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やさしくしてください『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介

『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介(文藝春秋)『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介(文藝春秋)

『スクラップ・アンド・ビルド』

羽田圭介著

【評者】栗原康

 

最近、セックスのことばかり考えている。しているわけじゃない。正直、三年くらいご無沙汰だ、ざんねん。いまたまたま、恋愛についての文章を書いていて、それで関心をもっているのである。抱けども抱けども、決してひとつにはならないふたり。実感するのは、まったくの別人であるということだけだ。でも、だからこそ互いにやさしさをもちより、自分ひとりでは思いもしなかったような快楽をあじわうことができる。セックスとは、やさしさの肉体的表現であり、なにものにも代えることのできない、かけがえのない自分を感じとる行為だ。だが、いまのセックスは結婚にとりこまれている。本当はそんなことできやしないのに、男女はセックスで一体化し、家庭というひとつの集団に同化するものだと考えられている。愛情が、「夫/妻」という交換可能な役割に還元されるのだ。あたかも、それをこなすことが愛情表現であり、快楽であるかのようにみなされて。しかも恐ろしいのは、この感覚、社会の基盤になっているということだ。会社にしても学校にしても、みんなひとつの集団に同化できるという前提からはじまっているのだから。
本書のおもしろさは、そんな社会にたいして、正面きってケンカを売っていることだ。主人公の健斗は、二〇代後半。会社を辞めて無職。再就職がうまくいかず、実家でじいちゃんの面倒をみながら生活をしている。かの女はいるが結婚を望んでいて、健斗が無職であることにムカついている。ようするに、健斗はちょっとした社会の落ちこぼれだ。むろん最初はそうはみられたくなくて、自分は社会の末端にいると思いながらも、社会復帰のためにがんばっていたりする。そして体力の回復を望まず、社会復帰しようともしないじいちゃんにたいして、軽蔑の目をむけるのだ。
でも途中から、健斗はじいちゃんとマジでむかいあい、そしておなじ土俵にたちはじめる。そもそも、じいちゃんに社会復帰の必要はない。だから動かない。あれ、オレは……? 健斗は、ひたすら体を動かした。筋トレとオナニーだ。ただ純粋に自分の体が改造され、成長していくことによろこびを覚える。射精は一日三回。やっていることはオナニーだが、求めているのはセックスだ。結婚とか、社会的な何かのためじゃなく、自分で自分の生を謳歌しているのだから。かけがえのない自分。それがわかるからこそ、おなじくかけがえのない相手にたいしてやさしくしようと思う。社会復帰なんて関係ない、ただセックスがしたい。最後、ものがたりは健斗の再就職で終わるのだが、そんなことはどうでもいい。いちど壊れて再生する。大切なのは、文字どおりの意味で肉体改造だ。
さてその後、かの女とはどうなったのか。憶測でしかないが、きっと鬼のような言葉を浴びせかけられ、別れたにちがいない。結婚はいやだ、セックスがしたいといっているのだから。なんていえばいいのだろう。スクラップ・アンド・ビルド。ごめんね、ありがとう、すみません。やさしくしてください。

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著者

羽田圭介

1985年生まれ。2003年、17歳の時、『黒冷水』で文藝賞を受賞し、ベストセラーになる。『走ル』が芥川賞候補に。著書に『御不浄バトル』『ワタクシハ』『スクラップ・アンド・ビルド』 他がある。

栗原康

政治学。79年生。著書『現代暴力論』

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