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話題の新刊『オリンピック・デザイン・マーケティング』著者・加島卓氏インタビュー――「エンブレム問題」とはいったい何だったのか、いまだから問い直す

——『オリンピック・デザイン・マーケティング:エンブレム問題からオープンデザインへ』、タイトルはビジネス書のように見えますが、実はデザインや広告の歴史を踏まえた社会学になっており、一般読者から研究者まで広く読まれるように思います。なぜいまこの本を書かれたのでしょうか?★9784309248356

 

そもそものきっかけは、2015年夏のエンブレム問題です。あの夏のことは忘れられません。当初からブログで記事をいくつか公開し、8月中旬からはラジオ・テレビ・新聞などで意見を述べてきました(http://d.hatena.ne.jp/oxyfunk/20150907)。『〈広告制作者〉の歴史社会学:近代日本における個人と組織をめぐる揺らぎ』(せりか書房、2014年、日本社会学会第14回奨励賞)という博士論文を書いていたので、専門領域のデザインや広告が「社会問題」になったという認識でした。

ところが、エンブレム問題はネット炎上や知的財産権に局所化して論じられ、デザインや広告に関する議論と十分関連付けられていないように見えました。最初の違和感はここにあります。つまり「パクリかどうか?」や「出来レースかどうか?」という話題のなかでしか、エンブレム問題が捉えられていないと思いました。

こうしたことから、まずはオリンピックをめぐってデザイナーと広告代理店がどのような関係にあるのかを整理し、その上で佐野研二郎さんや野老朝雄さんによるエンブレムが持つ意味を明らかにしようと思いました。ネット炎上論や知的財産権論の事例として当てはまる部分だけではなく、デザインや広告の歴史のなかでエンブレム問題を捉えようというわけです。

 

——デザインや広告の歴史からエンブレム問題を捉えると、何がわかるのでしょうか?

 

デザインの歴史からは、デザイナーとオリンピックが今までどういう関係にあったのかがわかります。広告の歴史からは、広告代理店とオリンピックが今までどういう関係にあったのかがわかります。本書では前者をエンブレムの「作り方」、後者をエンブレムの「使い方」と呼び、両者の関係の変遷を調べることで、エンブレム問題の歴史的な位置を明らかにすることにしました。

たとえば「作り方」が重視されていた頃、エンブレムは「マーク」と呼ばれ、現在のような商業利用は禁じられていました。ところがオリンピックの財政難に伴い、マークの「使い方」が本格的に検討され、巨額の協賛金を支払ったスポンサーだけが使える「エンブレム」になりました。

日本で言えば、東京大会(1964年)や札幌冬季大会(1972年)のマークは「作り方」を重視しており、デザイナーが中心になって選びました。ところが長野冬季大会(1998年)のエンブレムは「使い方」を重視しており、広告代理店が中心になって選びました。そして東京大会(2020年)のエンブレムでは再びデザイナーが中心になり、佐野研二郎案が選ばれたというわけです。

デザインや広告の歴史から捉え直すと、エンブレム問題の背景にはオリンピックをめぐるデザイナーと広告代理店のバランスの変化があったことがわかります。そしてこうした変化が、「パクリかどうか?」や「出来レースかどうか?」という論点と深く結び付いていたこともわかってきます。

 

——歴史を踏まえて現在の分析をするのが特徴なのですね。執筆にあたって、苦労したことはありますか?

 

一番苦労したのは、書き方です。NHK『クローズアップ現代』(「東京五輪エンブレム“白紙撤回”の衝撃」、2015年9月3日)に出演した時も苦労しましたが(笑)、佐野案の白黒判定ばかりが注目されるなか、別の考え方もあり得ることをどのように伝えるのかは悩みました。「祭り」のなかで「祭り」に乗らず、それでも意味のある見解をどのように出し続けるか。これに大変苦労しました。

私の専門は社会学で、なかでも歴史的なデータをよく扱います。現代社会の問題を考えるために歴史を遡り、いまとは異なる考え方もあったということを特定し、変化の意味を考えます。問題関心は現在にありますが、その問題を解くために歴史を参照し、過去と現在の関係を考える感じですね。

そのため、執筆には少し時間がかかりました。当初はもっと早く書き終わる予定でしたが、気が付いたら当初の企画を超える分量になっていました(笑)。それから、日本体育協会の資料室にはよく通いました。オリンピックの史料をちゃんと保管している場所がなければ、本書を書くことはできませんでした。インターネットやデータベースだけでは調べられないことって、本当に多いんですよね。

 

——エンブレム問題も既に「歴史」なのかもしれません。2020年の東京大会まであと二年半ですが、どのような読者にこの本を読んでもらいたいですか?

 

「エンブレム問題って、結局何だったの?」という方ですね。「パクリかどうか?」や「出来レースかどうか?」といった判定を急ぐのではなく、こうした疑問が生まれる歴史的な文脈を踏まえ、エンブレム問題に限らず現代のデザインや広告が抱える面白さと難しさを知って頂けると嬉しいです。

実はこの本は「未来」についても述べています。副題に「エンブレム問題からオープンデザインへ」とあるように、専門家と市民参加の関係を問い直す移行期の事例として新エンブレム(野老案)を捉えています。二次創作や集合知、クリエイティブコモンズなどが注目されるなか、専門家によるデザインとユーザー参加型デザインのこれからを考えるために、この本を読んで頂けると幸いです。

この部屋からは現在建設中の新国立競技場がよく見えます。完成が近づくと、会場周辺の景観は一変しそうですね。東京大会の開催に向け、地域の商店街は一体どのような景観を作り出すのでしょうか。エンブレムを使えるのは、巨額の協賛金を支払ったスポンサーだけです。しかし、市松模様や藍色は誰もが使うことができます。こういうバランスのなか、東京が一体どんな景観を作り出すのか、今からとても楽しみです。そう、エンブレムの「作り方」だけではなく「使い方」、この両方に注目するともっと面白いよというのが、本書のメッセージなんです。

 

★DSC_0070

河出書房新社 会議室からの光景

 

 

 

 

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