単行本 - エッセイ

本はグルグル、世界もグルグル 『ミルコの出版グルグル講義』刊行記念トークイベント

さる2月14日、三省堂池袋本店で山口ミルコ『ミルコの出版グルグル講義』刊行を記念して山口さんと担当者である河出書房新社の阿部晴政とのトークイベントが開かれました。以下はその要旨です。なお最後にミシマ社の星野友里さんによる本書のレビューを掲載いたします。

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阿部 山口ミルコさんはひとことでいうと「伝説的」編集者でした。いろんな本を作る現場にいたけれど、知らないこともあった。今回の本はそれを学び直しながら、一方で若者に本の編集を教えるという二重のプロセスを体験して本の世界について考えるといういままでありそうでなかった一冊です。

山口 私は、最初は角川書店で、角川春樹さんが社長だった時代の編集者を五年、そしてそこから独立した見城さんが幻冬舎という会社になって、そこに十五年いました。丸二十年を編集という仕事に費やしていたので、自分が会社を辞めて本を書くことになるとは会社を辞めた時点では思ってなかったんです。

阿部 幻冬舎をやめて、癌とたたかいます。

山口 癌治療は私が幻冬舎という会社でわらわらと大忙しで働いていた時間と真逆の閉じこもる時間であったんですよね。いつもオープンに外へ外へ向かって二十年生きてきたのに、急に閉じられた世界に引き籠もることになってしまった。会社を辞めたのが二〇〇九年三月なんですが、そこから来年で十年くらいたつんですけれども、とにかくショックの激しい十年でしたね。

山口 質問を受けましょうかね。

質問者1 この本に本が廃棄されているすがたが描かれて衝撃を受けました。

山口 皆が普段触れている本の姿というのは本当に一部の、人の一生でいえば青春時代みたいなところです。いちばんキラキラしていて、誰かに手に取られようかどうしようかというときの若々しい時なんですけど。そこに私はかつて携わっていたけど、そこはほんの一部だったんです。私は右肩上がりの時代に青春を送ることができたけれども、これからはどんなに恵まれた才能、そしてやる気がある子も、そういうふうにはいかない。そのとき本の行方、そしてもっと大きい世界での自分を見つめられる人になっていってほしいなと思ったんですよ。それをわかってもらうために、廃棄工場と倉庫と様々な所を紹介してもらいまして、それぞれビデオカメラを持って取材に行きました。

阿部 山口さんが病いを得たことによって見えてきた世界と本の世界が重なりなりあうことでそれぞれがいままでとは違う姿であらわれてくるんですね。その意味ではこれまでの三冊が繋がっています。だか世界のことを考えていくということと、本のことが実は無縁ではない。

質問者1 私も本は好きなんですけれど、でどんどん作っては捨ててしまうというのがとても悲しいなと思って。

山口 そうですよね。何年か前に料理研究家の人と対談をしたんですけれども、「本がどうなるかというのを知っちゃったら、私はもう本を出したくない」と言っていた。これは本だけでなくこの社会が生み出す廃棄物をどう考えるかです。全部が全部考え直さないと。たぶん世の中の偉い人たちがやっている進める政策とかよりも、たぶんこういう場で今話しているような人たち、私たちのほうが先を行っているはずじゃないかな。

質問者2 山口さんはこの本の中で、一旦この原稿を棚上げしてかなり時間がかかって改稿をくり返したと書いていたんですけど、出版社側は棚上げされると困るじゃないですか。その気持ちもたぶんわかっていらっしゃる、棚上げしていた期間はどういう気持ちだったんですか。

山口 本は生まれる前から命をもっていて、「ここじゃないんだけど」と言っているんですよ。私がこういう方向がいいんじゃないかって思ってやっていたことは、違うんじゃないかという芽が芽生えちゃって、そのときに本の声に耳を澄ます。これはたぶん私が会社にいたときと変わっていると思うんですけど、ある意味、天に丸投げというのかな、自分で決めないようにしようとしていて。そこに支えられたかなと思います。結局、無理するとろくなことがないなっていうのが、やっぱり五十年くらい生きているとあるんですよ。

阿部 まさに「似合わない服」ですよね。

山口 やっぱり「機が熟す」ってすごく大事。あと「気が済む」っていうのかな。この本を私が書くんだけど、この生き物がうまく育つまで、気が済むまでとことん付き合おうと。そしたらある時期からパッパッパッと進みましたね。そこのところの耐え方。私は会社員のとき耐えるのがすごく下手だった。でもやっぱり辛抱ってすごく大事だなって思う。たぶん人の人生においても、いいことって人が思っているよりもゆっくりやって来ると思うんですよね。いかに落ち着きをもってそこに向き合えるかなっていうのが修行というか。それによって生まれたものが遠くまで行けると信じています。

質問者3 本の最後のほうに阿部さんから「変わっている珍しい原稿」という感想があったと書かれています。これはどういう意味ですか?

