ためし読み - 文藝
朝吹真理子、8年ぶりの圧倒的傑作長編。著者自ら装丁も手がける。 おふとんのむこうから海がくる。――『ゆめ』冒頭試し読みを無料公開!
朝吹真理子
2026.11.04
『ゆめ』
朝吹 真理子 著
amazon、Rakutenブックス ほか全国書店で取り扱い
朝吹真理子が、自身のファミリー・ヒストリーを初めて創作の足がかりに、戦争、愛、暴力、トラウマ、そして赦しへと踏み込む。8年ぶりの傑作長編小説。
古来、あらゆる創作の源泉となってきた「夢」。
本作は、著者自身のファミリー・ヒストリーを契機のひとつに、目覚めとともに消えてしまう夢を通して、現実と非現実、生と死、記憶と身体の境界へと踏み込んでいきます。
夢とうつつ、過去と現在、個人と歴史が交錯し、人類が繰りかえしてきた厄災が、たった一人の男の子の夢へと流れ込んでいく。その先に浮かびあがるのは、人間の悲惨さと、その果てにある思いがけない滑稽さ。これまでの朝吹作品のイメージをくつがえす力強い筆致で描かれる、壮大な形而上学小説です。

さらに今回、朝吹真理子さん自身が初めて装丁を手がけています。故・大江健三郎氏の直筆原稿の一部をコラージュし、画家の佐藤允さん、ファッションデザイナーの堀内太郎さんらの協力を得て仕上げました。

「太郎が夢をみている。おふとんのむこうから海がくる。」
朝吹真理子さんの8年ぶりとなる長編小説『ゆめ』は、11月4日発売。
子供の頃から、おたがいに見た夢を交換していた姉の麦と弟の太郎。
離れて暮らす大人になっても続く二人の夢は、やがて太平洋戦争下の大磯へとつながっていきます。
刊行に先がけて、本作の冒頭を公開します。
***
太郎が夢をみている。おふとんのむこうから海がくる。太郎は眠る準備をすませて、電気を消す。眠るときに着るのはいつもパジャマときまっていて、子供のころから寝間着のズボンのなかに、肌着も、寒い日にそのうえから羽織るセーターも、きちんと重ねてしまう。太郎は皮膚にいつも炎症があって、肌にあたるところはすべて綿のものしか着られない。裸で寝たいような熱帯夜でも長袖のパジャマの裾をていねいにしまって眠る。肌を覆って汗をちゃんと寝間着に吸わせるのがいいですよ、と子供のころに通った皮膚科医に言われて、それがならいになった。修学旅行でも周囲の子がTシャツの裾がめくれたままお腹を上下させた状態でガーガー寝ているときも太郎はピシッとズボンをあげておなかを隠していたし、体を覆って寝るのは病院の当直室でズボンのベルトを外して休息をとるときもおなじ。おくるみのころからそうで、たいていの赤ちゃんはおなかを覆っているものだけれど太郎だけいくつになってもかわらない。40歳でもおなじ。棺桶のなかでも太郎はそうしているのかもしれない。太郎はいつも電気をはやく消してしまう。まっくらになってから手探りでテーブルのうえに置いたペットボトルの水を飲み干してベッドにむかう。くちがしめったのがここちよくて、もう眠い。ふとんとシーツのあいだに体をすべりこませる。すこしだけ唇まわりに塗ったワセリンの味が舌に残っているけれどその味の水を太郎はずっと飲んでいる。ひんやりしたシーツにあしのうらが触れる。体のなかの水が揺れる。眠るまえの一瞬がすこしだけ怖い。子供のころから怖くて、ものごころつくまえからもたぶん怖くて、大人になってもそれはかわらない。起きていたいのに目が勝手に閉じてゆく。眠りによばれるのは心地よくて怖い。遠いところにあるはずのものが近づいてくる気がする。これってなんだろうか。海がくるのは足をさしいれるときにわかる。大人であれば、すぐに足がでそうだけれど、なぜかシーツとふとんのあいだに終わりがない。おふとんのなかのほのぐらいところがどこまでもつづく、そういうときに海がきている。横たわる体に波が近づいて足うらにはねる。はねたかと思うと波はさらに近づいてしずかにしっとり土踏まずのやわらかいところが濡れる。
