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【特別公開】若草物語、赤毛のアン、あしながおじさん……名作少女小説を現代的な視点から読み直す──斎藤美奈子著『挑発する少女小説』(河出新書)「はじめに」

『小公女』『若草物語』『ハイジ』『赤毛のアン』『あしながおじさん』『大草原の小さな家』……大人になって読む少女小説は、新たな発見に満ちている。懐かしいあの名作には、いったい何が書かれていたのか? 翻訳少女小説の名作の数々を現代的な視点から読み直す、斎藤美奈子さんの新著『挑発する少女小説』(河出新書)が発売されました。かつて夢中で読んだ人にも、まったく読んだことがない人にも、おすすめの一冊。ここに「はじめに」を特別公開します!

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はじめに――少女小説って何ですか?

 

少女小説は現実に即したリアリズム文学

子どもの頃、少女が活躍する物語に夢中になったことがないでしょうか。『若草物語』とか『赤毛のアン』とか『あしながおじさん』とかの類いです。

こうした物語の多くは19世紀後半から20世紀前半に書かれ、作者も多くは女性でした。いずれも世界中で大ヒットし、日本では戦後、20世紀の後半に多くの読者を獲得します。日本の読者の多くも少女、すなわち小中学生の女子でした。

このような作品を本書では「少女小説」と呼ぶことにします。

子どもが最初に親しむ物語が超自然的な力に支配されたファンタジー(おとぎ話)だとしたら、その次に出会うのが、子どもを主役にした児童文学です。この世にはサンタクロースも魔法使いもいないんだ、と知る頃に出会う本ともいえます。

本書で扱う少女小説も、現実の社会に生きる10歳未満、ないし10代の少女が主人公のリアリズム小説です。したがって『不思議の国のアリス』も『オズの魔法使い』も『モモ』も、主人公は少女ですが、ここでは取り上げません。

 

少女小説は良妻賢母教育のツールだった⁉

少女小説は、広い意味での児童文学に含まれますが、文学史的には「家庭小説」と呼ばれるジャンルに属します。家庭小説は、家庭を主な活動の場とし、将来的にも家庭人となることを期待された少女のためのジャンルとして発展しました。

19世紀は社会の工業化とともに生産労働の場と家庭生活の場が分離し、「男は仕事/女は家庭」という性別役割分業社会が成立した時代です(こういう家族の形態を近代家族といいます)。教育の内容もジェンダーによって区別され、男の子向けの冒険小説や学校小説が書かれる一方、女の子向けの家庭小説が生まれます。

家庭小説(少女小説)とはつまり、宗教教育や家政教育を含めて、よき家庭婦人を育てるための良妻賢母の製造装置だったわけです。それが戦後の日本で人気を博した背景には、GHQの民主化政策が関係していたようです。つまるところ、これらは欧米型の望ましい家庭生活を女子に学ばせるツールだった。

だとすると、要するに私たちは大人の陰謀に乗せられたのでしょうか。

まあ、そういうことです。図書館に置く本を選ぶのも、子どもに本を買い与えるのも、結局は大人ですから、子どもたちはまんまと「してやられた」ことになる。

 

少女小説は読者が選んだロングセラー

とはいえ、大人の陰謀にも限界があります。読者である子どもたち自身がおもしろいと思わなければ、それらは生き残れません。その点、本書で取り上げた9冊はいずれもロングセラーであり、21世紀の現在も愛されつづけています。

2016年に女性誌「CREA」(2月号)が行ったアンケート調査(「少年少女文学好き500人が選んだ『好きな作品ベスト50』」)では、1位が『赤毛のアン』(126票)、2位が『若草物語』(93票)、3位が『小公女』(90票)でした。ベスト10 圏内にはほかに、『ハイジ』と『大草原の小さな家』シリーズがランクインしており、本書で扱った9冊すべてがベスト25位以内に入っています。

これらの作品は翻訳の種類も多く、日本国内だけでも、幼年向けの絵本やダイジェスト版から、作品世界に親しむためのガイドブックや写真集、作品に登場する料理や手芸に関する本、論文集や研究書まで、多くの関連書籍が出版されています。また、すべての作品が、映画、舞台、テレビドラマ、アニメーションなどの原作になっており、映画やアニメのヒットとともに新しい読者を獲得してきました。

