「フェミニンな男性を肯定したい」 『母ではなくて、親になる』続々重版御礼!試し読みvol.1

単行本 - エッセイ

「フェミニンな男性を肯定したい」 『母ではなくて、親になる』続々重版御礼!試し読みvol.1

母ではなくて、親になる』(山崎ナオコーラ)続々重版御礼!

とくに読者からの反響が多かった章(本書書き下ろし)を、2週連続でまるごと試し読み公開します。

〜書き下ろし公開vol.1〜

20「フェミニンな男性を肯定したい」

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エッセイや小説等の書籍には、著者プロフィールの欄がある。そこに書くことがないのが、長年の悩みだった。
たとえば、医者と作家の二足の草鞋(わらじ)を履(は)いているとか、民話の採集がライフワークとか、父方の○国で生まれ母方の△国で育ち二つのルーツを持っているとか、難民として□国に来て母国語ではない□語で小説を書いているとか、大学でロシア文学を学んだとか、×文学賞受賞とか、そういうのがあったら良かったのに、と思う。私は、どこからも越境することなく育ち、本が好きで、大学で日本文学を学んで、普通の会社員をやって、作家になって、賞歴はなし。それで、数年前から、「目標は、『誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい』」と書き込んで、自分の仕事をアピールしていた。

だが、最近、私がやりたいのはこれなんじゃないのかな、と感じ始めたのが、「フェミニンな男性を肯定したい」だ。今度からこのフレーズをプロフィール欄に入れよう、と考えている。「フェミニンな男性」だと二元論から脱却できていないから「多様な男性」の方が、そして、「肯定したい」だと上から目線でえらそうだから、「魅力的に書きたい」の方が合っている気もするが、それだとぐっとこないから、とりあえず、このフレーズで行こうと思う。

作家になってから、年上の男性の読者の方や、年上の男性の仕事関係の方で、「やっぱり、女性はすごいですよね」「僕は、女性の方が頭がいいな、と思っているんですよ」といったことをしきりに言う人に何度か出会った(もちろん、すべての男性がそうなわけではない。そういう方が何人かいた、というだけの話だ)。
どうしてそんなことを言うのだろう、と不快に感じつつ聞き流していた。私は、二つの性別のどちらが頭がいいか比べることに意義を見出せないし、決して女性の方がすごいだの頭がいいだのとは思わないので、「そんなことないと思いますけどね」と本当の気持ちを答えるのだが、「いやいや、男はばかですよ。絶対に女性にはかないません」としつこく言われる。そういうことが何度もあったので、なんとなくわかってきた。
「女性(特にフェミニスト)に対して、『男性よりも女性の方がすごい』と伝えるのは良いことだ。僕は男性よりも女性の方がすごいと思っているのだから、『女性差別』をしていない」と考えている人が多いのではないか。
もちろん、誤解だ。そう思う人が多い社会になっているということは、これまで私が作家として社会の中で機能していなかったということだから、反省しなければならない。
この他にも、「小説で性別のことを上手く書けていなかったみたいだな」と感じることは度々ある。
たとえば、私の書く小説は男性主人公の場合が多いのだが、男性一人称の小説でも、「作者は女性について書きたがっている」「主人公ではなく、ヒロインが作者の分身だ」と読まれてしまう。おかしいな、と思い、作者の性別非公表(笑)とプロフィール欄に書いてみたこともあった。それでも、やはり、誤解される。これも私が上手く書けていなかったのだろう。反省して、文章の精度を上げ、小説の構造を変えていく努力をしなければならない。

もうひとつ、伝わりづらいなと感じるのが、夫の収入が低い話だ。エッセイで度々「夫は低収入だ」と書いてきたが、それはそう書かないと、結婚して私が安定したとか、夫の収入で育児をしているとか、誤解されそうで嫌だからだ。私は、「私が稼いでいる」「私が大黒柱だ」と自慢したい。それと、家族で収入差がある場合の高い側の心理を面白く書けたらな、という思いもある。
それなのに、「旦那さん、もっと稼げるようになるといいですね」「そんなことないでしょ? 書店員さんだって、立派な仕事じゃないですか」といった反応がある。いやいや、もっと稼いできて欲しいという気持ちは私には皆無だ。私は、金は自分で稼ぎたいのだ。自分が稼いでいる程度の金で家族を養い、身の丈に合った暮らしをしていきたい(実行が難しいのだが)。あと、書店員が立派な仕事なのは、よくわかっている。収入というのは仕事の立派さに比例しないのだ(みなさんもご存じの通り)。私は、低収入でも立派な仕事をする夫を尊敬しており、ずっとこのままで働いてもらいたいと思っている。変わって欲しくない。
それから、「そうですよね、最近は夫と同等の収入がある妻もいますものね」といった反応があることもある。いや、同等だったらなんの問題もないじゃないですか、と私は思う。しかし、こういうことを言われるということは、男女の収入差の話というものが、男のプライドの問題や女の立場の問題について書かれたものだと、未だに読まれがちなのに違いない。つまり、「男性と対等になりたがっている」と私は誤解されているのだろう。
ちなみに、私の夫は貯金が〇(ゼロ)円で、ファーストフードアルバイトで生活するフリーターくらいの月収だ(私との収入差は、同等とか、ちょっと少ないとかではない)。それを夫は恥じていない。男のプライドの問題で悩んだことは、私も夫も一度もない。
この際だから、はっきり書く。私には、「男性と対等に仕事をしたい」といった気持ちはまったくない。また、「女性が生き易い社会を作りたい」「女性の権利を主張したい」という思いもない。
一番しっくりくるのが、「フェミニンな男性を肯定したい」だ。

