単行本 - 自然科学
物理ファン狂喜‼︎世界的ベストセラーが日本上陸! 「新たなホーキング」カルロ・ロヴェッリが教える泣けてくるほどわかりやすい物理学講義
カルロ・ロヴェッリ
2017.07.14
・知識ゼロで読める!
・物理の本なのに感動する!
・泣けてくるほどわかりやすい!
……物理ファンが狂喜する世界的ベストセラーの邦訳版がついに発売!
「新たなホーキング」との呼び声高い“ループ量子重力理論”の第一人者、ロヴェッリが教える
物理学講義より「はじめに」を公開します。
『すごい物理学講義』
カルロ・ロヴェッリ 竹内薫 監訳 栗原俊秀 訳
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はじめに──海辺を歩きながら
わたしたちは、自分自身にとらわれすぎている。わたしたちは、自分たちの歴史を学び、自分たちの心理を学び、自分たちの哲学を学び、自分たちの文学を学び、自分たちの神々を学ぶ。わたしたちの知の多くは、人間それ自体のまわりをめぐっている。あたかも自分たちこそが、宇宙でもっとも重要な存在であるかのように。わたしが物理学に惹かれるわけは、たぶん物理学が窓を開け、遠くを見るように促してくれるからである。物理学に触れていると、家のなかにさわやかな風が吹きこんでくるような気分になる。
窓の向こうに見える景色は、わたしたちを驚かせずにはいない。人間はこれまでに、宇宙についてじつに多くのことを学んできた。何世紀もの歳月をかけて、わたしたち人間は自分たちの過ちの多くを認識してきた。わたしたちは、地球は平らであると信じていた。地球は不動であり、世界の中心に位置していると信じていた。宇宙は小さく、いつまでも姿を変えないと信じていた。人間とは特殊な種であり、ほかの動物たちとのあいだに類縁関係は存在しないと信じていた。一方でわたしたちは、クオークや、ブラックホールや、光の粒子や、空間の波が存在することを学んできた。自分たちの身体のあらゆる細胞のうちに、途方もない分子構造が存在することを学んできた。人類とは小さな子供のようなものである。この子供は成長するにつれ、世界は自分の部屋や遊び場だけから成り立っているわけではないことを発見する。むしろ世界は広大であり、発見すべき事柄や認識すべき観念に満ちあふれている。こうして子供は、慣れ親しんだ環境の外へ踏み出していく。宇宙には終わりがなく、その形は多様であり、わたしたちは今もなお、宇宙の新しい側面を発見しつづけている。世界について多くを学べば学ぶほど、わたしたちはその多様性や、美しさや、簡明さに驚かずにいられない。
しかしまた、多くを発見すればするほど、すでに理解したことよりも、まだ知らないことの方が多いという事実に思い至る。望遠鏡の性能が向上するたび、予測もしていなかった不思議な天体が姿を現す。物質の細部まで分け入っていくにつれ、その深遠な構造があらわになる。今日のわたしたちはビッグバン、つまり、あらゆる銀河が生まれるきっかけとなった一四〇億年前の大爆発についてさえ、その全容を理解しつつある。わたしたちは空間がたわんでいることを知っている。その空間に、振動する量子の粒が織り込まれていることをすでに予見している。
世界を形づくる初歩的な文法に習熟するため、わたしたちは現在も学びつづけている。二十世紀の物理学がもたらした成果を結びつければ、物質とエネルギーについて、空間と時間について、学校で教わった内容とはひどく異なる考え方へ導かれていくだろう。わたしたちが目撃するのは、時間も空間も存在しない世界である。量子的な事象の氾濫(はんらん)が、この世界を生み出している。量子の「場」は、ある事象と別の事象のあいだで情報を交換しながら、空間や、時間や、物質や光を描写する。現実とは、粒状の事象の網の目にほかならない。各事象を結びつける力学は、確率論に支配される。ある事象と別の事象のあいだでは、空間も、時間も、物質も、エネルギーも、確率の雲のなかに溶けこんでしまう。
基礎物理学の一分野である量子重力理論が、この新奇な世界の実態を徐々に明らかにしつつある。目下の課題は、一般相対性理論と量子力学という、二十世紀の物理学が成し遂げた二つの偉大な発見を利用して、世界についてすでにわたしたちが理解している事柄に、一貫性をもたせることにある。この本は、量子重力理論と、その研究から垣間見える奇妙な世界に捧げられている。
本書では、今も進行中の研究の内実を、臨場感をもってお伝えしていく。わたしたちが学びつつあることや知っていること、そして事物の本質について理解しはじめたことが、この本の中で語られる。最初の章は、遠い起源の描写から始まる。鍵となる考え方が、古代ですでに示されている。今日の科学が世界をいかに捉えているのか整理するうえで、先人たちの思索をひもとくことはとても有益である。その後、二十世紀の二つの偉大な発見、つまりアインシュタインの一般相対性理論と量子力学について、両者がもつ物理的な意味合いに焦点を当てながら描写していく。その次に語られるのは、量子重力理論の研究が明るみに出しつつある世界のイメージである。わたしはその際、自然がわたしたちに提供してくれた最新の兆候を、宇宙の標準模型の裏づけとして重視するつもりである。最新の兆候とは、人工衛星プランクによる観測(二〇一三年)と、CERNの観測(二〇一三年)を指している(多くの科学者の期待にもかかわらず、CERNは超対称性粒子を捕捉しなかった)。最後にわたしは、空間の粒状構造、微小なスケールにおける時間の消失、ビッグバンの物理学、ブラックホールの熱の起源といったテーマについて、自身の考えを披露する。さらには、物理的な考え方にもとづく「情報」の役割についても、今後の見通しを検討していく。
