ためし読み - 日本文学

「『普通』とは何かを問い直す、純文学が慰めだった」──新進気鋭の批評家・水上文による初の批評×エッセイ集『たったひとり、私だけの部屋で』 「はじめに」全文公開!

「『普通』とは何かを問い直す、純文学が慰めだった」──新進気鋭の批評家・水上文による初の批評×エッセイ集『たったひとり、私だけの部屋で』 「はじめに」全文公開!

 

たったひとり、私だけの部屋で クィア/フェミニズムと共に文学を体験する
水上 文
amazonで買うRakutenブックスほか全国書店で予約受付中

 

 

斎藤美奈子・北村紗衣・吉田恵里香、太鼓判!
いま最も社会が必要とする批評家、鮮烈なる第1作!

クィア/フェミニズムの視点で文学シーンを切り拓く、
新進気鋭の批評家・水上文による初の批評×エッセイ集『たったひとり、私だけの部屋で クィア/フェミニズムと共に文学を体験する』がついに刊行されます。


身体、性、家族、アイデンティティ、ケア、暴力――文学作品に刻まれたテーマを手がかりに、私たちが生きる社会に深く根づく規範や権力構造を問います。
文学を「読む」ことは、世界を見つめて言語化すること。


新たな思考の扉を開くための一冊である本書より、「はじめに」を全文公開いたします。

***

はじめに
 
 子どもの頃からずっと、小説が大好きだった。
 自分が生きる「この現実」の外を見せてくれる小説が好きだった。なぜなら、この現実だけでは生きてはいけないような気がしていたから。私はいつも、うまく「普通」に振舞えなかったから。小さな女の子として生きるには、あまりに理不尽で暴力的なことが多かったから。クィアとして生きるには、身の回りの現実は狭苦しいにもほどがあったから。だから、いささか現実からはみ出すように、小説ばかりを読むようになったのだ。
 そして次第に、考えるようになった。
 どうして私は「このよう」なのだろう? 女性であることも非異性愛者であることも、紛れもなく「私」を構成する大きな要素で、それがなければまるで別の人間だったに違いないけれど、でもそれってどういうことなのだろう? 女性であるとは、いったいなんだろう。異性愛を原則とするこの社会とは、性とはなんなのだろう?
 そんな風に考えるとき、小説を読むことはいつも私と共にあった。
 なかでも、「普通」とはとても言えない人や視点が当然のように登場する「純文学」と呼ばれる小説がお気に入りだった。それは「普通」に馴染めない私にとって、慰めにほかならなかったから。むしろそれは、「普通」とは何かを問い直すよう促すものだったから。小説はいつも私に、ありふれた日常を捉え返し、感情や思考を言葉にする術を教えてくれたから。そして、ひとりでは到底辿り着けない景色を見せてくれるものだったからだ。
 小説を読み、何が考えられるのかを言葉にすること――子どもの頃からずっと行ってきたこうした営みが、今の私の仕事であり、この本におさめた文章である。
 
 そんなわけでこの本は、主に小説について書いた文章をおさめた一冊だ。
 けれども、いわゆる学術的な文学論とはずいぶん趣が違う。
 たとえばこの本のはじめにおさめたエッセイ「狭間の沈黙」は、私自身の、母に対するカミングアウトをめぐったものである。小説に関する言及もあるけれど、学術的に論じるというよりむしろ、「私」という個別具体的な人間の経験の関わりに、ここでは光を当てている。というのも伝えたかったのは、小説がどんな風に自分の人生に直接的にかかわっているのか、いかに生きることと密接しているか、にほかならなかったからだ。
 なにしろ私は、ただ文学の話のみをしたいわけではなかった。
 私は、この「私」として経験していることを抜きにして、「純粋」に文学を論じることなどできないと思っていたのだ。男性中心的価値観が未だ蔓延り、シスジェンダーの異性愛者のみを前提にしているこの社会で、クィアの女性として生きるこの「私」を抜きに文学を語ったところで、何の意味があるのか。そんな風に感じていたからである。
 