海の音をほんとうにきくまえから太郎はその音をしっていた。はじめて潮干狩りにでかけた日、1989年の初夏、太郎はまだ3歳だった。潮干狩りといっても、手足で砂をにぎったり、なでたり、おもちゃのシャベルで砂をごしごしこするだけだったけれど、すこし歩くと光がまぶしくてくらくらする。わかめの腐ったにおいがして、貝殻がとがったのがささってあしのうらが痛くて、ただ立っていた。海が目の前のすべてに広がっていて、波の音が体にしみこんでしおのにおいで胸がふくれてじぶんが波になった気がする。色の多いパラソルと白い波のあいだで体を冷たい海水に浸しているひとがいる。九十九里だか大磯だかわからないけれど東京から車で行くことができるような海だった。しっている、と3歳の太郎は思った。絵本でみたね。テレビでみたね。そう父の乙彦が言う。そうだけどそうではないような、しっている、だった。
姉の麦は何度目かの海。5つ年が離れているからか、海をしらない弟の前で得意げで、麦は興奮しているとき小鼻をふくらませるのだけれど、そのときも鼻の穴をひらいて、海のことはわたしにまかせなさいっ、と太郎の手をとり浜にかけだしていったが、すぐに、あしのうらを切ったとひとしきり泣いた。あしうらをみても血らしい血はでていないから、大丈夫だよ、と乙彦がなだめる。海の家のひろい、ひろいはずの、畳敷のところにぎっしりひとがいる。海水パンツを穿いていない、おちんちん丸出しの子、ぺったんこのおっぱいに真っピンクのビキニをあてている子、亀の浮き輪を持った子。おお、おともだちがいっぱいいるねー、と乙彦が言う。涙でまつ毛がまだ濡れている麦が、ふん、おともだちなんかじゃないしらない子供、と言う。オトのともだちのおじさんもいっぱいいるよ。麦の言い返し方にオトは苦笑して、まあまだしらない人だねと言う。太郎は、ゆっくり、オトから、やきそばを食べさせてもらっていた。
海の家は、すてきな名前をしているのに、海の音がいっさいしない。大きなモーター音と、ひとびとがわいわいして、食器がぶつかる物音もかき消すようにラジオが大きくかかっていた。砂がざらざらべたべたして、畳は濡れがちで、食べ物のにおいはまざりあって、おむつをかえだしたむかいのあかちゃんの乳くさい酸っぱいうんちのにおいもして、蠅がとんでいて手ではらわれたり叩き殺されたりして、赤ちゃんのおしりにシッカロールがはたかれてところかまわずけむたい白が流れてくる。じぶんからは、オトに塗りたくられたサンオイルのあまたるいココナッツのにおい。髪がべとついて、なんかおみそしるみたいなしょっぱいにおい。青のりとかき氷のブルーハワイのにおい。
おふとんのむこうは、ここだったとおもったけれどそうなのかそうでないのか太郎はよくわからない。まだ太郎はほとんどしゃべれなかった。ちゅんちゅんもちっちも、それが、大人のいう鳥とかおしっこということもなんとなくわかるけれど、それらをくちにするのはまたべつだった。なにかことばで言おうとすると、喉の管が、きゅっとしまったり、舌が、石みたいになる。麦がひとの3倍よく喋るから、ちょうどいいと母の栄子は言っていた。5月とは思えない強いひざしの潮干狩りは、かなりたいへんだ。麦と太郎の体が焼けすぎないようにコパトーンを塗っておくようにと栄子がうるさいから、乙彦はもう一度そのサンオイルを塗ってやって、よしよし、これでよし、と言って、白いおばけみたいになった2人を砂浜に出してから、バッグのなかの水筒を探して、ひんやりした麦茶をのどを鳴らしてのんでいると、オト、オト、はやくして、姉の麦が、母譲りの命令口調で父を呼びつけて、さっそく大人用の熊手を持っている。あ、それあぶないよ、とオトが言うのもきかない。はまぐりをさがす。オトは赤いシャベルを麦に渡す。栄ちゃんに、おみやげ、うんと採るよ。足を骨折して、痒い死ぬとギプスのあいだを割り箸でかこうとしながら家で過ごしている母のために、オトも麦も張り切っていた。
波打ち際にいると足の指のあいだの湿疹がしみる。電気が走ってるみたいにビリビリして毛穴がぎゅっと痛いくらいにしまる。塩は体にいいと当時のお医者さんが言っていたから乙彦は海水に体をひたすことを太郎にすすめる。皮膚も目も痛くて、太郎は、麦わらのつばをぎゅっとおさえて歯をくいしばって海に足をつける。
波の大きな音を太郎はきいたことがある。おふとんでいつもきこえてくる音。そう太郎は思ったかもしれない。思わなかったかもしれない。太郎でも忘れてしまったことだからわからない。海の音。ざんざん。ざんざんよりもっと大きくて体の中にぶつかりしみこんでいく。砂を攫う音。すこし怖い音。
