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「今という戦場」Twitter文学賞1位の超話題作『スタッキング可能』 穂村弘の文庫解説を公開

スタッキング可能
松田青子

どうかなあ、こういう戦い方は地味かなあ――各メディアで話題沸騰!
「キノベス!二〇一四年第三位」他、各賞の候補作にもなった、著者初の小説集。

第2小説集『英子の森』文庫化を記念して、
文庫収録の穂村弘さんによる解説を特別公開します。

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解説 今という戦場

穂村 弘

 

松田青子さんと対談をした時、彼女はこんなことを云っていた。

幼稚園の段階で「自分は駄目だな」ってわかりました。集合写真も私だけ完全に浮いているんです。真っ直ぐに立ててない。
「花椿」787号(2013年7月)

面白いな、と思った。特に「真っ直ぐに立ててない」ってところ。確かに、それは「駄目」そうだ。気をつけとか前へならえとか、日本では基本中の基本だから。

また、恋愛について尋ねた時の答えはこうだった。

恋愛とか全然面白くないですよね、なんなんですか、あれ。岩館真理子さんとかの少女漫画がすごく好きで恋愛とはああいうものだと思っていたのに、実際自分が恋愛をしたら同じことは再現されないじゃないですか。それがまず不思議で。
「花椿」787号(2013年7月)

「なんなんですか、あれ」って訊かれても困るけど、笑ってしまった。幼稚園の頃から「真っ直ぐに立ててない」、そして「恋愛とか全然面白くない」。この人は、一見そうは見えないけど、中身は完全なはみ出し者ではないか。

そんな作者が考えた「スタッキング可能」というタイトルは、アイロニカルなニュアンスを帯びているように見えた。現代の日本ではどんな「わたし」であってもどんな「あなた」とも交換可能なんですよ、完全なはみ出し者以外は、という。

また本書には、普通であれ、女であれ、という世間の同調圧力に対する呪いの言葉が充ちている。確かに、無根拠に押しつけられる普通との戦いは、悪との戦いよりもずっと厳しい。普通との戦いにおいては、いつの間にかこちらが悪にされてしまうからだ。その透明で最悪な普通に挑む作者の姿勢は、清々しいほど徹底している。

だが、読み進むうちに、それだけではないことに気がついた。

好きなスカートに好きな靴に好きなバッグに好きなポーチに好きなリップ。大丈夫。私は守られている。C川は働こうと思った。働くぞ私は。そのために私はここにいる。C川はリターンキーを押すと、スリープ画面を蹴散らした。
「スタッキング可能」

なんという真っ直ぐさ、わかりやすさ、そして捨て身さだろう。よく書いたな、と思う。だって「好きなスカートに好きな靴に好きなバッグに好きなポーチに好きなリップ。大丈夫。私は守られている」なんて、例えば戦前生まれの人には呆れられても仕方のないひ弱さ、そして薄っぺらさではないか。

だが、ここには現在を生きる我々の切実感が宿っている。昔の人だって今の会社で働いてたらこうなるんだよ、と私も主張したい。でも、云えない。それは無意味な仮定だと思ってしまうからだ。

その意味で、現代の日本で生きることの困難や苦痛を表現するのは難しい。昔に比べたら、或いは今も恵まれない国の人々に比べたら、ここは天国のように見えるからだ。真夜中のコンビニエンスストアには必需品の全てが揃っていて、デパートには考え得る贅沢品の全てが溢れている。でも、我々の苦しみは、それらと同居するように確かに存在している。ただ、はっきりと指し示すことができないのだ。そのまま書いたら、恵まれた時代と場所に生きている者の、単なる甘えや贅沢にされてしまう。どうしようもない。戦争体験者や飢えた人々を前にしては、今の日本で普通に暮らしている我々の絶望も希望も語ることができない。どうしてなんだ。こんなにはっきり感じてるのに。

だからこそ、本書の特異なスタイルは生み出されたんじゃないか。収録された一篇ごとが普通の小説とは違う姿をしている。お洒落とかセンスでそうなっているわけではない。どの一つをとっても、こんなにはっきり感じてる、ということに対してできるだけ真っ直ぐであろうとした結果というか、藁をも掴むぎりぎりの一回性の輝きがある。二度目はないのだ。

その点では、詩にも似ている。例えば、マーガレット・ハウエル→マーガレットはうえる→「マーガレットは植える」という発想。或いは「最後までもうすぐ結婚する女がもうすぐ結婚する女だと私は知らなかったのだが、もうすぐ結婚する女と同じグループになった」という奇妙な一文。そして「嘘ばっかり! 嘘ばっかり! ウォータープルーフ嘘ばっかり!」という決め台詞。いずれの場合にも、主体的な意図を超えた言葉の偶然性を生かそうとする感覚があると思う。必死の思いがあるからこそ、自分よりも言葉に賭ける、という詩の作法だ。

マーガレット・ハウエルという一点から転がりだした言葉は、こんな風に展開される。

でもどれだけ箱をさばいても、以前のようにマーガレットの心が温かくなるような素敵なものは出てこなかった。マーガレットは悲しみを植えた。マーガレットは不安を植えた。マーガレットは後悔を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。マーガレットは恐怖を植えた。くる日もくる日もマーガレットは罰ゲームのように恐怖を植えた。
「マーガレットは植える」

この文章は普通の散文のようには視覚化できない。にも拘わらず、意味とは別のリズムの力によって、我々が立たされているのがどんな戦場なのか、味わっているのがどんな飢えと怖れなのか、びりびりと伝わってくる。

本書に収められた作品たちは、絶望と希望の塊のようだ。二十一世紀の生温い絶望をぎりぎりまで圧縮することで希望に転化する力を秘めている。

「大丈夫です。私たち、きっと大丈夫です。こんなにがんばっているんですから、大丈夫に決まっています!」
どこかのフロアからCの声が聞こえた。どのCが言ったんだろう。何人もいるからすぐにわからない。まあ、どのCもだいたい言うことは同じだから、どのCでもいいだろう。
「スタッキング可能」

「C」の言葉のひ弱さと薄っぺらさが何故か胸に沁みる。表題作のラストシーンでは「スタッキング可能」という言葉がくるりと反転して光が溢れ出す。それは、「わたし」と「あなた」は時間を超えて繋がれる、って意味だったんだ。

(歌人)

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松田青子

1979年兵庫県生まれ。作家、翻訳家。著書に、『スタッキング可能』『おばちゃんたちのいるところ』他。訳書に、『レモン畑の吸血鬼』(カレン・ラッセル)『AM/PM』(アメリア・グレイ)他。

 

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