もともとは大人の陰謀だったとしても、これらは読者である子どもたち自身が自らの手で選び、読み継いできた作品といえます。逆にいうと、読者の支持を得られなかった作品はとっくに忘れ去られ、読者に選ばれた作品だけがおそらく生き残ったのです。

 

人気があるのは翻訳ものの少女小説

いうまでもないことですが、少女小説と呼ばれるジャンルの作品は日本でも書かれてきました。もっとも有名なのは昭和戦前期に一世を風靡した吉屋信子の作品群でしょう。戦後の日本にも『女学生の友』などの雑誌から生まれた60年代のジュニア小説、80年代に人気を博したコバルト文庫など、数々の少女小説のレーベルが存在しました。2000年代に女子中高生の間で爆発的にヒットしたケータイ小説も、いま思えば少女小説の一種だったかもしれません。ですが、国産の少女小説は時代に影響される傾向が強く、翻訳少女小説ほどのロングセラーにはなりえていません。

それなのになぜ、欧米発の翻訳ものは長く生き残ったのか。

最大の理由はやはり、戦後の女子にフィットする要素、いいかえれば時代や文化の隔たりを超えて、少女に訴えかける普遍性を備えていたことでしょう。

もうひとつの理由は、物語に描かれた風俗(ファッションや食べ物や住宅や乗り物や行事など)が海外のものだったため、古さがあまりバレずにすんだ、ということが考えられます。着ている服がどんなに古めかしくても、主人公が馬車で移動していても、ヨーロッパやアメリカが舞台なら、どのみち遠い異国のお話なので、さほど違和感を感じない。場合によっては逆にオシャレに見えたりする。

昭和の子どもたちにとって、ヨーロッパやアメリカは憧れの対象でした。よきにつけ悪しきにつけ、日本の子どもたちは少女小説で海外の風物を学んだのです。

 

少女小説を特徴づける4つのお約束ごと

というわけで、こうした翻訳少女小説をあらためて読み直してみたのが本書です。はたしてこれらは、いまも読む価値があるのか。あるとしたらポイントはどこなのか。

本論に先立って物語の内容に少しだけ踏みこんでおきます。例外はありますが、人気の高い翻訳少女小説には、いくつかの共通した特徴が見つかります。

 

①主人公はみな「おてんば」な少女である。

これはきわめて重要な特徴です。良妻賢母教育のツールだったはずなのに、いざふたを開けてみたら、「女の子らしい女の子」「わきまえた子」はいなかった。初期の少女マンガの主人公はなべて「スカートを穿いた少年」だったという説をどこかで読んだ記憶がありますが、少女小説の主人公もそれに近いものがあります。

いいかえると、彼女たちは「女はかくあるべし」というジェンダー規範を大なり小なり逸脱していますし、もっといえば規格外の子が多い。だからこそこれらは世界中でヒットし、今日まで生き残ったのだ、といってもいいでしょう。

そこに見え隠れするのは作者と読者の共犯関係です。表向きは穏健な家庭小説のふりをしながら、作者は読者に「型にハマるな」「あきらめるな」という信号をひそかに送っていたのではないか。大人社会の陰謀に「してやられた」ように見えながら、じつは少女小説の側が大人社会を「だしぬいていた」かもしれないのです。

 

②主人公の多くは「みなしご」である。

少女小説に限らず、児童文学の主人公には両親と死別した孤児が少なくありません。そもそも「みなしご」という言葉自体、私たちは幼い頃に読んだお話で知ったのではなかったでしょうか。『トム・ソーヤーの冒険』も『ハックルベリー・フィンの冒険』も、そして『ハリーポッター』シリーズも、主人公は「みなしご」でした。本書で取り上げた作品も、9作中6作までが両親を失った孤児の物語です。

なぜ孤児が多いのか。19世紀は戦争や移民政策や貧困や疫病が原因で、実際にも父や母を、あるいは両親を失った子どもが急増した時代でした。しかし作劇上の都合からいうと、親がいると子どもの自由な行動が妨げられるからです。とりわけ少女の場合、「女の子らしさ」を要求し、娘を家の中に閉じ込めたがる親は障害でしかない。親を失った子どもは自力で人生を切り開かなくてはいけません。そこにドラマが生まれるのです。

