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★まるごと1話試し読み★「5分シリーズ」第2弾発売記念!3日連続試し読み公開vol.3『5分後に後味の悪いラスト』収録「暇つぶし」

★まるごと1話試し読み★「5分シリーズ」第2弾発売記念!3日連続試し読み公開vol.3『5分後に後味の悪いラスト』収録「暇つぶし」

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いよいよ「5分シリーズ」第2弾が発売!

エブリスタと河出書房新社が贈る短編小説シリーズ(特設サイトはこちら)。
投稿作品累計200万作品、コンテスト応募総数25000作品以上から厳選された短編は、すぐ読める短さなのに、衝撃的に面白いものばかりです。

第2弾発売を記念して、3日連続で試し読みを公開します!
あなたも5分で衝撃を受けてください。

5分後に後味の悪いラスト』(5分シリーズ)より、まるごと1話試し読み!

暇な休日、突然携帯電話に届いた見知らぬ女性からのSOSメールに男は…。

* * * * *

「暇つぶし」              モモユキ

 

暇だった。
今日は、これといった予定はなかった。
学校が休みの土曜日で、昼前に家をでた。
わたしは大学二年生で、都内の学校に通っている二十歳の男だ。
梅雨の晴れ間で、気温は三十度近くあるだろう。もうすぐ、本格的な夏がやって来るんだな、そう思うとわくわくした。
急ぐこともなく歩いて、最寄駅まで来た。
チェーン店のカフェに入って、コーヒーを注文する。ホットを頼んだ。アイスは、汗をかくようになるまで我慢することにした。
席に着いて、ミルクも砂糖も入れずに飲む。
携帯電話でだらだらと、イヤホンをして動画を眺める。
たいして面白く感じない。
外出先で動画を見ても、あまり集中することができない。まわりで人が動いているので、意識が余所(よそ)へ移りがちになる。人がたくさんいる場所は、わたしにとって、動画を見る環境としてあまり適していなかった。
三十分ほどして、トイレに立った。
戻ってくると、レジにいってサンドイッチを買った。昼食だった。
ちょうど、そのサンドイッチを食べ終わった頃に、テーブルの上に置いてある携帯電話が振動した。
メールの受信だった。
確認すると、送信者の名前は表示されていなかった。
知らないアドレスからのメールだった。アドレスは、パソコンのものだ。
件名はない。
本文を見る。

「助けてください
わたしは監禁(かんきん)されています
わたしの名前は下平(しもひら)いずみです
自宅の住所は
東京都練馬区春日町〇〇〇‐××〇
自宅の電話番号は
03397×××××
警察に電話するか
自宅にいる親に電話してください
そうでなければ
あなたが今すぐここに来てください
監禁されている場所は
東京都の
北区田端〇‐××
家のなかを移動させられたとき
窓の外に見えた電信柱にそう書いてありました
それ以上はわかりません
一軒家の二階の部屋にいます
部屋には窓がありません
警察か自宅に電話してください
親も友達も
他人のメールアドレスはおぼえていないので
適当にメールアドレスを打ちました
あなたが東京か
近くにいるなら
直接助けに来てください
SOSです」

新手のイタズラだろうか。当然、無視することにした。
十分も経たない内に、携帯電話が再び振動した。
見ると、同じアドレスからだった。
本文を開く。

「助けてください
返事をください
これは本当です
本当にわたしは監禁されています
監禁しているのは男です
男は三十代だと思います
わたしの知らない人です
何日か前に
わたしはその男にさらわれました
今すぐ返事をください
そして
今すぐ助けてください」

一体これは、どういったタイプのイタズラなのだろう。
こんなメールが送られてきて、実際にこの送信者を助けにいく人間なんているのか。
百歩譲って、もし、メールに記載されている住所に行ったとしたら、そこには何が待ち受けているのだろう。
恐いお兄さんだろうか。
暇な若者たちだろうか。
まさか、テレビのどっきり企画なんてことだったりして。

「そこまで言うなら、行ってやろうじゃん」
やっぱり行くことにした。
今日は、暇だった。それが理由のすべてだ。
大学二年生の二十歳にとって、暇であるということは、敵だった。
しかしこれだけの情報でほいほいと乗り込んでいくほど、間抜けではない。
返事を書く。

「メール読みました。
電話番号を教えてください。
そちらへ行くかどうかは、
あなたと話し合ってから決めたいと思います」
送信した。
すぐに返事が来た。

「この部屋に電話はありません
わたしの携帯は取り上げられています
わたしは監禁されているんです
男は外出しています
部屋のドアは開きません
パソコンがあるので起動させました
早く
助けてください
夕方になったら男が帰ってきてしまいます
SOSです」

