単行本 - エッセイ
「ハルキストのみなさんはさぞやムカつくでしょうが…」最凶コンビが村上春樹『騎士団長殺し』をメッタ斬り!大森望による「はじめに」を無料公開!
大森望/豊崎由美
2017.04.21
小説界の天使か? 悪魔か? 「文学賞メッタ斬り!」シリーズで知られる大森望・豊崎由美の最凶コンビが、ついにあの村上春樹を大解剖。
『騎士団長殺し』に併せて『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』など、村上春樹のこの10年を徹底&痛快に読み解いた『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』より大森望による「はじめに」をお届けします。
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はじめに 大森望
村上春樹が『風の歌を聴け』でデビューした一九七九年五月、僕は大学に入ったばかりだった。中学時代からカート・ヴォネガットの大ファンだったこともあり、『風の歌を聴け』には一発でハマった。おお、デレク・ハートフィールド! 「火星の井戸」! まさか、キルゴア・トラウトにオマージュを捧げる日本人作家が出現するなんて……。
キルゴア・トラウトはヴォネガットの作中にしばしば登場する架空のSF作家で、名前から推測されるとおりシオドア・スタージョンがモデルだと言われてるが(troutは鱒、sturgeonはチョウザメの意味がある)、雰囲気的には一九六〇年代のフィリップ・K・ディックに近い。対するデレク・ハートフィールドの(とくに経歴上の)モデルはロバート・E・ハワード(プラス、H・P・ラヴクラフト少々)と言われていて、僕の趣味とはちょっとずれていたものの、作中に「ウィアード・テイルズ」なんて実在の誌名が出てくるだけでうれしかった。村上春樹は、デビューの瞬間から、海外文学ファン、翻訳小説愛好者のヒーローだったのである。
それから四十年近く経ち、村上春樹は日本を代表する作家となった。毎年、ノーベル文学賞の発表前には各メディアに名前が躍り、新作が出るたび、ボジョレー・ヌーボー解禁日さながらのカウントダウン販売が行われる。日本だけでなく、その作品は五十カ国語に訳されて、海外でも数百万部を売り、各国に熱狂的なファンを持つ。海外でもっとも読まれている日本の現代作家というにとどまらず、英語以外の言語で書くすべての現代作家の中でもトップクラスの人気を誇る。カズオ・イシグロによれば、非リアリズムの主流文学を書いて成功している現代作家は非常に珍しく、村上春樹の存在は、フランツ・カフカ、サミュエル・ベケット、ガブリエル・ガルシア=マルケスに比肩するという。いまやハルキ・ムラカミは、日本人作家というより、日本生まれの世界的文学者なのである。
とはいえ、全世界が待ちわびるその新作を発売と同時に手にして読みはじめられるのは(いまのところ)日本人読者の特権。数十万人がヨーイドンでいっせいに同じ本を読む機会も、他にはめったにない。お祭りにはなるべく参加する主義なので、この十年ばかり、村上春樹の新作が出るたびに発売日に買って読みはじめ、一喜一憂してきた。
大森望と豊崎由美の『文学賞メッタ斬り!』コンビは、仕事を選ばず、お呼びとあらば即参上がモットーなので、どんなお題でも断らないのだが(ラジオでやってる恒例の芥川賞・直木賞予想とその反省会を別にして)、なぜかめったにお座敷がかからない。にもかかわらず、村上春樹の新作長編に関しては、『1Q84』、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、それに今回の『騎士団長殺し』と、毎度のように河出書房新社からお呼びがあり、読み終えたばかりの感想をああだこうだ好き勝手にしゃべってきた。そろそろそれを紙の本で出しませんか? という思いがけない提案をいただき、過去の対談も含めて、『1Q84』以降の小説作品について一望できるように一冊にまとめたのが本書。『騎士団長殺し』、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』、『1Q84 BOOK1』『1Q84 BOOK2』と遡り、最後に『1Q84 BOOK3』と短編集『女のいない男たち』についての話を補完するかたちになっている。こんな便乗本を出す企画が通ること自体、村上春樹という作家の存在の大きさを物語っている──などと言ってもハルキストのみなさんはさぞやムカつくでしょうが、「『騎士団長殺し』メッタ斬り!」という(文字列を含む)タイトルの本を出す誘惑には抵抗できなかった。もともと豊崎由美と大森望の『文学賞メッタ斬り!』は、飲み屋の放談というか、外野席でわあわあ口汚く野次を飛ばすような芸風が基本なので、そういうものだと思ってお読みいただければさいわいです。
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(続きは書籍でお楽しみください。)