 

③友情(同性愛)が恋愛(異性愛)を凌駕する世界である。

主人公が「おてんば」であるかわりに、物語にはしばしば、親友あるいは姉妹として、主人公とは正反対の、女子のジェンダー規範に沿った「女の子らしい女の子」が登場します。彼女は美しく、聡明で、誰にでも愛されるような子ですが、主人公の個性をきわだたせるため召還された引き立て役ともいえる。ね、ほら、女の子らしい女の子なんてつまんないでしょ、と作者は強調したがっているようです。

それでも主人公は、凡庸な「女の子らしい女の子」である親友や姉妹に憧れ、彼女をまるで恋人のように愛しています。少女小説にも少年が登場するケースはありますが、少女小説においては少女の地位が相対的に高く、たとえ少年が登場しても、恋愛対象とは見なされません。恋愛はご法度。重要なのはシスターフッド。少女小説は恋愛よりも友情を、異性愛より同性同士の関係を重んじる世界なのです。

 

④少女期からの「卒業」が仕込まれている。

少女小説の多くは少女の成長の物語といえます。さまざまな経験を経て、主人公はときには悩み、ときには挫折しながら成長していきます。

ということは、彼女にもいつか少女期から卒業しなければならない日が来ます。物語の結末に少女期からの離脱が含まれている作品もあれば、将来をぼんやりと暗示するだけで終わる作品も、読者の強い要望で続編が書かれた作品もあります。いずれにしても彼女がどうやって少女期を卒業するかは大きな注目ポイントです。

概していえるのは、「おてんば」という主人公の個性が、多くの場合、成長とともに失われていくことです。結果、少女小説はしばしば「保守的」な結末を迎えます。そのことに憤慨する読者は少なくありません。しかし作品が書かれた時代を思えば、それも道理。もともと少女小説は良妻賢母教育のツールだったのです。現代のフェミニズムの観点から見て「保守的」なのは当たり前でしょう。

別言すると「保守的」な結末が用意されているからこそ、これらは長年愛されてきたのだとも考えられます。たとえどれほどハメを外しても、バカをやっても、あたしの将来は約束されている。あたしはちゃんとした大人の女性になれるし、社会には自分の居場所がある。そう思えばこそ、読者は安心して物語の世界に浸れたのです。

ですので「保守的」な結末にとやかく文句をつけてもはじまらないのですが、いちおう断っておくと、一見「保守的」に見える結末にも裏には意外な事情が隠されている可能性があります。また読者には「誤読する権利」がありますから、作者の意図と関係なく、自分に都合よく物語を読みかえることもできます。少女小説が国境も時代も超えて愛されてきたのは、多様な読み方ができるテキストだったからこそでしょう。

 

大人になって読む少女小説は、子どもの頃には気づかなかった発見に満ちています。かつて少女小説に親しんだ方も、そうでない方も、この機に少女小説の魅力を思い出して(知って)いただければ、筆者としてそれ以上の喜びはありません。

 

 

■目次■

はじめに――少女小説って何ですか?

1 魔法使いと決別すること――バーネット『小公女』

2 男の子になりたいと思うこと――オルコット『若草物語』

3 資本主義社会で生きること――シュピーリ『ハイジ』

4 女の子らしさを肯定すること――モンゴメリ『赤毛のアン』

5 自分の部屋を持つこと――ウェブスター『あしながおじさん』

6 健康を取り戻すこと――バーネット『秘密の花園』

7 制約を乗りこえること――ワイルダー『大草原の小さな家』シリーズ

8 冒険に踏み出すこと――ケストナー『ふたりのロッテ』

9 常識を逸脱すること――リンドグレーン『長くつ下のピッピ』

おわりに――挑発する少女小説

 

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著者

斎藤美奈子

1956年、新潟県生まれ。文芸評論家。1994年、『妊娠小説』(ちくま文庫)でデビュー。2002年、『文章読本さん江』(ちくま文庫)で第1回小林秀雄賞受賞。他の著書に『紅一点論』(ちくま文庫)、『戦下のレシピ』(岩波現代文庫)、『名作うしろ読み』(中公文庫)、『日本の同時代小説』(岩波新書)、『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)など多数。

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