単行本 - エッセイ

最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』刊行記念書き下ろしコラム【1】言葉は表情

きみの言い訳は最高の芸術』刊行記念書き下ろしコラム【全6回の1】
 

 

言葉は表情
 
最果タヒ
 
「うれしい」「たのしい」「かなしい」「むなしい」
こういう言葉は実は感情ではなくて表情を表す言葉でしかないのかもしれない。人によって感情というものがどういう形をしているかなんて私にはわからないけれど、表情は見える、みんな違うとわかる、そしてその表情こそがみるべきものなのだとも思う。見えもしない感情を推測して期待して、そうやって他人を頭の中で勝手に固定していくことは本当に必要なんだろうか。気持ちを考えなさいと言われるけれど、本当に相手の奥底まで気持ちを推測することは親切や優しさなんだろうか。わかるはずだと期待すること自体が傲慢だとときどき思う。
言葉にはなかなか表情がつかなくて、だからこそ感情を表すふりをした言葉が生まれている、のかもしれないね。絵文字が好きだな。笑ってる顔だの怒ってる顔だの、そういうのをそっと添えた文章を見た時は、なんていうか、相手の内側まで勝手に見ようとする自分がいなくなる。目の前で微笑んでいる人に、「本当は寂しいんでしょ」というのは失礼でしかないけれど、言葉だけだと目に見える表情がないからきっと反射的に推測したくなるんだろう。絵文字はそれを止めてくれるね。言葉が言葉として純粋に、存在することができている。そして、たぶんそうした距離感がいちばんちょうどいいとも思う。

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著者

最果タヒ

1986年生まれ。詩人・小説家。2006年、現代詩手帖賞を受賞。07年、詩集『グッドモーニング』で中原中也賞を受賞。著書に『死んでしまう系のぼくらに』(詩集)、『星か獣になる季節』(小説)他多数。

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