干潮のあいだに採らないとね。太郎は、はじめての海だもんね。はまぐりみつけた。麦が太郎に自慢げにみせる。うすい縞模様のむらさきがかった貝のくちからちいさな泡がでている。貝はすぐくちを閉じる。ぷくぷく。息をひそめてバケツのなかにいる。これ、ぷくぷくしない、と太郎が持っている貝を麦がとってみている。オト、こればくだん? オトが、貝の口がぷくぷくしないのは爆弾かもしれない、と言っていた。でも大丈夫、食べる前に、栄ちゃんがみてくれるから、爆弾かどうかわかるよ。爆弾。貝のなかの身が死んでいて、泥や砂がいっぱい入ってカチカチになった貝のことをばくだんと呼ぶと麦はしっていた。ばくだんに気がつかないで煮ると鍋のなかでそれが破裂したり、鍋のなかが汚泥でぜんぶ臭くなるらしい。爆弾は1個あるだけで台なしになる。
消すよ、いい? だめー! ベッドに入ってもまだ、麦が枕の上にとってきた貝殻をならべている。ひおしがりのしなじな。何度言い直しても、麦のことばは、ひおしがりになっている。ガラスが摩耗してすっかり丸くなった石みたいなもの、それも枕にのせる。太郎がその石を触ろうとすると、これは、おねーの、と言って、触らせてくれない。さっきは栄子の足のギプスの上に貝殻を落とさないよう、ならべていた。
夜は、わかめの酢の物、露店で売っていた干物、はまぐりの潮汁、あさりはつかいきれないから軽く洗って水はって塩ふってアルミホイルかけてボウルごと台所のすみに。よくわからないちいさな貝類は佃煮にしたらいいと言われて、オトがしょっぱめに煮る。二枚貝はよーく砂抜きしないとね。ぷくぷく。はまぐりがたっぷりした白い肉を、殻の隙間から、のぞかせている。内臓がほのかにすきとおる肉。きれいなので、指を貝にいれると、すぐきゅっと閉じる。早く食べたかった栄子は爆弾ないないとてきとうにみて言って、かなりいいかげんな砂抜きで終わらせたから、少し砂が残ることになるのだけれど、みんなでおいしい、あ、砂、と言って、じゃりじゃりを吐き出して食べた。ちょっとくらい食べてもだいじょうぶだいじょうぶ。いろいろ食べた。はまぐりのなかで茹で上がったちいさなカニを、太郎はとろっと唾液といっしょにくちからだしてみる。太郎ちゃんそれちょうだい。麦が横どりしようとするのをオトが制して、太郎はお風呂も手のひらにそっと浮かべていっしょに入ってさらにぬくまったカニをタオルで拭いてあげようとしたら、ぶちゅっと潰れた。それはティッシュにくるめられてもうゴミ箱で、残飯といっしょくたになっている。
家に帰るまえにも水場で足や体を水道水がひやっこいと叫びながら浴びて、家に帰ってからもお風呂に入って、浴槽のなかにもプラスチックバケツごと持ちこんで、いろいろ、貝殻も、体も、すべて丹念に洗ったはずなのに、海の砂は、床におちていて、部屋をざらつかせる。えー、なんで、まだ砂が、と言いながら、栄子が足のうらについた砂をはらう。はらっても、はらっても、砂はどこからかやってくる。
麦ちゃん、もう1回、ぜんぶ洗ってからあそぼうよ。
栄子が言っても、麦は、1個ずつ、貝殻を枕のうえに置くのをやめない。シーツにも、砂の粒がみえる。薄墨色の、黒色の、白色の、いろんな色の砂が体のどこに隠れていたのか。砂ってなんであんなにいっぱいあるのか。砂浜にいるときは、足のうらにそれがついても仕方ないと思うのに、家の中で1粒でもおちていると、すぐわかる。ちくちくして、白いシーツをざらつかせている。
何も塗らなかったオトの日焼けは、熱傷に近くなっていて、子供たちのオイルのあまりを腕に塗っていたのでそのあたりはましだったが、無防備の背中は真っ赤にはれあがった。サンオイルは日焼けのためだけに塗るんじゃなくて皮膚がはれるのを防衛するのだと栄子は言った。痛い痛い、と、うめく乙彦の背にベランダに植えていたアロエを切ってきて、それをむいて、塗りたくる。乙彦は椅子に背をもたせかけることもできず、まえかがみでいる。いちおう、ふたりも塗ろうか、と言って、オトが、手早く太郎と麦の体にもあおくさくねばっこいものを塗ってゆく。太郎はアロエがしみてまたぎゅっとくちびるを嚙む。アロエの粘液は駅前にある花屋とおなじにおいがする。オトは、Tシャツの綿の起毛もタグもとげのようにささるとうめく。潮汁おいしかったなあ、はまぐり、あんなにとれてすごかったねえ、と太郎に、栄子が話しかける。明日はあさりの酒蒸しかな。太郎は、栄子の声をききながら頭がぐらぐらして栄子の体にもたれて乳房のあたりに顔をうずめて、汗とアルコールと洗濯石鹼のまじったにおいをかいでいた。