うっかりしていたが、彼女は電話はできないのだった。そりゃそうだ。電話ができるのだったら、とっくに自分で警察にでも連絡している。メールで、どこの誰だかわからない人間に助けを求めたりする必要もない。わたしは間抜けだった。
いったんメールを閉じると、大学の友達に電話をかけた。
「おう、どうしたんだ」
同じく二年生の河田(かわだ)だ。
「今、何やってる?」
わたしは聞いた。
「え、部屋でテレビ見てたよ」
「暇ってことか?」
「まあね。明日でかける予定があるから、今日は家でのんびりしてる」
OKのようだ。
「今から会えるか」
勢い込んで聞いた。
「今からか? まあ、大丈夫だけど」
河田が答えた。
「今から会って、何すんだ?」
「いい暇つぶしがあるんだ。いや、実はな、今、変なメールが来て……」
わたしはことの成り行きを説明した。
「いいねえ。面白そうだねえ。おれも行くわ」
河田の高揚した声の調子。ノリ気だ。
「でもさあ……」
河田の口調が変わる。何かを疑っている声だ。
「何?」
「その女の人は、パソコンを使ってるんだよなあ」
河田が聞く。
「そうらしいよ。電話は男に奪われちゃったみたいだから」
「だったら、ツイッターでよくないか?」
「ツイッター……」
「ツイッターでログインして、知ってる人に助けを求めまくればいいじゃん」
河田が言った。
「ツイッター、やってないんじゃない」
わたしが言う。
「あ、そうか。やってなきゃ、わからないか」
河田はあっさりと納得した。世の中、誰もがツイッターをやっているわけではない。実は、わたしもやっていない。
「どこに集合しようか。下平いずみのいる住所は田端だから、渋谷辺りで待ち合せるか」
わたしが言った。
「よし、お互い、一時間以内に渋谷に着くだろう。着いたら、連絡くれ」
河田が言って、電話が切れた。
下平いずみにメールをする。

「今から行きます。
友達と二人で行くので、
しばらくの間、待っていてください」

速攻で返信が来る。

「ありがとう
助かります
でも
警察か自宅に
連絡してくれるほうがいいのですが
いずれにしても待ってます
できるだけ早く
お願いします」

わたしはコーヒーを一気に飲み干し、空のカップを持って立ち上がった。

渋谷駅に着いたのは、午後二時をまわった頃だった。
河田は先に到着していた。
坊主頭の下の目が、細い弓月の形になって、笑っている。
「ふざけたメールだよな!」
言葉と違って、うれしそうな声の調子で河田は言った。
「イタズラだろ。指定された住所に行ったら、何が現れるんだろうな。何、っていうか、誰、だけど」
わたしが言った。
「まさか、警察に電話したりはしてないだろうなあ?」
河田が聞く。
「するわけないだろ。まず間違いなく、このメールはイタズラだ。そんなもんを信じて、警察に電話なんかしたら、おれがイタズラをしてると疑われるだろ」
わたしは答えた。
「そうだな」
「メールには、下平いずみの自宅の電話番号が書いてあったから、さっき一応電話してみたんだ。ぜんぜん関係ない人の番号だったら、間違えました、って言えばいいしな」
「どうだった?」
河田が聞く。
「誰もでなかった」
下平いずみの自宅へ電話をかけたのは、カフェをでた後だった。
「電話はつながったんだな」
「うん。でも、いつまでも呼び出し音が鳴るだけで、不在なのか、結局誰もでなかった。どうせ、ウソの電話番号なんだろうけどね」
わたしたちはJR山手線外回りに乗った。
田端駅に着くと、下平いずみにメールを送った。
「田端駅に着きました。
今から、住所の場所へ行きます」

間髪入れずに返事が来る。

「早く来てください
お願いします
あいつが帰って来てしまいます
警察に電話をしてください
わたしの親に電話をしてください
とにかく
早く助けてください
お願いいたします」

田端駅をでると、わたしと河田は、携帯電話で検索しつつ、住所の場所へと歩いた。
『田端〇‐××』
電信柱に付けられた緑のプレートに、住所が白抜きで書かれている。
「一応、ここだよなあ」
わたしはそう言って、周囲を見まわした。
閑静(かんせい)な住宅街、といった場所だった。
「一軒家っていっても、そこらじゅう一軒家だらけだから、どこの家かわからないぜ」
河田がこまった顔で言った。
誘拐犯の名前がわからないので、どの家なのか判別できない。
「メールしてみるか」
そう言って、わたしはメールを書いた。

