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詩と小説の読者を裏切らない小説『少女ABCDEFGHIJKLMN』

『少女ABCDEFGHIJKLMN』

最果タヒ

 

【評者】金原瑞人

詩と小説の読者を裏切らない小説

 

好きな詩人や歌人が小説を書いたり、エッセイを出すと、もちろん、好きな詩人や歌人の作品だから読む。どれも決まって面白い。しかし、そのぶん、詩や短歌を作ってほしいと思ってしまう。詩や短歌と小説とでは、質量が絶対的に違う。エッセイや小説はほかのエッセイストや作家にまかせて、詩や短歌を書いてほしいと思うのだ。
ところが、この人の場合はちがう。詩と小説の質量がほとんど変わらないのだ。凝縮度や飛躍度が多少違いはするものの、切っ先を向けて迫ってくる緊迫感にはほとんど差がない。その切っ先が、真剣のときもあれば、竹刀のときもあれば、プラスチックのときもある……けど、どの切っ先も鋭い。
この小説も見事なほどに詩なのだ。
「『あ、口紅って持ってる? 非公式のがいいな。ロックかかってないから』」「私は透明の口紅を握りしめた。キュっという音が、指先で鳴る」「だから保富くんを殺したい、殺して保富くんを身ごもりたい、産みたい、育った保富くんに恨まれて、悩みながらそれでもやっぱり殺されるってのもいいな、さらには保富くんの子供になって私が生まれる」「胃がちぎれたみたいに痛んで、私はしゃがみこみ、その姿勢がすとんと、体に落ち着いた。」「『愛なんて、一方的でも成立するよ? わざわざ殺す意味ってなに? そこで埋めるものって欲望でしょう?』」「毎日、教会の鐘は一日に三度鳴っていた。ぼくは時計を持っていないから、そのたびに卵を割り、毎日三個の卵を消費している」「今日はすこしだけ、変わったできごとが、校舎の床に落ちていた。生徒がひとり死んでいたのだ」
この作品を一読したとき、書評すべてを引用で埋めたいと思った。それほどに、予断も油断も許さない、緊迫した言葉と言葉の、ねじれているけれど、ため息がもれそうなほどにきわどい文章にあふれている。
詩としてほめるのに夢中になって、小説としてほめる余裕がなくなってしまった。ごく簡単に内容をまとめておくと、

・顔が見えなくなってもう十年はたつ姉のキスマークをリセットする話
・殺した相手を身ごもるという都市伝説をめぐる女子校での話
・空の果てが花畑という、閉ざされた天体での再会と別れの話
・自分のアンドロイドを作っている女の子と、わからない液体とわからない液体をまぜて、わからない液体を作っている女の子と、自殺を目撃した女の子の愛と愛の不在の話

小説の好きな人や、SFの好きな人が読めば、詩情の横溢する、ちょっとペダンティックで、かなりとんがった短編集として楽しいと思う。
この作品を読み終えて、ふと思った。ランダムにめくって、つまみ読みをしてみよう。コルタサルの『石蹴り遊び』より、ずっとエキサイティングな読み方ができる。

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著者

最果タヒ

1986年生まれ。詩人・小説家。2006年、現代詩手帖賞を受賞。07年、詩集『グッドモーニング』で中原中也賞を受賞。著書に『死んでしまう系のぼくらに』(詩集)、『星か獣になる季節』(小説)他多数。

【評者】金原瑞人

翻訳家。54年生。訳書『メディチ家の紋章』

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