単行本 - 河出新書

【特別公開】自己嫌悪につながる悩み、迷い、つらさ、こころの不具合をどう考えればよいか:ベテラン精神科医の処方箋――春日武彦著『こころの違和感 診察室――しっくりこない自分と折り合いをつける方法』(河出新書)「はじめに」

おどおどしてしまう、誤解されがち、嫉妬深い、ぶれる……ままならない自分のこころとうまくやっていくには? 臨床経験豊富な精神科医が丁寧に考察してアドバイスを贈る、春日武彦著『こころの違和感 診察室――しっくりこない自分と折り合いをつける方法』(河出新書)が発売されました。こんなはずじゃなかったのに!と思ったときに効く一冊です。ここに「はじめに」を特別公開します!

* * * * *

はじめに

この本は、読者の役に立つことを願って書きました。ではどのような役に立つのか。

生きるうえでの違和感や、他人から共感してもらうのが難しそうな種類の生きづらさ。些細だが毎日のように生じる迷いや、際限のない自問自答のループ。溜息を吐きたくなるような愚かな思考や心理。みっともない(それどころかときには醜い)感情や、どうにもコントロールのつかない思い。世間的には心の「弱さ」「駄目さ加減」と見なされがちなマイナス思考。そういった自己嫌悪を引き起こすような「我が心のありよう」にうんざりしている人たちに、それをどう理解し、どう折り合いをつけるべきかの道しるべを提示する――そういった意味で(おそらく)役に立つのです。

もしかすると読み終えてから「ちっとも役に立たないぞ!」と不満を抱く人もいるかもしれません。ブーイングされれば謝るしかありませんけれど、おそらく「役に立たない」と感じるのは今現在だけに過ぎない気がしないでもない。時間が経ってから読み返したり、少し自分の視点が変わった際に内容を思い起こしてみれば、何らかの収穫が生じる可能性は低くないと思います。そういった点では、料理のコツとかダイエット法のような「即効性のある本」とは別な種類のものと思っていただいたほうが賢明かもしれません。

著者である当方も、自己嫌悪に親和性の高い悩みに散々煩わされてきました。そして今でもやはり煩わされています。と、そのように告白すると、悩みを克服できていないくせに偉そうに「それをどう理解し、どう折り合いをつけるべきかの道しるべを提示する」などと豪語する神経が分からないと揶揄されそうです。当然ですよね。

でもわたしの悩みの度合いは、やはり若い頃に比べれば軽減しています。喩えて申せば、皆既日蝕が部分日蝕になったようなものでしょうか。なるほどどちらも日蝕であることには変わりませんが、皆既蝕は日中でも闇が訪れ空気が冷たくなります。昼間から星が見え、太陽が消え失せる。知識がなかったらこの世に大変なことが起きつつあると混乱をきたすに違いない。けれども部分蝕では、闇は生じません。普通に生活していて異変を感じることはほぼないでしょう。本書の効能も、願わくば皆既日蝕を部分日蝕に変えるようなものでありたい。

それにしても自己嫌悪に直結するような悩み、つらさ、心の不具合といったものは、そうした存在をあまり他人に知られたくないものです。うっかり他人に相談しようものなら、はじめに下手をすると「心の狭いナルシスト」「自己中心的なくせに他人の顔色を窺うつまらない奴」「被害者意識が強いうえに恨みがましい小心者」などと誤解される恐れすらありましょう。誤解されるときには、誤解する相手もまた似たような心性をひた隠しにしているケースが多いように思えますが、いずれにせよ相談はリスキーだ。

実際、こうした「自己嫌悪に直結するような悩み、つらさ、心の不具合」はそのニュアンスを含めて言葉にするのが結構難しそうです。上手く伝えられない。誤解されるか、さもなければ分かってもらえない危険が大きい。つまり不用意に相談したら余計に傷口が広がりかねないといった話になります。

しかもこうした種類の案件は、結局のところ「心の襞」に関する問題です。自業自得であるのか、それとも心の病気の範疇にあるのか、外部要因に原因を求めるべきなのかが分かりにくい。言い換えれば、僧侶や人格者や「頼もしい先輩」に頼ってみるのが正解なのか、心理カウンセラーや精神科医に相談したほうがいいのか、新聞の「人生相談」に書き送ってみたほうがマシなのか。そんなことすら判然としないわけです。

タレントや成功者が著した人生指南書を読めばいいのか、アドラー心理学の本が役に立つのか、哲学書を繙くべきなのか、文学書に救いを求めたほうがいいのか。迷いはなおさら深まってしまいそうです。

精神科医として外来診察をしていますと、いささか病的ではあってもいわゆる「医学的治療」には馴染まない患者さんとしばしば出会います。当人もそのことは薄々分かっている。が、精神科医を「心の専門家」と読み換えればもしかすると有益な答を得られるかもしれない。そんなふうに考えているようです。

でも彼らは十中八九、精神科医に失望します。まず面接時間が短い。自分の心のもやもやをリアルに表現することすら容易でないのに、それを手伝ってくれない。ましてや共感などしてくれそうにもない。下手をすると「似て非」な症状へと誘導して病名を押しつけ薬を処方して終わり、なんてことになりかねない。これでしたら、おそらく占い師のところへ行ったほうが得るものは大きいでしょう。占い師の多くは苦労人です。しかも絶望に沈んだ人たちを相手にしてきた。それなりの経験と知識で対応してくれる筈です。

とはいうものの、さすがに占い師に頼るのは抵抗があるかもしれない。そういった類の逡巡にはわたしも思い当たるところがありますので、本書を書いた動機のひとつはそのあたりにあるかもしれないと考えたりもしています。[中略]

本書で掲げている項目数は33です。当然のことながら、これだけでは皆さんの悩みや困り事をすべてカバーしきれる筈がありません。しかしそうした欠点については、似た感触を含んでいそうな項目をいくつか拾い出して読んでみていただきたい。すると、結果的にはかなり希望に近い答を見つけ出せるかもしれません。たとえば「やる気が起きない」といったテーマは項目に上がっていませんけれども、【面倒くさい】【集中できない】あたりの項目を参照してみれば、それなりに役に立つ考え方やヒントが見えてくるだろう、という次第です。

ぜひとも柔軟にこの本を使いこなし、少しでも肩の荷を軽くし、心の迷いを払拭していただきたいものだと(本気で)願っています。

◎本書で取り上げる、33の「こころの違和感」◎
焦る/生きるのがつらい/嫌なことを忘れられない/うしろめたい/運が悪い/おどおどしてしまう/傷つきやすい/期待に応えられない/気を利かせられない/現実逃避してしまう/誤解されがち/こだわってしまう/孤独に耐えきれない/嫉妬深い/死ぬのが怖い/自分を好きになれない/集中できない/素直になれない/せつない/他人を信用できない/取り返しがつかない気がする/取り越し苦労ばかりだ/人気者になれない/場違いな気がする/被害的になってしまう/不安だ/プライドが邪魔する/ぶれる/待てない/見捨てられた気分だ/ムカつくったらありゃしない/面倒くさい/劣等感に押しつぶされそうだ

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著者

春日武彦

1951年京都府生まれ。精神科医。医学博士。『奇想版 精神医学事典』『ロマンティックな狂気は存在するか』『はじめての精神科』『問題は、躁なんです』『鬱屈精神科医、占いにすがる』など著書多数。

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