先日、夫と赤ん坊と一緒に図書館へ行ったときに、大学で男性学を教えているという人の講演会のチラシを見つけた。社会学者の田中俊之(たなかとしゆき)さんが、男性の育児について話すとのこと。託児ができる、と添えられてあったので、申し込みをして出かけた。赤ん坊を預け、夫と二人で話を聞いた。男性学の話はフェミニズムよりも耳馴染(なじ)みが良かった。

それから、また別の日、図書館へ行ったときに、『フレンチアルプスで起きたこと』という映画が館内で上映されることを知った。また託児ができたので、赤ん坊を預けて、夫と二人で観た。
スウェーデン人の夫婦とその娘と息子が、スキー場へバカンスに行く。ゲレンデにあるレストランで家族四人で食事していた際に、雪崩(なだれ)が起きる。咄嗟(とっさ)に、夫は自分だけ逃げてしまう。その瞬時の判断を後悔して、夫はすぐに家族の側に戻ってくるのだが、そのあと延々と「父親なのに、子どもを守らなかった」と妻から責められ続ける、というストーリーだ。
人間だったら、咄嗟の判断を誤ってしまうことはある。もしも、逃げたのが妻だったら、「マッチョになって、子どもを守るのが普通だろ」とは責められなかったはずだ。男だから、怒られる。平等な社会を、と考える女性が、「『父親イメージ』から外れた男性のことは責めていい」と思ってしまう。今の時代の男性は大変だ、としみじみ思った。

講演会を聞いたり、映画を観たりしたあと、「こういうことだよ」と思った。私がこれまで小説やエッセイで書いてきたのは、いや、上手く書けていなかったのだとしたら、少なくとも書きたいと思ってきたことは、こういうことだ。
男女問わず、おかしな性別イメージで苦しむ人が書きたい。

こうやって、「母ではなくて、親になる」と書いていても、「性別に関する文章を綴(つづ)っているのなら、きっと、男性を責めているんでしょうね」「父親の意識を変えたいと思っているんでしょうね」「僕は母親をすごいと思っていますよ。父親は母親にかなわないですよ」と、またしつこく誤解されそうで怖い。
私は、「母ではなくて、親になる」と書いているのだから、夫に対しては「父ではなくて、親になれよ」と思っている。私は夫に対して露(つゆ)ほども、「マッチョになって、子どもを守って」「育児資金を稼いで」「ときには威厳を見せて、子どもを叱って」なんて思っていない。それぞれが、いい親になれば良い。役割分担をする気はまったくない。
私の夫は、性格も「男らしさ」とは無縁だ。人に優しくて、気質が穏(おだ)やかで滅多(めった)に怒らず、誰とでも仲良くなれて、場の空気を乱さず、肯定語ばかりを使い、優柔不断で、世間知らずで、地図が読めず、感覚で表現して論理的に喋(しゃべ)れず、思考がゆっくりだ。
私は夫と真逆の性格だ。だからと言って、私が父親役をやるわけではないのだが、家族のことを仕切ったり、何かを決断したりといったことは私が行うことが多い。「新聞に載っているこのニュースは、こういう問題が起きて、こういう解決策が提示されているのだ」といった解説も私の方ができる。旅行へ行くときも、ルートを決めたり、予約を入れたり、金を払ったりは私がやっている。赤ん坊が大きくなったときに、威厳を見せたり、きちんと叱ったりするのも、私の方が上手いに違いない。
だから、夫はそういうことは無理に頑張らないで、自分の得意なことをしたらいいと思う。優しさや愛情をたっぷり伝えたらいい。あと、朗読が得意なので、本の読み聞かせをやって欲しい。それから、他の親と仲良くなったり、保護者会に出たり、場を乱さずに自分の意見を発表したりしたらいい(私は人見知りな上、場の空気を凍(こお)らせる発言をよくしてしまい、礼儀やマナーもわかっていないし、メールなどのやり取りを滞(とどこお)らせがちなので、なかなか人と仲良くなれない。ママ友を作る気はない。だから、保護者同士の関係作りや、子どもの友人に関することは、すべて夫に任せたい。役割分担ではないが、お互いに自分が苦手なことを無理に頑張る必要はないと思う)。
あと、夫は高卒だが、頭がいい。そして、夫は「女性の方が頭がいい」なんて絶対に言わない。そこも気に入っている。
冒頭に書いた「女性の方が頭がいいと思っているんですよ」と言ってくる人は、高学歴の方が多くて、「女性には勉強ができる賢さではなくて、思考の柔軟さがある」「女性は感性が豊かだ。男性にはできない発想をする」といった意味で「女性は頭がいい」という表現をしていると思われる節がある。今度、「女性の方がすごい」と誰かから言われたら、スルーせずに、「それこそが、『女性差別』なんですよ」とちゃんと言おう。