こんなにあさりが採れるなんてやっぱり浜にまかれてるのかなー。
家に帰ってから10回くらい同じことをオトが言う。今年が貝の当たり年だったのかなあ。栄子は乙彦の言葉に耳をかたむけず、書類を読んでいる。背中が痛いから、今日はうつ伏せじゃないと眠れないかも、と誰に言うでもなくでもきかれたくもある言葉を乙彦は声にだしてずっと眉を顰めている。
いい、もう消すよ、夜だよー、おやすみー。
きょうはたのしくてよかったね。栄子が骨折していないほうの足でケンケンするように移動して電気を消す。ママー! 今度は、いっしょにいこうね、と麦が叫ぶ。来年ね。このころはまだ麦はママとも呼んでいたんだっけ。でも結局海水浴には行っても潮干狩りには家族では行かないままだったんだっけ。栄子はドアを閉める。電気が消えるとき、太郎の目の奥に光が一瞬散ったかと思うけれど、それもすぐ消える。ねえ、太郎ちゃん、きこえる? 声をひそめて麦が話しかけてくる。はまぐりの貝を麦が太郎の耳にのせる。太郎はもう眠っている。麦は、海の音きこえる?と言った。麦も眠る。海の音。貝の奥からきこえてくる。はまぐりからも海の音はきこえるんだろうか。海と太陽の光でうんと体はつかれていて、麦もすぐ寝てしまう。栄子もあとになって眠りにきて、麦の寝相で枕から落ちてひっくりかえった貝殻をそっとバケツにしまって、目を閉じる。シーツのどこに砂がおちていたのか。ざらついているのを足に感じながら、栄子も眠る。
太郎、もう消すよ。
もう一度電気が消える。麦と太郎が寝起きしていた文京区のアパートの子供部屋の電気が消える。カッチャン、と紐をひっぱると蛍光灯が消える。2人は少し大きくなっていて部屋の電気を消すのは、麦のタイミングのいいときと決まっていた。このころは家族4人で、栄子の会社に程近いアパートで暮らしていた。
消すよ? うん。麦が電気を消す。引越し先の新しい部屋でも電気を消すのは麦と決まっていた。勝手に太郎が消すと麦は不機嫌になる。おやすみ。うん、おやすみ。太郎ちゃんさ、明日わたし朝練だからね。うん。5時起き、5時だよ。うん。
麦は中学に入ると、華やかさに憧れてチアリーディング部に入った。試合のまえになると朝練にでかける。ラジカセで曲をかけて夜になると窓にじぶんをうつして、ポンポンの音がシャカシャカはずんで振り付けを確認する。何フレーズかごとに止まり、ポーズを確認する。1曲まるまる通してきこえることは少ない。その音楽がきこえると、太郎は小さなため息をついてリビングに行く。リビングにいったところで音楽はきこえるのだけれど、おねー、うるさい、やめてよとは、太郎は言わない。朝の目覚ましも、部屋はひとつだから、ピーピー鳴る。
川のせせらぎ音設定もあるって、はしゃいで麦が買った目覚まし時計は、結局、設定を変えていない。だってさ、ただ起きるだけなんだから、ふつうのアラーム音でいいよ。せせらぎだのカッコーだのきいたって森も川もまわりにないのにどうすんの?と言った。太郎の方こそ初期設定でいいのに。納得がいかないが黙る。
太郎はお風呂上がりの体にひんやりしたシーツが気持ちよくて足を動かしてから寝ていた。クーラーは、寝る前まで、と言われていたから、消して眠るのだけれど、麦がいつもこっそりつける。シーツが冷たいのは1分くらいで、すぐにぬるくなるから、すこしからだをずらして、ひんやりしたところを探す。ひろいシーツにころがりつづけて、そのまま100メートルくらいずっとシーツだったらいいのにと太郎は思う。ひやしていると体のかゆみがましになる気がする。かゆみがないということを太郎は体験したことがない。ごろんと寝返りをしてゆっくり体を冷やす。家のおふとんやシーツはいつも皺が寄っていた。
その、洗濯皺のむこうから、海がやってくる。麦の枕元にはうっすらあかりがついている。雑誌をめくる音がする。ついていると思うときには、もう太郎は眠りはじめている。太郎の寝息はとてもかすかだ。横たわるとしずかに沈んでゆく。
よく知っている気がする、でもはじめてのような気もする小道のむこうに海がひろがっている。ちょうちんの光が遠くにぼんやりみえる。沖の方に、浜舟がみえる、いくつも。