 だからこそこの本は、「私」をめぐる前提をより明確にするべく、四部に分けている。
 第一部「ほかならないこの身体で」は、とりわけ母娘関係をはじめ、性と身体性に焦点を当てた文章を収録している。様々な小説を手短に紹介しつつ、女性の身体と主体性をめぐる問いを投げかけるブックガイド。現代日本文学における「母娘」関係の批判的考察を行う論考。あるいは、母と娘の関係を深く掘り下げる小説、宇佐見りん『かか』について読み解く論考。いずれも、対象は違っても、同じ問題意識のもとにある。私がいつも我慢ならないのは、女性の身体を「自然」「本能」といった仕方で語る語り口だ。個人のあり方や関係性を狭めるこの種の言説は、抑圧的に作用することがままあるから。だからこそここでは、フェミニズム│性を「自然」や「本能」として問わずに済ませるのではなくて、思考や変革の対象とする方途を開いた社会運動│に示唆を得ながら、小説と共に改めて物事を問い直すことを試みている。
 第二部「異性愛規範を穿つ」は、異性愛を「基本」とする価値観を問い直すための文章をおさめている。自分自身の経験に基づいて、「クィアなフェミニズム」とは何かについて問いかけるエッセイ。様々な小説を紹介しつつ、異性愛規範とは異なるクィアな時間を考えるブックガイド。そして同性愛を描く物語に対するよくある反応――「同性愛ではなくて普遍的な愛の物語だ」といった――の問題点を考えつつ、クィアな欲望や愛の複雑さを語る術を模索する論考。語りたかったのは、異性愛規範を問うことは、決して性的マイノリティにのみ関わることではない、ということである。それは自らを異性愛者と捉える人も含め、世界のあり方そのものを再考することにつながるはずだと、私は信じている。
 第三部「ここに楔として打ち込まねばならない」は、トランスジェンダーの人々に対する差別への抵抗を意図した文章を並べている。二〇一〇年代後半以降、トランスの人たちへの差別的な言説は国際的にいっそう高まり、とりわけ、トランスの女性をシスジェンダーの女性に対する「脅威」と位置づける言説が増加した。そしてもとから性的マイノリティに敵対的な保守派のみならず、フェミニストや左派も、それを盛んに語るようになったのだ。こうした風潮は日本の文芸界にも到来し、一部の作家や文芸評論家も加担している。第三部は、そんな風潮に対する抵抗を記録するものだ。小説に対する信頼さえ揺らぐような状況で、それでもなお小説と共に思考する可能性を、ここで示せればと願っている。
 第四部「生きることに耐えて学ぶ」は、フェミニズムやクィアなど、特定の話題に沿った文章を集めたこれまでの部とは異なり、高瀬隼子、金井美恵子、松浦理英子という、各々の作家の作品について論じる文章をおさめている。だからわかりやすい共通のテーマがあるわけではない。あくまで小説に沿って、個々の作品を論じている。けれども、ここで取り上げた小説はどれも、私にとって「どう生きるか」をめぐる問いと結びついていたという点で共通しているような気がする。これからどんな風に、どう生きられるのだろう。そんな問いを喚起する小説群に対峙し、向き合ったという感覚があるのだ。
 
 思えば私はずっと、ひとりで本ばかり読んでいた。
 周囲に馴染めない、うまくやれない、と卑屈になって、人との関わりを避けることがままあった。ひとり部屋に閉じこもり、好きな小説を読むことは、格好の逃げ道だった。
 けれども小説を読むことは、実のところ「他者」を知ることである。
 自分とは異なる経験を、世界の見え方を知り、「私」自身が揺さぶられる――本当の意味で「読む」とは、そういうことであるはずなのだ。
 だから私は今、語りかけたいと思っている。
 なにかを考え、形にし、他のひとに語りかける術を学び、より遠くに行けるような、そんな風になりたいと思っている。たとえば同じような問題を考えたり、あるいはまったく別の価値観を持っていたり、そういう色々な人が自分について語る言葉を得る助けになるような、できれば一緒に言葉を紡ぎ出すような、そうして別の景色が見えてくるような、そんなことがあれば良いのに、と思っている。
 この本はそのための一歩である。ほかならないあなたに届くことを、私は祈っている。

 

***

続きは『たったひとり、私だけの部屋で クィア/フェミニズムと共に文学を体験する』でお楽しみいただけます!

 

 

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