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阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(4)「Across The Border」

阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(4)「Across The Border」

十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。

「Across The Border」

イギリスのロックバンド「Electric Light Orchestra」の楽曲名

──空爆の様子から始まる作品です。これもまた、読者の身近にはない出来事ですね。読み進めると、どうやらゲームの話であると分かってきます。それも、負けると指を切られるような際どいゲームであることが。最後には日本との関連が少し仄めかされますね。

「あるいは拷問の一環でゲームが演じられているという状況かな。これは二十人の作家が二十枚の短編を書くという企画で書いたものなのですが、その当時の二〇一五年は、アサド政権によるシリア国民虐殺という人道危機が深刻化していて、IS(イスラム国)の台頭などもあって非常に残酷な状況が日々報道されていました。日本でも、実業家の湯川遥菜さんとジャーナリストの後藤健二さんがシリアでISに拘束される事件があり自己責任論がまた急速に高まった。その際に見られた日本政府の対応などを風刺するつもりで書いた短編です」

──自己責任論が沸いている中、記者会見をした後藤さんの母親の発言の一部が切り取られ、バッシングの的になりましたよね。母親の発言に対する違和感も分からないではないけれど、その状況が何ともやるせなかった。あのときの複雑な感情を、この作品を読んで思い出しました。今もあのときの感情に決着が付いていないし、きっと付かないと思うんです。でもあなたは手の込んだ書き方で、「あのときこう感じることができたらよかったのに」と思える一つの在り方を提示している。そこに感銘を受けました。

「ありがとうございます。でも、そういう風に読んでくれる人はそう多くないかもしれませんね」

──タイトルにあるように、国境とは何か、人が離れているとはどういうことか、ということを考えさせる一編です。『Deluxe Edition』刊行時に別の方がしたインタビューで、タイトルに引用された楽曲について、「たとえば映画のサントラみたいに、聴きながら読んでもらっても楽しいかなと思います」とおっしゃっていました。

「その意図をより深めてまとめたのが『Ultimate Edition』なので、聴きながら読むのでも読了後に聴くのでもどちらでも、試してほしいと思います。もちろん自由に、こちらが想定していない別の楽曲を組み合わせて読んでくださるのもまたよしでございます」

(つづきは明日29日公開)

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著者

阿部和重

1968年山形県生まれ。1994年「アメリカの夜」で第37回群像新人文学賞を受賞しデビュー。『無情の世界』で第21回野間文芸新人賞、『シンセミア』で第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞をダブル受賞、『グランド・フィナーレ』で第132回芥川龍之介賞、『ピストルズ』で第46回谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『Orga(ni)sm』『ブラック・チェンバー・ミュージック』等がある。

福永信

1972年生まれ。98年「読み終えて」で第一回ストリートノベル大賞受賞。著書に『アクロバット前夜』、村瀬恭子との共著『あっぷあっぷ』などがある。

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