あしになにかがささって、太郎は、くらい浜にひっくりかえって、あしを触った。貝のかけらだった。ちのみごのとき、太郎が、あしをみつけた瞬間をみた、と栄子が言っていた。あやあや、くちをうごかしながら体をばたつかせていろんなものをにぎってたしかめる。じぶんの手、じぶんのほっぺ、じぶんのおくるみ、ふとあしのうらを触って、触った感触とじぶんにあしがあることがそのときはじめてつながって、あしうらをかよわい指でぎゅっぎゅっとつかんでたしかめていた。太郎はあかちゃんのころから肉がうすかった。かぼそい手でさわって驚いた顔をしたその発見の瞬間がとてもかわいかったと栄子が何度も言っていた。
電気消すよ。電気が消える。オトが電気を消すとまた別の夜がくる。栄子と、太郎、麦、3人で寝ていたときの子供部屋。栄子は出版社に勤めていていつも夜が遅かった。オトは、おふとんのそばのちいさなあかりをともして、じゃあ、2冊だけだよ、読むの。ぼくも眠いの、と言って枕元の絵本をとりだす。あ、これ、栄ちゃんとこの出版社から出てるよ。
これはまだ、麦と太郎がひとつのおふとんで眠っていたころの夜だ。ダブルサイズのベッドに太郎と麦とふたりで眠っていた。深夜になると、栄子が、そろっと入ってくる。眠るとき、子供ふたりには広すぎるベッドは、栄子が担当していたきんぎょきちがいできんぎょのせんせいと呼ばれていた作家が、チャリティの景品であたっちゃってこまってるのよ、と言うのでよろこんでひきとったベッド。いつもおふとんのなかで足がたくさん動いてしまうのが怖くて、太郎は、麦の背中に顔を埋めるとしがみつく。太郎ちゃん、あっつい。麦は鬱陶しいようなまんざらでもないような声で太郎をそのままにさせて、絵本を読んでもらっていた。
ちいさな白熱灯の光がついているうちに太郎は眠る。太郎ちゃん、またあとでね。麦が言う。しばらく起きていた麦が今度は太郎にくっついてくる。長い髪の毛が顔にかかってかゆいけれど、ふりはらうことができない。腕がもう動かなくて、そのまま眠る。またあとでね。麦が耳もとでささやく。麦からはときどきシナモンのようなかおりがする。
おやすみ。
ふたりが眠ったのを確認して、オトがそっと、枕元のあかりを消して部屋を出る。麦は眠りばなで、オト、ひどい、2冊目もよんでよ、と思うだけで動けない。麦のまぶたも重くなって達者なくちびるもだるくて動かなくなってそのまま体がシーツのむこうにひっぱられてゆく。麦はあしのうらがゆらゆらする。体のなかの水もいっしょにゆれると夢のはじまりだった。風があしのうらをひとふきして、夢のなかだと思う。波打ち際のようなところを歩いている。砂浜に、あしあとが波ですぐ消える。あしのあいだに砂がはさまる。またあとでね。麦は太郎と待ち合わせている。
静かな海。遠くの浜のむこうに人むれがみえる。みんな海を背に体育座りしている。太郎ちゃんどこ? 太郎。あとでねって言ったのに! 人むれの方へ行こうとするとすぐそばで太郎がしゃがんでいる。太郎ちゃん、この下に石があるよ。砂が息をしている。ひおしがりは穴を探すのがたいせつ。砂浜の下にはいろんないきものがいる。麦は下をみている。ふたりの息も小さく吸ったり吐いたりして砂の穴もぷつぷつしている。麦と太郎は、さっきからずっと、砂まみれ。太郎は麦と待ち合わせをしていた。それが夢のなかの浜なのかどこかまたべつのところなのかはいずれでもよかった。ひおしがりしよう、と麦が言う。ひおしがり。太郎はしゃがんだまま海をみている。太郎はまだくちはきけない。くちはきけないのにいろんなことをしっている。太郎は麦の服をぎゅっとにぎる。太郎がしがみついてくるとうれしいのにふりはらってやりたくもなる。ひおしがり。いまそかり。いなびかり。やどかり。しりたがり。かりかり。かりのたより。太郎。麦がつま足で砂をぐりぐりして、ここにある、としめす。日がさんさんとして、まぶしくて、ぜんぶ白っぽくみえる。海のむこうでは花火があがっている。あかるいのに。立て札がある。それをみている。浜は果てしない。いちめんつづいている。麦が走って遠くに行くと太郎はおぼつかない足どりで麦の背中を追いかける。遠くにあんな人むれ。向こうは燃えたように空があかるいけれど、太郎はそれを気にもとめず、麦の背だけみている。よちよちと、ねてもさめてもいつも麦のあとをついていく。麦は、どうやってここにきたっけと思う。ふたりでふりかえると、ふたりの足跡は、とつぜんはじまっていて追いかけてもたどりかえしてもあとさきがすぐこんがらがって砂の上をいったりきたりしているだけでどこからきたのかよくわからない。太郎の手をにぎる麦の手があつい。太郎に、ここほれわんわん、と麦が言う。
