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阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(7)「Green Haze」

阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(7)「Green Haze」

十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。

「Green Haze」

アメリカのジャズミュージシャン、マイルス・デイヴィスの楽曲名

──この作品では「きみは~」という語り掛け形式で、アマゾンで拡大し続けている森林火災のこと、ブラジルの大統領ジャイル・ボルソナロが森林破壊への対策を取ろうとしていない現状などについて話が進んでいきます。地球環境の危機を憂う内容ですが、これも最後に急展開の滑稽なオチを引き寄せる作品です。

「アマゾンの森林破壊ってここ数年かなり深刻視されていて、なかなかおさまらない火災について一時期さかんに報道されてもいたわけですが、解決の見とおしが立っていないんですよね。作中でも触れていますが、森林開発を止める気がないボルソナロという男がブラジルの大統領に就いていることが元凶の一つでもあって、アマゾンの破壊と気候変動には何の関係もないとか、あれはヨーロッパの連中による陰謀なんだと実際に主張しているわけです。そのへんの事情は作中で詳しく紹介しているので繰り返しませんが、いずれにせよ、この短編集は国家元首をネタにした風刺小説がいくつも並んでいて、とりわけボルソナロという人物は風刺の対象として申し分ないと考えていました。国際社会を騒がせるキャラクターのひとりとして注目していたので、アマゾンの森林破壊の話題が出たとき、これを書かないわけにいかないなと思った次第です」

──未来からの使者のような語り手が、誰でも検索で得られるような情報を基に協力を迫ってきますが、絶妙な怪しさが漂っていますね。

「引用と検索が創作の重要な部分になっている作家にとって重要なのは、まとめサイトみたいにならないことですよね。単に情報を組み合わせて、こういうことが起きていますよと現在を語るだけの小説であれば、よくあるまとめサイトと変わらない。何を読者に提示するかだけでなく、どういう形で提示するかがすごく大事なんです」

──世界では深刻な出来事があまりにもたくさん起きすぎていて、世界をひとつの実体として捉えることが難しくなっていますよね。全世界を捉えるのは無理だと諦める自分を、情けなさと共に感じることしかできない。でも、あなたの短編はそんな意欲を奮起させてくれます。なぜなら作者自身がこんなにも日々検索して、考え続けているわけだから。実際には検索だけをしているのではないのは、読者はもちろん分かっているのですが、作品から透けて見えるのは作者の滑稽な姿です。日々検索しながら執筆している、そう見えるようになっているわけですね。陰謀論なんかよりも百倍は面白いフィクションとして、一人の日本の風刺作家が、世界を相手にして小説を書いている。複雑な世界を複雑なままに捉えることは可能なんだという、そういうチャレンジ精神で書かれている。その意味で、非常に前向きな短編集だと感じます。

「実際は検索する以前に毎日毎日報道をチェックして記事を収集しているわけです。これにいつも時間をとられて原稿を書く前に一日が終わってしまったりするので、いい加減もうやめてしまいたい。検索はどちらかというと文章確認に利用することのほうが多いんです。それはともかく、ここでも対象との距離感が念頭にありました。アマゾンの森林破壊やブラジル大統領のデタラメぶりに憂いや憤りを覚える反面、傍観するしかない自分自身という存在の限界にも無自覚ではいられない。そのことも同時に作品に反映させたかった。馬鹿馬鹿しいオチも、そうした意図を表現するための構造の一部なんです」

(つづきは明日1日公開)

関連本

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著者

阿部和重

1968年山形県生まれ。1994年「アメリカの夜」で第37回群像新人文学賞を受賞しデビュー。『無情の世界』で第21回野間文芸新人賞、『シンセミア』で第15回伊藤整文学賞・第58回毎日出版文化賞をダブル受賞、『グランド・フィナーレ』で第132回芥川龍之介賞、『ピストルズ』で第46回谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に『Orga(ni)sm』『ブラック・チェンバー・ミュージック』等がある。

福永信

1972年生まれ。98年「読み終えて」で第一回ストリートノベル大賞受賞。著書に『アクロバット前夜』、村瀬恭子との共著『あっぷあっぷ』などがある。

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