『国家』の第七巻でプラトンが語っている有名な神話では、人間たちは暗い洞窟の奥底に縛りつけられている。背後で燃える炎が眼前に映し出す影だけを、人びとは見つめている。その影を現実と思いこんでいるのである。そのなかの一人が束縛を逃れ、洞窟の外に出て、太陽の光と広大な世界を発見する。最初は目がくらみ、混乱する。この人物の瞳は、そうした光に慣れていないから。けれども、ついに目の前の光景を視界に収めると、自分が見た事柄について伝えるために、仲間のもとに戻っていく。仲間たちは、この人物の言うことをなかなか信用しない。わたしたちの誰しもが、洞窟の奥底にいて、自分の無知や偏見に縛りつけられている。わたしたちのか弱い感覚が、自分たちに影を見せている。より遠くを見ようとすると、往々にしてわたしたちは混乱する。遠くを見ることに、慣れていないから。それでも、わたしたちは遠くを見ようと試みる。それが科学である。科学的思考は世界を探索し、描きなおす。そうして、わたしたちが抱く世界のイメージを少しずつ刷新していく。世界についてより的確に考える方法を、科学はわたしたちに教えてくれる。科学とは、思考の在り方を絶えず探求していく営みにほかならない。わたしたちがあらかじめ抱いていた考えは、科学によって揺さぶられる。科学が秘める力は、現実の新たな領域や、より適切な世界のイメージをあらわにする。この冒険は、これまでに積み重ねられてきた知識全体に基礎を置いている。一方で、変化こそが科学という冒険の核心である。より遠くを眺めることが、この変化を引き起こす。世界には果てがなく、その色合いはさまざまに変化する。人間は、世界を見に行きたいと願う。わたしたちは、世界の神秘や美のなかに浸かっている。そして丘を越えた先には、未踏の領域が広がっている。わたしたちは、不確かさのなかに浸かっている。あやふやな知覚にしがみつき、自分たちが知らないことの巨大な深淵のなかで宙ぶらりんになっている。しかしそうした不確かさは、わたしたちの生から価値を奪うよりむしろ、生をより貴重なものへと変えてくれる。
わたしがこの本を書いたのは、驚きと感嘆に満ちたこの冒険について語るためである。わたしは本書の執筆中、物理のことはなにも知らず、けれども好奇心の旺盛な読者のことを考えていた。今日のわたしたちは、世界の基本的な構造についてなにを理解し、なにを理解していないのか。わたしたちはどのような問題に直面しているのか。そうしたことに興味を抱いている人たちこそ、わたしが念頭に置いている読者である。このような視点から見えてくる現実の、息を呑むほど美しい眺望を、本書を通して伝えていきたい。
わたしはこの本を書いているあいだ、物理学の道をともに歩み、今では世界中に散り散りになっている同僚たちや、この道を歩もうと望んでいる、科学に情熱を燃やす若者たちのことも考えていた。相対性理論と量子力学という二つの光に照らされた、物理的な世界の成り立ちのおおよその眺めを、わたしは本書のなかで素描している。そしてまた、二つの光はいかにして両立するのか、自身の考えを提示している。本書はたんに、最先端の物理学を、一般読者へ普及させることだけを目的としているわけではない。研究の現場では時として、専門用語の抽象性が、全体のありようを見えにくくすることがある。そうした状況を克服し、一貫性のある視点を打ち立てることもまた、本書の目的である。科学は実験、仮説、方程式、計算、そして長い議論から成り立っている。しかしこれらは音楽家にとっての楽器(ストゥルメンティ)と同様、あくまでも道具(ストゥルメンティ)にすぎない。音楽にとって重要なのは、実際に奏でられる旋律やリズムである。それと同じく、科学にとって重要なのは、科学的な見方がもたらす世界像である。地球は太陽のまわりを回っているという発見の意義を理解するのに、コペルニクスの複雑な計算を解きなおす必要はない。地球上のあらゆる生物種が、同一の始祖から枝分かれした存在であるという発見の重要性を理解するのに、ダーウィンの書物の複雑な論証をたどりなおす必要はない。科学とは、少しずつ広がっていく視点から世界を読む営みである。
本書でわたしは、今日の研究が示している世界の新しいイメージを、議論の本質や論理的な結びつきに光を当てながら、自分が理解しているとおりに語っていく。わたしの言葉は、同僚や友人に語りかけるような調子で書かれている。話し相手はきっと、こんなふうに聞いてくる。「なあ、きみ。物事の本当の姿は、いったいどんなふうだと思う?」ゆっくりと夕闇に染まっていく夏空の下、二人で海辺を歩きながら。
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(続きは本書にてお楽しみください)
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