ためし読み - 14歳の世渡り術

現代ショートショートの名手・田丸雅智による、日本の四季を文字で味わう新感覚短編集『24のひらめき!と僕らの季節』から「秋分」のショートショートをためし読み!

日本の四季をさまざまな角度から楽しめる、彩り豊かなショートショート24編が収録された珠玉の短編集『24のひらめき!と僕らの季節』。
ようやく秋めいてきた今の季節に、ぜひお楽しみいただきたく、夏から秋への区切りの節気「秋分」の物語である「魚鍛冶」を全文公開します。

 

 

 

==ためし読みはこちらから↓==
24のひらめき!と僕らの季節

 

秋分 「魚鍛冶」

 

イラスト:桃色ポワソン

 

 レンタカーを走らせながら、私は視界に入ってくる景色にひとり和んだ。
 周りには、いかにも里山らしい光景が広がっていた。山の木々は紅葉を迎えていて、田んぼでは稲が黄金色の穂を揺らしていた。稲は収穫がはじまっているようで、刈り取られたものが束になって木組みに掛けられ、干されている。
 そのとき、目的の場所が見えてきた。
 困惑を抱えたまま、私は車を走らせる ――
 
こうなったのは、一人旅の途中、特産品のお店に入ってみたことがはじまりだった。その一角にショーケースがあって、興味が湧いて近づいた。
 アクセサリーでも売ってるのかな……。
 そう思っていた次の瞬間、私は「うん?」と首をかしげた。ショーケースには桐箱がいくつか置かれていたのだけれど、そのどれもに生身のサンマが一尾ずつ入っていたからだ。
 さらには、値札が目に入って度肝を抜かれた。信じられないほど多くの「0」が並んでいたのだ。
 値段といえば、ひと昔前は秋の味覚の代表格で安く手に入っていたサンマも、最近は漁獲量の激減で高価になり、手の届きづらいものになっていた。が、それにしてもその価格は次元が違い、どういうことだと混乱した。
 直後、お店の人から話しかけられ、私はショーケースのサンマのことを教えてもらった。その話は信じがたく、呆気にとられているとその人は言った。
「見学できる場所もありますので、よければ行かれてみてください」
 私は真偽をたしかめたくなり、すぐに電話をして車を走らせたのだった。
 そうしてたどりついたのは、刃物をつくるような鍛冶場だった。
「ようこそいらっしゃいました」
 迎えてくれたのは柔和な表情の五十代くらいの当主で、さっそく瓦ぶきの建物へと通してくれる。室内は暑く、端のほうではオレンジ色の火があがっているなか、お弟子さんと思われる人たちが何やら作業に勤しんでいた。
全員に挨拶をしたあとで、私は改めて当主に尋ねた。
「あの、ここでサンマがつくられてるって、本当なんですか……?」
 当主は微笑みながらうなずいた。
「ええ、私たちはサンマの魚鍛冶さかなかじですからね」
 その言葉に、私は先ほど聞いた話を思い返す。お店の人は、ショーケースに並んだサンマはすべて職人さんの手でつくられたものだと口にして、こうつづけた。
  ―― サンマは漢字で『秋刀魚』と書きますが、このあたりには昔から、まさに刀をつくる刀鍛冶のように、鉄を打ってサンマをつくる魚鍛冶という方たちがいるんですよ。魚鍛冶によるサンマは希少で出回っていないので、あまり知られてはいないのですが。
 それを聞いて、なるほど、と私は思った。目の前のサンマは本物みたいにリアルだけれど、ぜんぶ飾り物なのか、と。
 そのことを伝えると、お店の人はかぶりを振った。
  ―― いえいえ、紛れもない本物ですよ。食べられますし、むしろ食べてこそのサンマです。味はもちろん極上です。
 お店の人は、こうも話した。このサンマは、生身だけれど日持ちすること。一年中つくられていて季節を問わずおいしいが、秋の気候のなかで食べるのが、やはり最もおすすめなこと。
―― ちなみに、ほかの地域には太刀魚たちうおの魚鍛冶もいるそうですね。
 そんな話に、私はただただ困惑するばかりだった。
 けれど今、実際に魚鍛冶の当主を前にして、ワクワクしはじめている自分がいた。
 当主は言った。
「では、さっそくお見せしましょう」
 私は、お願いします、と頭を下げた。
 当主があるものを取りだしたのは、安全上の注意を話してくれたあとだった。それは手のひらに載るくらいのゴツゴツした銀色のかたまりで、当主は言った。
「サンマはこの鋼からつくります。日本刀をつくるときのものに似ていますけど、こちらにはDHAなどがたっぷり含まれているんです」
 DHAって、たしかサンマに含まれてる栄養素だよなぁと思っていると、当主はつづけた。
「まずは、これを延ばしていきますね」
 そのとたん、当主の眼光が鋭くなった。表情からは柔和なものが消え去って、私はぞくっとしてしまう。
 そんな中、当主は巨大なペンチのような道具で鋼をはさみ、炭からあがっている火の中へと差し入れた。
しばらくして取りだされたそれはオレンジ色に輝いていて、当主はお弟子さんと一緒に大きな槌で力強く打ちつけはじめた。キンッ、キンッ、という高い金属音が鳴り響き、鋼からは火花が飛び散る。
 私は暑さで、いつしか汗だくになっていた。が、そんなことより荒々しくも美しい所作に心を奪われ、見入ってしまう。
 鋼が冷えてくると当主は火の中に入れ、またオレンジ色になったものをキンッ、キンッ、と打ちつけていく。やがて鋼は平たくなって、今度はそれを二つに折り曲げ、同じようにお弟子さんと大きな槌を振りおろす。
