には、この世とは違う世界が広がっているのではないかと、錯覚(さっかく)を起こさせる。
まぁ、実際に校舎裏に行って確認をしてみれば、こちらと同じように、隙間がぽっかりと口を開けて待っているだけなのだが、その時の僕には、目の前にある先の見えない細い『魔の入口』は、「ほら、覗(のぞ)いてごらんよ」と誘っているようにしか見えなかった。
左手は新校舎、右手は旧校舎に掌(てのひら)をつけて、徐々に顔を近づける。
右目で隙間を覗くように、新校舎と旧校舎の壁(かべ)にゆっくりと顔を押し付けると、その暗い隙間から何かが飛び出した。
ビュッ!
咄嗟(とっさ)に隙間から目を外すと、そこから飛び出して来たのは、目を疑うモノ。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……
白く細い、骨ばった手。
長く尖った真っ赤な爪。
それが隙間から飛び出し、獲物を捕らえられなかったイラつきからか、カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……と、五本の指をバラバラに動かし、長い爪を鳴らし続けていた。
真っ赤な爪。
よく見れば、それはマニキュアではない。
指先も赤く染まっている。
僕の脳内では、一つの言葉が響(ひび)いた。
〝血染めだ〟
この白い手は、こうやって隙間に興味を持つ人間をひたすら待ち、覗いた瞬間(しゅんかん)に、その長い爪で獲物の目を抉(えぐ)っているんだ。
彼女の爪の色の謎が解けた時、背中に冷たいものが流れた。
その場で腰を抜かしたままの格好で、その手が届かない程度離れた位置から、目を凝(こ)らして隙間を見た。
そこには、絶対に人なんて入れない筈(はず)なのに……。
五センチなんていう隙間に人がいるなんてこと、絶対に常識では考えられないのに……。
長い髪の女の人が、言葉では言い表せないくらい有り得ない格好をし、今の僕と同じ目の高さで、目を合わせてきた。
手は相変わらず、僕が立っていた時の目の高さの位置で指をバラバラに動かし、
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ……
と気味の悪い音を立てている。
ガタガタ震えだす足がいうことをきかないので、僕は座ったまんまの格好で、後ろへ後ろへと、後ろ手に這(は)うようにして距離(きょり)を取ると、その……そこにあってはならない〝顔〟が呟(つぶや)いた。
「あと少しだったのに……」
恨めしそうな目で睨(にら)んだかと思えば、ピュッと姿を消した。
それが、僕が初めて経験した恐怖体験だ。
あの隙間に一体何があるのか?
一体何が棲(す)んでいるのか?
未だにわからないが、その一件から僕は隙間覗きが止められなくなってしまった。
あんな怖い目にあったらトラウマになって、隙間が怖くなるだろうって?
いやいやいや。
それがそうでもないんだよ。
箪笥(たんす)と壁との間。
床とベッドの下との間。
物と物との間。
とにかく【隙間】を覗くのが大好きになってしまった。
そこには大抵、埃(ほこり)、ゴミ、虫の死骸(しがい)くらいしかないのだけれど、時々……いるんだ。
何がだって?
それは……ふふふ。
聞きたいかい?
それはね、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類であったり、未確認生物であったり、通常では絶対に見られないものだよ!
勿論、毎回いるわけじゃないさ。
殆(ほとん)どが、さっきも言った通り、埃やゴミ、虫の死骸くらいしかない。
でもね。
たま~に。
本当にごくたまに。
小さなオッチャンがいたり、変な緑色した虫のような動物のような……。
とにかく変な形をした物が、時には寝ていたり、時には虫の死骸を運んでいたり(食糧(しょくりょう)?)しているんだ。
いや!
本当さ!
疑うのなら、君も覗いてみるがいいよ。
何十回に一度くらいの割合だけど、見ることができるから!
でもね。
この【隙間】覗き。
ここまで僕の話を聞いた君ならば、もう分かっているよね?
物凄(すご)く、『危険な遊び』だっていうことをさ。
それでも、僕は止められないんだよ。
もしかしたら、あの『スリル』が快感なのかもしれない。
あの『恐怖』が忘れられないのかもしれない。
あぁ、そう考えると、全てに合点がいく。
僕はあの時から、きっと隙間女に魅入(みい)られてしまったのかもしれないね。
* * * * *
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ーー3日連続試し読み公開!ーー
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