ここで、この項の最初の方に書いた、私には「男性と対等に仕事をしたい」「女性が生き易い社会を作りたい」「女性の権利を主張したい」という気持ちがない、という話の補足をしておきたい。
どうしてそういう気持ちがないのか、理由を端的に書くと、「女性が男性よりも下の立場に置かれている」「女性だと仕事がもらえない」「女性に権利がない」と感じた経験を私はあまり持っていないからだと思う。
私より上の世代のフェミニストの方々が頑張ってくれたおかげで、私は学校で平等教育を受けている。「どうして女性と男性の二つに分けるのだろう」「女性という理由で『これをやれ』と言われるのはおかしいな」「個人ではなく、女性としか見てもらえないな」といった疑問を覚えることは度々あったが、女性の地位が低いとは決して感じなかった。
作家デビュー後は、ただの「作家」になったつもりだったのに、いちいち「女性作家」と紹介されることに抵抗を覚えたが、それは「女性作家」の地位が低いからではない。現代では、むしろ、男性の作家よりも、女性の作家は重く扱われがちだ。これも、上の世代の作家が仕事を頑張った恩恵をこうむっているのだろう。また、女性に対して変なことを言ってはいけないという空気が社会に満ちていて、男性が言い返してこないので、男性よりも女性の意見の方が世間に通り易いと感じる。女性の作家の立場が悪いとは決して感じない。では、なぜ「女性作家」と言われることを私が嫌っているのかと言うと、私には「性別でカテゴライズされずに社会参加をしたい」という信念があるからだ。私は、ただの人間として職業に就(つ)いている。権利や立場が欲しいのではない。女性として振る舞った方が地位が上がるとしても、断りたい。地位が下がっても構わないので女性から離れたい。女性として仕事をする気が毛頭ないのだ。「女性作家」という言葉には、「作家」とは別の職業イメージが付いている。私はそれを嫌悪している。
それから、私は「みんなが生き易い社会になればいいな」という思いを持っているが、「女性が」と殊更(ことさら)に言いたくない。「女性が生き易い社会を作りたい」といったフレーズを聞くと、耳を塞(ふさ)ぎたくなる。もしも、「男性が生き易い社会を作りたい」というフレーズが街中の看板にあったら、どうだろうか? ぎょっとするのではないか? たとえ、その真意に「男性だけでなく、女性も、誰もが」という意味も含まれているとしても、そのフレーズは、最初は人をぎょっとさせるし、上手い文ではない。ほんの少しずらした言い方をするだけで、みんなが気持ち良く聞ける。
私は、男性学というか、フェミニズムのその先というか、もうちょっと先のことを考えていきたい。

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読者から共感の声! その一部をご紹介します。

「私の夫は「本当は働かずに、ずっと子供といたい」という人です。そうゆう男性は世の中にいないと決めつけられているみたいです。山崎さんの本を読んで、我が家も母ではなく、父ではなく、二人の親として子育てしていこうと思いました。」(37歳・女性)

「泣いてしまいました。こんな風に考えてくれている人がいるんだと思うと、とっても嬉しく心強く思いました。」(44歳・女性)

「今まで心の中でもやもやと思っていたことを明確に言葉にしてくれて、うれしかったです。」(59歳・女性)

「一人でツライと思っていましたが、ふっと肩の荷が軽くなり、とても楽しい毎日を過ごせるようになりました。」(33歳・女性)

「こんなにフラットに自身の思考と行動を表現していて羨ましいです。」(37歳・男性)

「働くことや育児のことをモンモンと考えていた私に差した光でした。この本と出会えて本当によかったです。」(28歳・女性)

 

読者カード本当にたくさんのご感想、ありがとうございます!

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本書冒頭部分の試し読みも公開中です。

試し読み  第1回 人に会うとはどういうことか

試し読み  第2回 同じ経験をしていない人とも喋りたい

試し読み  第3回 お産ではなく手術ということで

試し読み  第4回 点数なんて失礼じゃないか

試し読み  第5回 新生児

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著者

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山崎ナオコーラ

1978年福岡県生まれ。2004年『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞しデビュー。他の著書に『浮世でランチ』『カツラ美容室別室』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』『ネンレイズム 開かれた食器棚』など。

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