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「リアル」を追求する姿に撃たれる。漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』

『ヒップホップ・ドリーム』 漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』
漢 a.k.a. GAMI著

『ヒップホップ・ドリーム』

漢 a.k.a. GAMI著

【評者】陣野俊史

少し個人的なことを。十二年前、DEV LARGE(BUDDA BRAND)に呼び出されたことがある。私の本で引用したリリックに致命的な誤りがあり、それを謝罪せよ、ということだった。全面的に私が悪かったので、新宿の、いまはなくなった喫茶店で九十分間、謝罪しつづけた。憤りが収まったDEV LARGEは、帰りしな、「でもリリックの秘密の分析に関しては、いい仕事してる」と、少し褒めてくれた。ラッパーにとって、リリックはそれほど重要な意味を持つ。

以後、私は日本語ラップについて語ることはなくなった。彼らの真剣な言葉に向き合うにはもっと重大な覚悟が必要だからだ。昔に比べて日本語ラップを語る批評は格段に進化しているし、信頼に足る書き手が増えたこともある。私などの出番はない。だから本書の書評を受けるかどうか悩んだ。引き受けたのは、リリックの分析がメインではなく、MC漢というラッパーの言葉がどこから生まれているのか、興味があったからだ(最初に聴いたのは『宿ノ斜塔』)。

だから、一読して面白かったところは、ラッパーが自らの言葉について語っている箇所。勿論、「新宿ストリート育ち」を地で行く二十歳までの「ストリート・ライフ」や「ストリート・ビジネス」のヤバい素顔に興味を持つ人はいるだろう。音源のリリースに絡まるドス黒い金の流れをリアルに感じる読者もいるかもしれない。本書にはスキャンダラスな要素も存分にちりばめられている。

しかし、それらだけなら他に本は幾らでもある。この自伝的書物が滅法面白いのは、おそらくラッパーにとっては生命線とも思えるリリックの作り方を、惜しげなく明かしているからだ。「できるだけ会話に近い言葉でラップすること」と「自分の身の回りのことや生活についてラップすること」を「自分なりのラップのルール」として決めたラッパーは、何よりもリアルであることを重視する。

リアルであること。これが言葉通りの凄味を発揮するのは、二〇〇一年のB-BOY PARKでのMCバトルのとき。MC漢のグループ、MS CRU(現MSC)のPRIMALが様々ないきさつのあった相手のラッパーに「今度お前を見かけたら刺すからな!」とラップしてしまう。著者はこう書いている。「ラップは『リアル』でなければならない、というヒップホップ・ルールを当時の俺らはとことん突き詰めていた。ノリで事実と違うことをラップするのはご法度だったし、『それは比喩表現ですから』とかいう言い訳は通用しない。(中略)言葉はそれほど大切なものだったし、怖いものでもあった」。言葉はこのあと、本当に襲撃事件を引き起こした……。

「何か」とか「まるで~のように」とか「~と言ったが、そうじゃなくて」とか、著者が自らに課している禁忌は、リアルから遠いフレーズだ。遮二無二「リアル」を追求する姿に撃たれる。そして、末筆ながら一言。R.I.P.DEV LARGE。

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著者

漢 a.k.a. GAMI著

1978年生まれ。ラッパー。ヒップホップレーベル〈鎖グループ〉代表。新宿を拠点に活動するラップグループMSCのリーダー。

【評者】陣野俊史

1961年生まれ。フランス文学専攻。著書に『じゃがたら 』『ヒップホップ・ジャパン』『渋さ知らズ』『フットボール都市論―スタジアムの文化闘争 』、訳書『フーリガンの社会学』など。

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