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壮大な宇宙の中で、自分の心と向き合う 宇宙飛行士・山崎直子さんに聞く『ファースト・マン』の魅力

壮大な宇宙の中で、自分の心と向き合う 宇宙飛行士・山崎直子さんに聞く『ファースト・マン』の魅力

ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ――1969年、人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングの言葉である。 彼の初にして唯一の公認の伝記『ファースト・マン』を原作にし、スティーブン・スピルバーグが製作総指揮、そして『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督と主演ライアン・ゴズリングが再びタッグを組んで映画化した作品が公開中だ。 月に初めて立った男としてアメリカの英雄となり、全世界から注目を集めるも、その後は極力マスコミを避け、晩年に至るまでほぼ単独インタビューを拒んできたニール・アームストロングとは、一体どんな人物なのか? 50年前に達成された彼の偉業について、宇宙飛行士・山崎直子に語ってもらった。

聞き手・構成=飯田一史
写真=秋谷弘太郎

 

■力強い『ライトスタッフ』、内面的な『ファースト・マン』

――映画をご覧になって、いかがでしたか。

2時間21分と長めの映画でしたが、すべてがドキュメンタリーを観ているようにリアルでした。
1950年代末、60年代のアメリカの宇宙飛行士に取材したノンフィクションを原作にした映画というと『ライトスタッフ』がありますよね。あれは『ファースト・マン』で描かれるアポロ計画よりも前の、マーキュリー計画で選ばれたアメリカ史上初の7名の宇宙飛行士が挑む、力強い物語でした。
対して『ファースト・マン』はアームストロング船長をひとりの人間として掘り下げた、もっと内面的で深い作品になっていて、驚きました。
宇宙飛行士としての訓練、任務、事故といった厳しい面と、淡々と進む日常生活の両方が対比的に描かれていて……そのどちらも真実だと思いました。派手な脚色ではないですが、まるでアームストロング船長の人生を追体験しているようでした。

 

――『ファースト・マン』や山崎さんのご著書を拝読すると、ハードスケジュールでプレッシャーも大きく、世間の注目を集める宇宙飛行士の仕事と、親・家族としての日常を両立させるのは、他の職業以上に並大抵ではない苦労があるんだろうなと思います。

そうですね……私は、アームストロング船長が宇宙飛行士になる以前にお嬢さんを亡くされていたことを、この作品を通じて初めて知りました。「人類初の月面着陸を達成した宇宙飛行士」というと華々しい面ばかり目を向けられがちですが、きっと心の中には喪失感、罪悪感……いろんなものがあって、だからこそ真摯なまでにミッションに打ち込んでいったのだろうなと。
宇宙飛行士になったあとも、アポロ11号での月への出発前に、息子さんたちに「行ってくるよ」と話せばいいのになかなか真正面から向き合わないという、観ていて辛いシーンがあります。
私もああいう気持ちは、わかるつもりです。家族に「行ってきます」と言ったあと、無事に帰ってこられる保証はないんですよね。当時、宇宙飛行士が出発前に遺書を書いていたかわからないんですが、われわれの世代の宇宙飛行士は遺書を書いてNASAに預けてから行くんです。「もしかしたらこれが最後になるかもしれない」と思うと、気安く挨拶なんて言えないと思っていたんじゃないでしょうか。
宇宙飛行士からすると「わかる」だけに身につまされる、つらい映画です(苦笑)。

 

次は:■宇宙飛行士の共通点とアームストロングの特異性

 

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