
ためし読み - 文藝
阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(6)「Eeny, Meeny, Miny, Moe」
阿部和重
2022.10.30

十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。
「Eeny, Meeny, Miny, Moe」
日本の「どちらにしようかな」に当たる英語の数え歌
──小説と現実が繫がっていることで、読者は小説を読んでいる間だけ読者でいるのではなく、読んだ後も読者であり続ける感じを得るのでしょうね。さて、次は金正恩の話が来ます。『ブラック・チェンバー・ミュージック』に関連する内容ですが、同作よりもだいぶ前に書かれています。
「そうですね。固有名詞は出てきませんが、誰が読んでも金正恩のことだと分かるようには書かれているはずです。英語版の数え歌をタイトルにしたのは、『どちらにしようかな』という状況に置かれた若き最高指導者の心境を描きたかったからです」
──最後にひどいオチが付きますね。
「ほんとにひどい(笑)。これを書いたのは最高指導者になって数年後の金正恩が、張成沢という後見人的な立場にある叔父の処刑を命じたという衝撃的な事実が報じられて間もない頃です。ナンバー2の権力者とされる張成沢は中国とのパイプ役などもつとめる有力な存在だったので、若い金正恩の指導力が未知数だったこともあって当時は北朝鮮の内政がだいぶ危ぶまれていました。その一方で、金正恩と親交のあるデニス・ロッドマンというNBAの元スター選手が何度も北朝鮮に招かれていた。金正恩の誕生祝いの際も仲間の選手たちと訪朝して親善試合をおこなっているんですが、その最後にデニス・ロッドマンがハッピーバースデーを歌うわけです。実際にそういう出来事があったので、叔父を処刑させた直後の不穏な空気が続く中、誕生日の盛大な祝宴に臨む若き最高指導者の心境を想像する小説を書いてみたくなったということです」
─作者自身もその人物像を見極めかねている感じがします。時代の刻印性という点でいうと、まさにそのときにしか書けない作品です。今読むとそこがかえって面白い。ちなみに同名の楽曲が「三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE」にもあるようですが……。
「これは本当に数え歌の意味で付けました。でも、そのようですね」
──聴いてみたのですが、実は歌詞の内容がばっちりなんですよ。「凄く物足りない」とか「欲しいのは平凡な日々じゃない」とか「ほかにない自分だけのスタイル」とか。本作の主人公が思いそうなフレーズで溢れているんです。
「じゃあ、三代目の曲ということにしましょう(笑)。彼らのファンにも読んでもらえるように」
──オチもすごく馬鹿馬鹿しいのですが、それが見過ごせないのは、日本的な、牧歌的にも思える決着をしているからです。逆に、極めて恐ろしい終わり方だとも言えますが。
「この作品でもやっぱり距離感について考えざるを得なかった。当時の自分にとって北朝鮮は、思い立ってすぐに詳細に書けるような舞台ではなかった。必要な資料をそろえて書くべきところ、そうすると〆切に間にあわないので自分の想像力で乗りきるしかないとなった。そんな中、どうやったら作品として成立させられるかと考えたときに、この状況そのものを書けばいいのだと思いついて、すると自分がやっていることって結局、幸福の科学の霊言みたいなものだなと気づいたわけです。小説なんて霊言と変わらないよなと」
(つづきは明日31日公開)