「これは鍛錬という工程です」
 作業をしながら当主は言った。
「身を良質なものにするためと、雑味につながる不純物を追いだすためにおこなうんです」
 その鍛錬という工程を終えると、次に当主はサンマの形に打ちだすべく、熱した鋼を小槌で慎重に叩きはじめた。鋼は細長くなっていき、先のほうがサンマの頭みたいになってくる。合間合間で火に入れながらお腹や背中もつくられていき、尻尾までできあがったところで、いくつかの熱した欠片が取りつけられてヒレもできた。
「では、土置きに移りましょう」
「土置き、ですか……?」
「ええ、日本刀でいう刃文を生みだす工程で、サンマに文様をつけるんですよ」
 促されて別の部屋へと移動すると、当主は鋼のサンマを砥石やヤスリで磨いていった。そのあとで、へらを使ってサンマの背中側に泥のようなものを塗りだした。背中が済むと今度はエラのあたりから尻尾にかけて横線を引き、別の泥で全体的に波模様を描いていく。
「文様にはスタンダードなものから意匠を凝らしたものまで、いろいろとありまして。これはうちオリジナルの文様ですね」
 そうして最後に目を入れて、当主は言った。
「さあ、焼き入れです」
 再び鍛冶場に戻ってくると、当主は土置きをしたサンマを火に入れた。少したってから取りだして、オレンジ色のそれを水の入った容器に入れると、ジュゥッという音とともに湯気があがる。そして、冷えたものを磨きあげると、当主はこう口にした。
「完成です」
 それは銀色の身体にうっすらと波模様の浮かんだ、青い背をした一尾の見事なサンマだった。あまりに美しく、同時においしそうで、私はお腹が空いてくる。
 そのとき、すっかり柔和な表情に戻った当主が口を開いた。
「もしよければ、こちらを召し上がっていかれますか?」
「えっ!? いいんですか……!?」
「せっかくですし、私たちのサンマを知っていただくための特別サービスということで」
 微笑む当主に、前のめりで私は言った。
「お願いします……!」
 そうして一緒に庭に出ると、お弟子さんたちが七輪を用意してくれていた。当主はつくったサンマに塩をまぶして、網に載せる。すぐにジュウジュウ焼けてきて、いい匂いが漂ってくる。
 両面がこんがり焼けると細長いお皿に移されて、大根おろしとスダチが添えられた。さらには、このあたりでつくられた新米だという炊き立てのごはんもよそってくれて、当主は言った。
「どうぞ、召し上がってください」
 食べるのはもったいないかも……そんな気持ちはとっくの昔に吹き飛んでいて、私は勢いよく両手を合わせた。
「いただきます!」
 サンマはもともと鉄だったはずなのに、皮はパリッと焼けていた。箸もすんなり入っていって、湯気があがる。身を取って、まずは何もつけずに食べてみる。
 瞬間、声をあげた。
「おいしいっ……!」 
 身は硬いどころか、この上なくふっくらしていた。味にも鉄っぽさなどなく、脂の上品な甘みと旨みがじゅわぁっと口いっぱいに広がって、こんなサンマがあるなんて、と驚愕する。
 すぐに次のひと口が食べたくなって、私は小骨を取りながらバクバクと口に運んだ。大根おろしやスダチとの相性も抜群で、ごはんのほうもどんどん進む。サンマにはワタもあり、ほろ苦さが絶妙だった。
 あっという間に平らげてしまって幸福感に包まれていると、当主が笑った。
「きれいに食べていただけて、うれしい限りです」
 私は心をこめて、こう言った。
「ごちそうさまでした!」
 当主が口を開いたのは、お茶を飲みながら一服していたときだった。
「ちなみに、魚鍛冶のつくるサンマは食べて終わりではなくてですね。ぜひ、こちらへ」
 なんだろうと思いながら隣の倉庫に案内されて、私は目を見開いた。
 当主は笑ってこう言った。
「特によくできたものは、うちでもこうして残していまして。お客様のなかには、床の間などに飾ってくださる方もいらっしゃるようですね」
 驚きつつも、今の私にはそうしたくなる気持ちがよくよく分かった。
目の前では、頭と尻尾だけになったサンマの骨が漆塗りの台に載せられて、ずらりと並べられていた。

 

●秋分 9月23日-10月7日頃 
昼夜の長さがほぼ同じになる日。この日を境に肌寒い日が増えてくる。

*作品に登場する主な季節のもの=稲穂/サンマ/スダチ/新米

 

***

「小雪」の物語「カワセミの石」および
春のはじまり「立春」の物語である第1話目「春告人」の
試し読みもこちらからどうぞ。
https://web.kawade.co.jp/tameshiyomi/113564/
 

 そのほかの節気の物語は
『24のひらめき!と僕らの季節』でお楽しみください。

 

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著者

田丸 雅智(たまる・まさとも)

1987年愛媛県生まれ。
東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、全国各地で創作講座を開催している。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。

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