阿部 ここには出版だけの本だったら要らないところがいっぱいあるんです。でも実はそこがいちばん大事なんです。たとえば実はこの本のいちばん肝じゃないかと思うのが、北海道の美流渡(現在、岩見沢市)、という所に行く箇所です。そこはある意味で滅び去った地域で、「ミルコとミルト、私は一緒だ」と感じるところがあります。本当だったら出版講義で、こんな記述を入れているのは変ですよね。変だけど、これがこの本の中で真ん中にどんと重くて、ここがこの本の重力になっていて、だからこれが力になってグルグル回っている感じがします。

質問者4 二十年編集をやられていて、辞めようと思ったきっかけは何だったんでしょうか。

山口 十年前、二〇〇八年の九月にリーマンショックがありましたよね。そのとき私はちょうどニューヨークに出張に行ってまして、その日の街の雰囲気とか世界同時株暴落が起こった日のニューヨークの都会のムードを引っさげて日本に帰ってきたら、自分の中でいろんなことがうまくいかなくなったんです。社長には反抗するし、会社で情熱をもってやれていたことも何かもう違う。そんなふうにかつて思ったことがなかったんですけどそういうふうになっちゃって。

阿部 ただそのとき、ある世界の終わりが見えたみたいなことだったんですよね。今までいた世界が違って見えた。

山口 そのときははっきりわかってなかったんですけど、今から思えば、時代の変わり目みたいなところに自分が立っていて、それまでの自分でいられなくなっちゃった。ちょっと時間を置いて見てみれば、仕事自体を嫌いになってはいなかったし、むしろ時間がたったことで若い、編集をやろう、本を出していこうという人たちに対して、自分のできることは何でもやりたいというふうに思って、大学で二年間講義をやり、これも書きました。

質問者5 質問が的外れかもしれないんですけど、装丁の話です。カバーがとても素敵です。

阿部 これは鈴木成一さんというデザイナーさんにお願いしたものです〔実際は立命館大学の北岡明佳教授による錯視画像を許諾を得て改変したものです〕。

山口 たくさんベストセラーを手がけている方です。

阿部 鈴木さんにはお願いに私が行ったときに、鈴木さんはもう原稿を読んでいて、さっきと同じように「今までにない不思議な本で面白かった」と言っていました。鈴木さんはこの画像をいつかどこかで使いたいと思っていて、最初の打ち合わせでこの本でこそ使いたいといきなりおっしゃってくださった。だからこれは鈴木成一さんの山口さんへの愛ですね。

質問者6 講義の中で若い学生さんたちと出版を志す人たちと触れ合ったと思うんですけど、その学生さんたちは出版業界をどういう認識で眺めているのかなと思ったんですけど。

山口 私の授業をとっている子でも本屋さんでアルバイトをしていて、本がどのような流れで世の中に出ているかというのはある程度知っている子も多かったんですけど、出版という仕事が今イケてないということを肌で感じて知りながら、でも出版への憧れがとても強い。ただ、脅えている。出版業だけじゃない、今、日本でバリバリに働いて世の中を動かして仕事をしている人たちというのは、どうやらものすごく大変らしい、それは嫌だな、だからどうしよう、という感じですかね。これが私はひじょうに問題だと感じていて、今度それについても深めてみたいと思っています。この前、ある若手のバンドリーダーと話をしていたら、よく自分の後進を育てるミュージシャンがいるけれども、それよりも聴く人を育てるような仕事をしないとだめだよねと話していました。それを出版に当てはめるならば、もっと本が楽しい、読むことは面白いと、そっち側を耕すことにフォーカスしないとだめで。それはきっと面白いものを出すしかないんですよね。売れているから一冊本を買ってみたけど面白いからもう二冊三冊買って読んでみようかな、というふうな人たちが増えるのがベストセラーの効果ですよね。私が幻冬舎にいた頃に五木先生は、ゴルフ場に出てキャディーさんたちが「あの本、面白かったよね」と言えるような本を出せるようになるのが大事だとよく言っていました。

阿部 さすが五木先生ですね。すごいなあ。

山口 そういう教えをガンガン受けました。だから面白いものを書けるように頑張りますので、よろしくご指導をお願いいたします。

 

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【特別レビュー掲載】

星野友里

二つの再生

 

本書では、二つの再生のドキュメンタリーが同時進行で描かれます。一つ目は、本。冒頭、本が大量廃棄される「死の工場」の様子が描かれる場面は、本に携わる者にとって胸が詰まる光景です。

しかしその後、元編集者の著者は学生に編集の講義をしながら、原稿ができ、編集者や校正者、デザイナー、印刷所などなど、たくさんの手をかけられて本が生まれ、本屋さん に送り出される「本の一生」を辿ることで、本が何度も生き返りつづけることを実感します。

もう一つは、著者自身の再生。冒頭で、退社と闘病を機に編集の仕事から離れ、「“編集者ミルコ”はもう死んだ」と綴る著者は、「自分はどんな編集者だったのか?」「自分にとって会社とはなんだったのか?」という問いの答えを見いだせず、本書を執筆しながら グルグルの渦に迷いこみます。

そして、本書を書き切ったとき、実は、かつて愛した仕事は死なずに自分の中に息づき、 他の誰かに引き継がれたことに気づきます。

どんな仕事にも、それぞれの喜びと苦しみがあり、ときに、人生を懸けていたような仕事とはぐれることは、誰にでも起こり得ると思います。そんなとき、ぜひ本書を手に取ってみてください。再生のヒントは「モクモク・コツコツ」と「生き切ること」です。

 

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山口ミルコ公式サイト

http://yamaguchimiruko.tanomitai-z.com/

 

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