太郎も麦も熊手を持って下を向いて砂をほる。太郎、ここほれわんわん。太郎は、麦のいいなりだ。ほれほれ。わんわん、とは太郎はくちがきけないからさすがに言わないが熱心にシャベルで砂をかく。麦の背がのびてセーラー服ではちまきをし竹槍を持っている。麦が、あちこちながめまわして歩き、穴をみつけるたび、ここほれわんわんの号令をだす。太郎は犬だったらかわいい。ほれほれ。太郎は、軽んじられていることばだとわかっているんだろうか。けむくじゃらでかわいいいきものとおそろい。太郎にしっぽがあったらふりふり振るのをつかんでひっぱって弄りたい。麦は、太郎が掘っているあいだ砂浜に座って、足先を砂に埋めたり手足をばたばたさせる。
しゃくしゃく、砂をかく音がして、太郎はきれいな石を掘りあてる。石にしてはやわらかい。みどりにひかる、ぷるぷるした石。石も息をするんだよと麦はおしえる。ほら、息、してるしてる。わからない? 息してるよ。石はあったけれど、麦は、すてきないろじゃない、と言って、また穴を探す。それは太郎ちゃんにあげる。白いのみつけたら麦のだからね。わかった? 太郎はうなずいて、水をはったバケツにそっと石をいれる。石がバケツのなかでひれをはやしはじめて泳いでいる。ひときわ小さないくつもの穴が浜にあいていたら、ぷつぷつしていたら、石が呼吸をしている証拠。ぷるぷる、ふるえるちいさな石が砂の下で生きている。ここほれわんわん。ゆきやこんこん。麦の指が空をさすとゆうれいのように丈高くのびていた夏雲が消える。今度は重たい墨のような雲がくる。ゆきやこんこん。肌がつめたくなって、空はすっかり鈍い色になって雪が海をさらに静かにする。麦はくちをあけている。つめたい粒がたまにくちのなかにはいる。ふたりでくちをあけてふわふわした雪を食べる。
起きて、起きて。外套をすでに着て出かける栄子が二人の布団をはがしてくる。体が揺れるとふたりの海がいっきに遠くなる。おはよう、太郎。麦。海は消える。
ちいさな台所のトースターは、何度も焦がして扉のガラス面がまっくろけになっている。その扉から、パンの焼けるにおいがする。ふたりとも起きてください。ごめん、ママ、もうすぐでないといけない。そう言いながら、栄子は一本の煙草に火をつける。もくもくと白が流れる。息を吐くときだけ、窓の外に顔をむける。
麦と太郎はまだ敷布団の上に転がっている。待って、髪の毛だけ結ってよー、と、麦が寝ながら甘える。ひおしがりしていたのに、体を動かすことでもうずいぶんまえのような気がしてきて、ふたりのあしのうらは浜からアパートの床を踏む。子供がふたりいると床はいつもちりやものが落ちていてべとついている。ひおしがりしたの。ああ、したね、あのときの潮汁おいしかったねー、またオトに連れていってもらったらいーねー。かみあっているようないないような会話で、麦が、バケツのなかでみどりのきんぎょが泳いでいてね。いままでいた白い砂浜と泳ぐ石のことを話していると、栄子はたいしてきいていなくて、せかして椅子に座らせる。栄子の話す潮干狩りは半年以上前の思い出で、栄子のギプスはもうとれていて、すっかり秋がきていて、麦のひおしがりはいましがたのことで、それがわからないのは、あたりまえのことだった。麦はしゃべりながら、砂の下で息をしていたぷるぷるした石をさっきは太郎にあげるといったけれど惜しくなってきて、バケツのなかのはみんなやっぱりぜんぶ麦のね、と太郎に言う。バケツのなかできんぎょになった泳ぐ石。あかいの。しろいの。みどりの。みんなぷるぷるして、まるっこい。太郎はこばみもせずうなずく。わんわん。太郎があげたいと思えばそのゆめは麦のものになる。麦は何度も太郎の夢をもらう。くちやくそくで。麦が機嫌よくトーストにジャムを塗りたくっていると、くわえ煙草をしている栄子が手早く麦の髪の毛をポニーテールに結いあげ、やっぱりさいきんからまりやすいなあ、ねえ、そろそろ髪の毛切らない? やだ。枝毛だけでも切ったら、髪が絡みにくくなると思うんだけど。長い髪じゃなきゃいや! ポニーテール似合う似合う。麦ちゃんいいこ。頭にキスして、ああ、子供の頭皮いいにおいする、と、すーはーしてから、太郎にも近寄って、すーはーして、ふたりとも、いいこにしててね、いってきます。栄子は玄関から小走りに出て行く。
