単行本 - エッセイ
はっとりさんちの狩猟な毎日 刊行記念著者インタビュー
2019.06.25
イラストレーター・服部小雪さんは、サバイバル登山で知られる服部文祥さんの妻であり、3人のお子さんの母でもあります。ニワトリを卵から育て、シカをさばき、子どもの弁当にヌートリアを入れる……そんな日々について、イラストと文章で描いた『はっとりさんちの狩猟な毎日』について、お話を伺いました。
――サバイバル登山家としてのみならず、都会でもサバイバル生活(参考『アーバンサバイバル入門』デコ)を送られていることで知られている、服部文祥さん。「あの文祥さんの家族はいったいどうやって文祥さんを受け止めているのだろう?」と、服部家に興味を持っている人は多いです。
今回は、十数年にわたる家族の変遷を、サバイバル生活を中心に、振り返りながら書かれているので、古い日記も見返しながらの作業だったようですね。
本の中でも書きましたが、一見めちゃくちゃだけれど、まっとうに生きているなと思える服部文祥と出会ってから、モヤモヤした気持ちになることも多く、それを日記として書きとめずにはいられなくなったんですね。子どもが生まれたら、その思いはさらに増えて強くなりました。こんな思いは誰にも聞いてもらえないし、夫もわかってくれないし……と、鬱々と書く日々で。
当初は、日記に出来事をあれこれ書きためていることは、周りに隠していたのですが、友人から「文祥さんの奥さんでいるのって大変でしょう」と言われて「本当にやっていられないから、家には“恨み帳”が山のようにあるよ」とつい答えてしまった時、「ああ、別に隠さないで、恨みつらみを含む日々の出来事を書いてもいいんだな」と思えたんですね。そこからコソコソではなく、堂々と書くようになりました(笑)。
日記自体は、小学生の頃から断続的に書いています。自分の感じたことを書くというよりは、体験したことを、記録するように書くといいますか、自分も登場人物になるようなストーリーとしてとらえるのが好きなんですね。
必ず、日記は文章に絵や漫画を添えていました。そうすることで、自分がいて他人がいるという状況を、客観的にも見られて、自分のその時々の役割のようなものがはっきりすると思っています。
それに、文章だけでは書くのをためらうところについても、絵は自分の言いたいことを、理屈ではなくストレートに人に伝えることができます。
そもそも、服部文祥という人は、漫画的なんですね。漫画の登場人物のようなキメゼリフを日々、平然と言っている。地でやっているというか。これ、私は許せないんですけれど(笑)、一方で、自分がマンガの中に入ってしまったような気にさせられる。驚かされつつも、絵として残さずにはいられなかった。
今回、古い日記を引っ張り出して読んでみて、ようやく自分がどういう状況に置かれていたのか、わかったとも言えます。初めて自分を褒めてあげたいとも思えました(笑)。
――書き始められた当初の原稿では、文祥さんのことをもっと悪し様に書かれていたように思います。それが推敲を重ねるなかでマイルドになっていったように感じられました。書きすぎてはいけないという自制心のようなものや、ご家族からの指摘などがあったのでしょうか?
今思うと最初は、日記そのままというか、自分の生々しい気持ちをぶつけて書いてしまっていました。「許せない」という気持ちで色がついてしまっていたんですね。その色を、「実際はどうだったかな」と思いながら、そぎ落としてていきました。
もちろん私の目から見た情景は、その悪し様な、ストレートなものだったと思うのですが(笑)、書いているうちに、大したことじゃないようにも思えてきましたね。そう思えることは、書くことの面白さだと思いました。一方でそうすると最初のエネルギーが原稿から消えてしまうようにも感じられ、塩梅が難しかったです。
初めは日記をまとめ直すことくらい簡単だと思っていたのですが、本当の本当にあったことをそのまま書きたいという欲が、出てきてしまうと、掘り下げていかなくてはならない。表現に対する、妥協したくない思いはあります。ただ、それはとても難しいことで、最後は敗北感しかなかったですが……。
――今回の本のもとには、雑誌「Fielder」(笠倉出版社)での「ニワトリのいる暮らし」という連載がありました。挿絵を小雪さんが描き、文章を文祥さんが書かれています(現在も連載継続中)。絵や文を雑誌や書籍に掲載するのはそれが最初だったのでしょうか?
この「ニワトリのいる暮らし」は、初めての雑誌連載でした。日記で書いていたニワトリの漫画を編集長さんが面白がってくださって、文祥がテキストを書いてイラストを添えて連載にしましょうということになりました。
自分から積極的にやりたいと申し出たわけではなく、文祥は、「やれる時にやらないとダメなんだぞ」という人なので、それに押されるように、「じゃ、じゃあやります!」みたいな感じでした。今回の本もそうなんですけれど文祥に急き立てられて始めることは多いです。
そうやって始まった連載ですけれど、ニワトリを卵から育てて食べるということや、家族との暮らしをリポートできることは、とても面白い経験でした。
もともと美術の大学を出ていますが、大学を出てすぐは中学校の教員をしており、「イラストレーターになるので」と辞めたものの、すぐに結婚して出産・育児が中心の生活となり、細々とした挿絵など以外は、雑誌掲載の仕事をする機会も、そのために持ち込みなどをすることも、なくなっていました。
そういうなかで、2017年に刊行された文祥の著書『アーバンサバイバル入門』で、挿絵として家のことを描くという仕事をしたのですが、それはとても面白く、自分の日々を描く楽しさを知るようになりました。
生活のこと、見たままのことを、絵と文章で描ける仕事というのはとても魅力的です。平野恵理子さんやこぐれひでこさん、鈴木みきさんの作品や、山口晃さんの「すずしろ日記」(『UP』)のような作品はすごく好きで、よく読んでいますが、表現が自由だなと思います。私はこういうふうには書けないな、と感じてしまいます。
今回、本になるということでへんに構えてしまったところはありました。表現は、奥が深いもので、思ったものをぽんと出すのにも鍛錬が必要でしょうし、それをもっとこれから突き詰めていけるようにしたいとも思っています。
――今回、3人のお子さんが、父親とともにどのように過ごしてきたか、そして個々にどう歩んでいこうとしているかも描かれていますが、本人たちから何か感想はありましたか?
嫌がりながらも、ギリギリ大目に見てくれているかな、というところです。一番下の秋(しゅう)は「家のことが友だちに全部バレる」と特に嫌がってはいたのですが、断固とした拒否はしませんでした。家族にもそれぞれ思いはあると思いますので、だからこそなるべく偏ることなく、そのまま描くようにしたいですね。
以前、取材に来た方から、「夫婦がうまくいく秘訣とはなんですか」と聞かれたことがあります。その時、「笑えなくなったら終わり」と答えました。家族に巻き込まれて、「辛くてしんどいな」「ちょっとあんまりだな」と一見感じる生活の中でも、ちょっとずっこけている自分や家族がいて、それを描くことで、自分も笑って、誰かも笑ってくれたらうれしいなと思います。
生活をしている人、子育て中の親の方たちに、ちょっとだけ先にあれこれ経験している者として、その時の思いを描いてシェアしたいと思っています。
聞き手・写真撮影:大塚真(デコ)
横浜の服部小雪氏ご自宅にて