「今、住所の地点に来ています。
下平さんは、どこにいるのですか?
どのような外観の家ですか?
まだ無事でしょうか?」

送信する。
「ちょっとまじめ過ぎたかな。どうせ、イタズラなんだろうし」
わたしが言うと、
「まじめな文章でいいよ。もしかしたら、本当なのかもしれないからな。相当確率は低いけど」
河田が言った。

十分以上かかって、返事が来た。それまでよりも、返信に時間がかかっていた。

「マジか!
引っかかっちゃったみたいだね
お兄ちゃんたち
今見えてるよ
二人してバカ面下げて
ほんとに来ちゃうもんかねえ?
下心まるだしじゃん!
女の誘いにホイホイ乗っちゃってさあ
誰がおまえらみたいなクソと
仲よくなるってんだよ!
写真撮ってやったよ
ついでに動画もね
流出させちゃおうかなあ?
『スケベ男約二名!』
ってタイトルで
あー
いい暇つぶしになった
センキュー!
今日以降
エロサイトに注目してなさい
『スケベ男約二名!』
写真か動画で
流出させてやるから!」

やっぱりだった。
イタズラだったのだ。
思っていたとおりだったが、最悪な気分だった。
イタズラをした人間の家を探して文句を言ってやろう、などという気はなかった。そんなことは、面倒過ぎた。
わたしと河田は、その場を去った。

翌日の朝、河田から電話があった。
「今朝のNHKのニュース見たか?」
わたしは、
「ニュース?見てないよ。今起きたところだから」
とパジャマ姿のままで答えた。
「新聞は? 朝刊あるか?」
焦った声で河田がたずねる。
「新聞ならあるよ。それがどうした?」
新聞がどうしたというのだろうか。
「見てみろ。おれんち読売だけど、載ってるぞ!」
河田が叫ぶように言った。
何をそんなに興奮しているのだろうか。
電話はそのままにして、わたしは居間から新聞を取ってきた。わたしの家は朝日だった。
「朝日なんだけど」
わたしが言うと、河田は、
「いいから探してみろ。田端で、下平いずみだ!」
そう叫んだ。完全に叫び声になっていた。
尋常ではない電話の向こうの河田の様子と、下平いずみ、という思いもしなかった名前に、猛烈に嫌な予感がした。
「あった……」
わたしはつぶやいた。

『自宅で女性を殺害 無職の男を逮捕 東京』
五日ほど前から自宅に女性を監禁し、昨日午後四時ごろ殺害したとして、警視庁は十二日、無職の山口達治容疑者(三六)=北区田端〇=を殺人の容疑で逮捕した。殺害された女性は、会社員の下平いずみさん(二四)で、刃渡り十八センチの包丁で、喉を切られるなどして殺害された。下平さんの叫び声を聞いた付近の住民が一一〇番通報して警察が駆けつけたところ、下平さんは心肺停止状態で、搬送された病院で死亡が確認された。山口容疑者は、「自分のパソコンを使い、メールのやり取りをしていたのを見つけて、腹が立ってやった。メールは消去したので、相手が誰なのかはわからない」と自供している。昨日、山口容疑者は一人で外出しており、その間に下平さんは、山口容疑者のパソコンでメールを使い、誰かに助けを求めていたようだった。

河田が口を開いた。
「昨日、住所の場所まで行ってメールしただろ。その返事が、おれたちのことをバカにした内容だったよな。あれ、犯人の山口が書いて送ったものだったんだよ。下平いずみのSOSメール自体が、イタズラだったとおれたちに思わせるために。殺されたのは四時頃って書いてあるから、おれたちが帰った後だよな。ていうことは、おれたちが山口の自宅の近くにいたときは、まだ下平いずみは生きていたってことになる……」
あの流出うんぬんのメールは、犯人が書いて送ってよこしたものだったのだ。わたしたちは現場に到着し、下平いずみにメールを送ったが、犯人はその前に、自宅に帰って来てしまっていたということになる。昨日やり取りしたメールはすべて、わたしが今手にしている携帯電話のなかにまだ残っている。
「………」
わたしはしばらく、何も言うことができなかった。

* * * * *

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ーー3日連続試し読み公開!ーー
★vol.1 『5分後に感動のラスト』収録「ぼくが欲しかったもの。」試し読みはこちら

★vol.2 『5分間で心にしみるストーリー』収録「リング」試し読みはこちら

 

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エブリスタ

「エブリスタ」は、国内最大級の小説投稿サイト。『王様ゲーム』『櫻子さんの足下には死体が埋まっている』など、書籍化に留まらず、コミックやゲーム、実写映画やTVアニメに展開される作品を次々生み出している。

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