寝具は白と栄子が言うから、寝る場所はいつも白かった。太郎がおねしょをしても、麦が鼻血をふいても、栄子が宿酔いで嘔吐しても、乙彦がベッドでこっそり食べたヤマザキランチパックのぺちゃんこのツナがぼとっとおちても、とりあえず漂白剤をぶちこんで洗えば白くなるから気分がいいと、栄子が言う。実家のだっさいフリルのついたバラ柄の枕カバーや寝具から逃げだしたかった栄子はいつも無地にこだわった。早朝に栄子が洗濯物を干して家を出る。朝のシーツは水をふくんでいて、揺れる音も重い。夕方、日が暮れるまで、シーツはそのままぱたぱたゆれる。オトは、児童育成クラブにいる麦を迎えに行って、保育園の太郎を迎えに行って、いっしょに、スーパーに行って、麦が走るのを制して、立ち止まる太郎の歩みを急かして、家に帰ってきて、それだけでオトはぐったりしている。窓を開けて、干しっぱなしのシーツをとりこむ。雨が降らないと決まっている日にだけ干すけれど、それでも、天気予報は外れることがある。布団とかシーツを干した日にかぎって、にわか雨は降る。そう栄子は言っていた。洗車したら雨が降る。この世は不条理だ。雀一羽おつるも神の摂理。神のおぼしめしだから仕方ないと思えたらいいのに。神っていうのは、不条理ってことだと思えばわかるか。不条理だけがある。栄子は煙草をふかす。乙彦は降りそうなとき、子供たちの手をひいて、小走りで家にむかう。オトは雨雲と競争をしてよく負けていた。一粒、一粒、鼻や頰、どこかに、雨だれがおちてくるのをこの世の終わりのように感じながら家に戻る。とりこんで、ほんのわずかしか湿っていないとき、乙彦は、シーツにくるまってよろこぶ。こんなことでよろこんでいるじぶんがふと乙彦はむなしい。
帰るずっと前から、じゃーじゃー降ってしまう日もある。薬局で買った傘を干し、また家の傘がふえてしまったと思うと乙彦はくやしい。乙彦は窓の外を一瞥して、すぐ台所に入り、冷蔵庫を整頓しはじめる。あージャムにまたパンくずとバター入ってる。えーっと、納豆、たまご、あれ、牛乳のくちあいてる。栄ちゃんはだらしないなあ、とぶつぶつ言っている。そうしているあいだも、シーツは濡れつづけている。ベランダをみた麦が、びしょぬれー! オト、はやくはやく、とせっつくけれど、豆乳いる? パックの調製豆乳を2本麦に渡して、太郎のぶんも麦は持っていって、乙彦も、紙パックの麦芽コーヒーをちゅーっと吸ってため息をつく。みえるけれど、みえないようにして、夕飯をつくりはじめる。乙彦はラジオをききながらごはんをつくる。夕飯はカレー。栄ちゃんは作家先生の接待で今日もお外。煮込んでいるあいだ、びしょぬれのシーツをのろのろとりこんで、もう一度洗濯機にかける。あるいは自転車で大きな乾燥機のあるコインランドリーまで雨ガッパで行く。
珍しく栄子が早く帰った日、最寄駅からにわか雨が降りはじめた。栄子は、走って家には帰らない。煙草を2本吸ってやりすごしたけれど雨はやまないから、舌打ちをして、駅に併設された薬局で傘を買い、仕方なく歩きはじめる。雨は横殴りになってきて、栄子はシーツのことを考えていた。家に着くまでの15分のあいだに栄子の体は濡れそぼち靴の中まで水が入り、濡れたストッキングがすべると思いながら、シーツをとりこもうとして、網戸の桟に足の指をぶつけ、いったー!と痺れて痛む足をかばおうとした途端もう片方の足がつるんと滑ってひねりシーツをつかんだまま倒れる。足首にはヒビが入った。この世は不条理だ。家に帰るのが遅ければ雨に遭うこともなかった。シーツなんてどうせもう一度洗えばいいのだからもっとゆっくり行動すればよかった。すべりやすいストッキングなんてものが世の中にあるのが醜悪。乙彦にぶつくさ言いながら、整形外科で借りた松葉杖でコンクリートをだんだん叩いて、怒っていた。
夜になっても干されたままのシーツが光ってみえる。家の照明が窓に反射してきらきらしているむこうでシーツも光っている。乙彦はぱたぱたほこりをはたく。とりこみたてのシーツの外のにおいのするひんやりした心地が太郎は好きだった。網戸にはかつてシーツだった白い繊維がよく絡んでいる。
