文庫 - 人文書

「目に映る世界だけが世界ではない」ーー天才物理学者カルロ・ロヴェッリの名著文庫化!『すごい物理学講義』訳者あとがきを公開

『すごい物理学講義』

カルロ・ロヴェッリ 
竹内薫監訳 栗原俊秀訳

時間は存在しない、無限の終わり、ビッグバンの先にあるもの……
「新たなホーキング」とも呼ばれる天才物理学者が教えるこの世界の真理ーー
名著、ついに文庫化!
訳者あとがきを公開します。ぜひお読みください。

****************

訳者あとがき
栗原俊秀

 あなたは「超ひも理論」をご存じだろうか。

 本書『すごい物理学講義』の第9章で手短に触れられているとおり、「超ひも理論(超弦理論)」とは、一般相対性理論と量子力学の統合を目的にした、「量子重力理論」の最有力候補である。日本で出版されている量子重力理論の一般向け解説書のほとんどは、この超ひも理論をテーマにしている。

 しかし、超ひも理論はけっして、世界の物理学者たちが模索している「唯一の」道ではない。量子重力理論の候補として、超ひも理論と並んで本命視されているのが、本書の著者カルロ・ロヴェッリが専門とする「ループ量子重力理論」である。ロヴェッリは「ループ量子重力」の名付け親であるとともに、この分野の第一人者でもある。学問の世界でも出版の世界でも超ひも理論が圧倒的に優勢な日本において、本書はループ量子重力理論について日本語で読むことのできる、たいへん貴重な一冊と言えるだろう。

 本書のオリジナル(原題は『現実は目に映る姿とは異なる』(La realtà non è come ci appare))は二〇一四年にイタリアで刊行され、同年に「メルク・セローノ文学、、賞」と「ガリレオ文学、、賞」を受賞している。これらは科学の魅力を広く一般に伝えることを目的にした賞で、文学と科学の世界を結びつける優れた著作に与えられる。すでに本書を通読された方ならご承知のとおり、ロヴェッリは物理について語りながら、たびたび文学(または広く芸術作品)に言及している。なかでも、アインシュタインの「三次元球面」がダンテ『神曲』の描く宇宙像に一致しているという議論(第3章)は、イタリアの読者の興味を強烈に惹きつけたに違いない。

 本書の刊行から一年もたたないうちに、ロヴェッリは『七つの短い物理学講義』という小さな書物(七八ページ)を世に出している。これは、本書『すごい物理学講義』の内容をさらに平易かつコンパクトにまとめたもので、イタリア本国をはじめとして欧米各国でベストセラーとなった。日本でも『世の中ががらりと変わって見える物理の本』という邦題で、すでに河出書房新社から翻訳が刊行されている。これら二冊の一般向け物理学書の成功により、一躍「時の人」となったロヴェッリは、新聞・雑誌をはじめとする各種メディアでさかんに取り上げられるようになる。現在では彼のことを、「新たなホーキング」などと呼ぶ向きもあるようである。二〇一六年四月には、日本のイタリア文化会館(東京)で、イタリアの放送局Raiが制作したロヴェッリへのインタビュー番組が上映されている。

 本書の大きな特徴のひとつは、量子重力理論という最先端の物理学理論の解説に、古代の哲学者デモクリトスがたびたび登場する点にある。普段からこの種の科学書に慣れ親しんでいる読者であっても、現代物理とデモクリトスの取り合わせには新鮮な印象を抱いたのではないだろうか。日本の類書で、デモクリトスの原子論がここまで子細に参照されるケースはまれである。そして、その背景にはそれなりの理由がある。

 冒頭に書いたとおり、日本で出版されている量子重力理論の解説書の大半は「超ひも理論」にかんするものである。では、「超ひも理論」と「ループ量子重力理論」のあいだにはどんな違いがあるのだろう?「ひも」と「ループ(輪)」という名前だけを見れば、二つの理論は何やら似た者同士にも思えるかもしれない。しかし実際には、両者の性格は大きく異なる。とくに重要な違いとして、「超ひも理論」が描く世界が「連続的」であるのに対し、「ループ理論」が描く世界は「離散的(粒状)」であるという点が挙げられる。したがって、すべては「粒」からできているとするデモクリトスの議論は、世界を「連続的」なものとして捉えている「ひも論者」にとって、そこまで重要な意味は持たないのである。一方で、物質も空間も、時間さえもが「粒」であると考える「ループ論者」からすれば、デモクリトスの思想は現代物理学の核心まで到達していると解釈できる。

 ロヴェッリは、アインシュタインの光量子仮説や量子力学、そして量子重力理論について解説しながら、要所要所で古代の原子論に言及している。本書の読者は、ロヴェッリの巧みな筆さばきを追っていくうちに、古代人の直観が「事物の本質」をどれほど深く見通していたか、まざまざと思い知ることになる。

