単行本 - 河出新書

ほんとうに社会のことが知りたいなら、小説を読むべきなのである ──高橋源一郎 斎藤美奈子『この30年の小説、ぜんぶ』(河出新書)「はじめに」

高橋源一郎さんと斎藤美奈子さんの初の対談集『この30年の小説、ぜんぶ』(河出新書)が発売になりました!
本書では、雑誌「SIGHT」にて毎年行われていた大好評の年末企画「ブック・オブ・ザ・イヤー」を中心に、新規収録分も掲載しております。
たくさんの読みたい本が見つかる最高の読書案内ともいえるでしょう。
ちなみにお二人の対談書籍はこれがはじめて。
発売を記念して、高橋源一郎さんによる「はじめに」を公開します。

 

 わたしと斎藤美奈子さんが、雑誌「SIGHT」で「ブック・オブ・ザ・イヤー」という名称の対談を始めたのは、2003年のことだった。

 毎年、暮れ近くなると、わたしと斎藤さんは、それぞれ、その年を代表する小説(だけではなかったが)を選んで「SIGHT」編集部に赴いた。そして、それらの本、さらに、編集部が選んだ本をまとめて机の上に載せるのである。本の山ができる。様々な感慨が浮かんでくる。それからおもむろに、それらの本の山を突き崩し、いくつかの意味ある「小山」に、というか、思いついたテーマごとに、分けてゆく。話しやすいようにだ。そんな一連の作業が終了すると、「せーの」で対談が始まるのである。

 多いときには、15冊もある本について話すのだから、たいへんだ。読んでなければ話すことはそんなにないのだが、もちろんふたりとも全部読んでいるから、話したいことがたくさんある。おそらく、いちばん長くやった回は8時間以上かかったのではあるまいか。昼飯と夕飯を編集部の会議室で食べ、深夜、意識を失う寸前に帰宅した。そのときには、心の底から思った。朝飯を食べることにならなくてよかった……。

 そんなことを、十数年もの間、毎年続けたのだ。時には読み終わらなくて、対談直前に延期してもらったことも一度ではない。ごめんなさい、斎藤さん。真剣勝負なので、完全な状態でなくては会場に向かうことができなかったのですよ。しかし、どうかしているよな。わたしも斎藤さんも編集部も。

 いや、本音をいうなら、あれほどおもしろいプロジェクトは記憶になかった。ただひたすら、小説について話す。それだけである。斎藤美奈子という希代の本の読み手との真剣勝負だ。話しているうちに、なんだか「読者ハイ」の状態になってくる。途中で、自分の「読み」を確認するために、机の上の本を、また読んだりする。気がつくと、斎藤さんも読んでいる。あのお、対談してるんじゃなかったっけ。時間無制限のせいである。ほんとうに体に悪い。でも、いいなあと思った。学生の頃は、こんな読み方をしていたのだ。

 対談が終わる頃には、決まって不思議なことが起こった。その一年が、どんな年だったのか、わかるような気がしたのである。わたしたちが生きているこの社会で、なにが起きたのか、いや、その、社会の表面で起きた、たくさんの出来事の「底」に、なにがあったのか。それまで、考えてもわからなかったことが、不意にわかったように思えた。たちこめていた霧が晴れ、見たことのない風景が、突然、目の前に広がるような気がしたのだ。いま思えば、その瞬間を味わうことこそが、この、長く続いた対談の、ほんとうのおもしろさだったと思う。ふたりの会話は、小説から、やがて、もっと広い社会についてのなにかになっていった。斎藤さんのことばを借りるなら「読んでしゃべって社会が見えた」のである。

 この対談を通して、ずっと思っていたことを、確信を持って言えるようになった。ほんとうに社会のことが知りたいなら、小説を読むべきなのである。なぜなら、小説家たちは、誰よりも深く、社会の底まで潜り、そこで起こっていることを自分たちの目で調べ、確認し、そして、そのことを、わたしたちに知らせるために、また浮上してくる。そして、そのすべてを小説の中で報告してくれるのだから。

 もちろん、読者は、「社会のことを知る」ために、小説を読むのではない。だが、小説は、ちゃんとそのことを、我々に教えてくれるのである。メディアや学問やどんなジャンルの言葉よりも、ずっと鮮やかに、ずっと深く。

 わたしと斎藤さんの「ブック・オブ・ザ・イヤー」という名の対談は、雑誌「SIGHT」の(事実上の)休刊と共に終わったが、それでも懲りずに、いくつもの媒体で、「その続き」を開催することができた。形態は必ずしも「その年を代表する小説を選んで話す」ものばかりではなく、様々だったが、読んで読んで読んで、それから、集まって、考える、ことに変わりはなかった。

 

 この本には、「ブック・オブ・ザ・イヤー」対談シリーズの終わりの頃と、「その続き」がおさめられている。ほんとうは、なにもかも全部おさめて、めっちゃ分厚い本にしたかった。そんな本も、楽しいと思うんだがなあ。

 わたしは、毎年毎年、対談をするたびに、「ああ、今年はこんな年だったんだ」と思った。それらを集めたこの本を読んで、当事者であるにもかかわらず、わたしは、「ああ、こんな時代だったんだ」と思ったのである。そう、「こんな時代」だ。

 ふたりで読んだ本の中には、90年代の作品も混じっている。そうする必要があったのだ。いま思えば、わたしたちが対面していたのは、昭和が終わってからの、この30年ほどの時代だったのだろう。そして、それは、とても不思議で、特別な時代でもあった。結局、そのことを知るために、わたしたちは読んだのだ。その挑戦と戦いの記録だと思ってもらえると嬉しい。

 さて、「この30年の小説、ぜんぶ」というタイトルを提案したのは、わたしです。

 いや、ぜんぶは読んでないじゃないかと思われるだろう。実は、このタイトル、省略されているのである。この本の、ほんとうのタイトルは、

「この30年の小説、ぜんぶ読んでみたかった」でもあるし、「この30年の小説、ぜんぶ読んでみたのと同じくらいいろんなことがわかった」でもあるし、「この30年の小説、ぜんぶわかるためには、これ読んで」でもあるし、「この30年の小説、実はぜんぶ読んでるけど、ここには載せてません」でもある。いや、その他もろもろ、でもあるのだ。

 最後にもう一つ。

 時代はポツンとそれだけで存在しているのではない。昭和が終わってからのこの30年も、その淵源えん げんは、さらに過去にある。だとするなら、「この75年の小説、ぜんぶ」や「この150年の小説、ぜんぶ」も必要だろう。わたし自身がそれを読んでみたい。そこには、わたしたちが進むべき未来にとっての鍵があるはずだから。そして、ぜひもう一度、そのプロジェクトを斎藤さんとやってみたい……のだが、残念なことに、わたしにはもう残り時間があまりなさそうなのである。

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著者

高橋源一郎

1951年生まれ。81年、『さようなら、ギャングたち』で群像新人賞長篇小説賞を受賞しデビュー。三島賞、伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞他各賞を受賞。近著に『一億三千万人のための『論語』教室』他多数。

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