夜、太郎は少しでもはやく眠りたかった。ほのぐらい部屋のなかでもシーツは光ってみえる。太郎は身をよこたえただけで体のなかの水が皮膚から漏れでてシーツに流れだしていきそうになる。オトが寝床で、絵本を読む。麦が太郎を起こそうとする。はじまるよ。うん、太郎の目は、すこしだけ、貝のくちのようにあいまいにひらいたかと思うと閉じる。
おふとんのむこうから、海がくる。白いシーツとふとんのあいだから、なにかがきている。太郎の土踏まずのやわらかいところに水がはねる。かなたからしぶきをあげて波がいくつもやってくる。太郎はおふとんのむこうを歩いている。太郎はいつもどこにいるのかわからない。太郎はときどき海の家にいる。ひとのいない家で、店屋でもない、宿屋でもない、だれかのおうちだった。その家は、あったりなかったりしていて、ときどき建っている。太郎がみたことのある家というもののなかでいちばん広いかもしれない。でもそんなことは太郎にとってはどうでもいいことだ。波にその家のあかりが光ってみえるともう建っている。ちゃぷちゃぷしたところにある家のそばによる。広くて、少し古そうで、重そうな扉があって、それが、たまにあいている。太郎は、家のなかに入ってから、じぶんが、海の上を歩いていたことに気づく。ゆらゆら足のうらがくすぐったかったような寒天のように弾力があってかたかったような気がするけれどすぐ忘れてしまう。ごめんください。こんにちは。しらないひとの家に入るときは挨拶をするものだと麦が言っていたけれどくちのきけない太郎は挨拶ができない。玄関で靴をはいていなかったといつも思う。しんとしていて、ようこそとも、おひきとりくださいともいわれない。蚊帳のある部屋で女の人が寝ている。その人はまっくらな廊下で1人歩いてうれしそうに歌をうたう。あかいべべきたかわいいきんぎょ。ペティナイフが台所で光る。くるくるその人がまわってたのしそうで太郎はまたその女の人についていこうとする。その人は蚊帳のなかに入る。太郎は蚊帳の入り方がわからない。手をのばすとまっくらな広い廊下にでていて、床が、紫がかった羊羹のような色をしている。ふみしめると床が鳴る。おいしそうに床は光る。今度はそれがおもしろくて足をばたばたさせている。
やっちゃった、やっちゃった。栄子が寝こけていたのだと青ざめて布団を蹴り上げる。
起きて起きてとせかされる。体のどこかでまだ海の音がきこえる。ごはんの湯気の名残が頰にある。それが頭や体をすこしずつ動かすと体のなかの水が揺れてゆめの波がのいて消える。下草の揺れる音も朝の歯磨きで消える。歯磨き粉には、夢を忘れるにおいがある。栄子にあーんと大きく口をあけさせられて歯ブラシを入れられて、くちのなかをこすられていると、海がのいてゆく。太郎のあしのうらはアパートの床を踏んでいる。
***この続きは、朝吹真理子『ゆめ』でお読みいただけます。***
◎村田沙耶香、絶賛!
「なにかの破裂を感じた。小説という概念に知らず感じていた膜なのか、自分の精神が入った袋の皮なのか、とにかく、なにかが、決定的にばしゃりと破れた。
たぶん、この小説はいつか人を殺すと思う。この小説に殺されることを、ぼうっと夢見ている。『ころす』という言葉も破裂して、この小説が破いた膜の外に立っている。」
――村田沙耶香
『ゆめ』朝吹真理子 著
発売日:2026年11月4日
仕様:四六変形判・上製/328ページ
定価:2,970円(税込)
装丁:朝吹真理子
発行:河出書房新社
詳細はこちら
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309032900/
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著者プロフィール
朝吹真理子(あさぶき・まりこ)
1984年東京都生まれ。2009年、「流跡」でデビュー。2010年、同作で第20回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を最年少受賞。2011年、「きことわ」で第144回芥川龍之介賞を受賞。著書に『TIMELESS』『閉じた目』、エッセイ集『抽斗のなかの海』『だいちょうことばめぐり』『信号旗K』などがある。


