 とはいえ、本書はけっして、ループ量子重力理論について分かりやすく解説しただけ、、の書物ではない。ロヴェッリは、古代から現代にいたるまでの物理学の歩みをたどる過程で、自分の科学の捉え方をたびたび表明している。彼によれば科学とは、「少しずつ広がっていく視点から世界を読む営為」であり、「〈技術〉を提示するより前に、まずもって〈見方〉を提示する営み」でもある。ロヴェッリの言葉は、「なぜ科学を学ぶのか」という問いかけに対する誠実にして明快な回答になっている。科学はわたしたちに、世界という書物の読み方を教えてくれる。わたしたちは科学をとおして、「自分の目に映る世界だけが世界ではない」ことを知る。科学的探究の起源には、より遠くへ行ってみたい、より遠くを見てみたいという好奇心がある。そして、そうした願いは、「生に意味を与える輝かしい営み」だとロヴェッリは主張する。

 このように、本書は現代物理学の概説書という枠を超え、人間と、科学と、世界のかかわりについて多くを考えさせてくれる書物である。イタリアや欧米各国で広範な読者に受け入れられたのも、本書がもつこうした性格に起因するところが大きいと思われる。

 第13章「神秘」では、科学の歩みにおける「無知の自覚」の大切さが説かれている。知の限界をわきまえ、不確かさを受け入れることが、科学的探究の原動力になる。訳者はロヴェッリの言葉を読んで、ポーランドの詩人シンボルスカのノーベル文学賞記念講演の内容を連想した。そこには、こんな一節がある。

 だからこそ、「わたしは知らない」という、この小さな言葉をわたしはそれほど大事なものだと考えています。それは小さなものですが、強力な翼をもっています。そして、わたしたちの生を拡張し、わたしたち自身の内なる空間の大きさにまで広げてくれるだけでなく、さらにはこのはかない地球を浮かべた、わたしたちの外の空間にまで広げてくれるのです。もしもアイザック・ニュートンが自分に対して「わたしは知らない」と言わなかったら、たとえ庭のりんごが目の前で雹のようにばらばらと落ちたとしても、彼はせいぜい身をかがめてりんごを拾い、おいしく食べるだけだったでしょう。[中略]詩人もまた、もしも本物の詩人であればの話ですが、絶えず自分に対して「わたしは知らない」と繰り返していかなければなりません。(ヴィスワヴァ・シンボルスカ『終わりと始まり』沼野充義訳・解説、未知谷、一九九七年)

 ダンテについて言及した第3章でロヴェッリは、偉大な科学と偉大な詩が「類似の世界観」をもっていることを指摘している。シンボルスカとロヴェッリの言葉の類似もまた、その好例ではないだろうか。科学者であれ詩人であれ、知の探究に従事する人間はつねに、「わたしは知らない」ということに自覚的でなければならない。本書を翻訳する幸福に恵まれた者として、訳者もまた、本書の末尾に記されたロヴェッリの願いを共有している。この本を読んだ若い読者が、「わたしは知らない」という言葉を道標(みちしるべ)にして、まだ見ぬ丘の先を目指す冒険に出てくれたなら……長く険しい道のりを進むなかで、あなたはきっと、息を呑むほど美しい景色に出会うはずである。

****************

*本編は本書にて
「はじめにーー海辺を歩きながら」も試し読み公開中です!
*書籍目次はこちらからご覧ください。

 

\ 史上最もわかりやすい物理書にして、泣ける感動作! /

 

『すごい物理学講義』カルロ・ロヴェッリ 竹内薫監訳 栗原俊秀訳
河出文庫●2019年12月発売

わたしたちは、こんな驚きの世界に生きている! これほどわかりやすく、これほど感動的に物理のたどった道と最前線をあらわした本はなかった! 最新物理のループ量子重力理論まで。

カルロ・ロヴェッリ Carlo Rovelli
1956年、イタリアのヴェローナ生まれ。ボローニャ大学で物理学を専攻、パドヴァ大学の大学院に進む。その後、ローマ大学や米国のイェール大学、イタリアのトレント大学などを経て、米国のピッツバーグ大学で教鞭をとる。現在は、フランスのエクス=マルセイユ大学の理論物理学研究室で、量子重力理論の研究チームを率いている。専門は《ループ量子重力理論》で、この分野の第一人者。理論物理学の最先端を行くと同時に、科学史や哲学にも詳しく、複雑な理論をわかりやすく解説するセンスには定評がある。本書は「メルク・セローノ文学賞」「ガリレオ文学賞」を受賞して一躍脚光を浴び、その1年後に『世の中ががらりと変わって見える物理の本』(小社)を一般向けに刊行してベストセラーとなった。その他の著書に『時間は存在しない』(NHK出版)がある。

関連本

文庫 - 人文書

イベント

イベント一覧

お知らせ

お知らせ一覧

河出書房新社の最新刊

[ 単行本 ]

[ 文庫 ]