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壮大な宇宙の中で、自分の心と向き合う 宇宙飛行士・山崎直子さんに聞く『ファースト・マン』の魅力 - 2ページ目

 

 

■宇宙飛行士の共通点とアームストロングの特異性

――月面着陸時にあと15秒で燃料切れというところでも焦らなかったり、訓練中に事故があって脱出したあと1時間後にはオフィスで何事もなかったかのように書類を読んでいたとか、ニール・アームストロングには並外れた落ち着きぶりを示すエピソードがたくさんありますよね。あれは宇宙飛行士の資質としては珍しくないものなんでしょうか?

宇宙飛行士の訓練の9割方は、さまざまな状況に対応するための非常時の備えです。たとえば「突然停電したら?」といったときにどう判断するのか、どんな危機であっても自分が責任を取るという姿勢、そういったものを鍛えていきます。ですから、そこはもともと持っていた素質の部分もあるでしょうし、訓練のおかげもあると思います。
「宇宙飛行士」と一口に言っても、アームストロング船長と、船長とともに月へ行ったバズ・オルドリンさんでは、性格は違います。宇宙飛行士には陽気な方もいれば、物静かな方もいる。所属にしても、今では軍人だけでなく民間人もいる。性別も年齢も国籍も宗教も違う。
それを超えて共通点があるとすれば、その違いを認めてチームとして働くこと――「協調性」とひとことで言えるのかもしれない、チームを重んじる姿勢ですね。
それから、忍耐強さ。訓練からして非常に長丁場ですし、訓練にしても宇宙での作業にしてもハプニングもあれば、事故もあります。そこに対する適性に関しては共通していると思います。
私自身の経験から言っても、訓練でとにかく場数を踏んでいけば、何か起こっても動じなくなっていくものだな、と。

 

――山崎さんはアームストロングさんに会われたことは……?

直接お話したことはないんです。ただ、私が2010年に宇宙に行った時には、スペースシャトルの打ち上げに見に来てきてくれました。船長が乗ったアポロ11号が打ち上がったのと同じ射場で、夜明け直前に打ち上がり、だんだんと空が明るくなって雲が輝いて……という景色をご覧になって「今まで見た打ち上げのなかで、もっとも美しかった」とおっしゃっていたそうです。
われわれの世代の宇宙飛行士ですと、会ったことのある人は少ないんですね。2006年に宇宙に行かれた野口聡一さんは会う機会があり、「厳密で怖そうな人かと思っていたら、あたたかい方だった」とうかがっています。
バズ・オルドリンさんは何度が来日されていましたけれども、アームストロング船長は宇宙関係者であってもなかなか会えない、その分「伝説の人」というイメージでした。

――謎めいた「伝説の人」の知られざる人生を掘り下げた『ファースト・マン』を通じて、ニール・アームストロングが特異なところはどんなだと感じましたか?

「アームストロングさんだから」という属人的な要因が強いのか、「冷戦下の宇宙開発の熾烈な競争のまっただ中で、アメリカは後追いというプレッシャーがかかっていたから」という状況要因が大きいのかはわからないですが、あれだけ危険なミッションに対しての愚直なまでの向き合い方は人一倍強かったのかな、と思います。
アポロ11号の打ち上げ前の記者会見で「月に行って何をやりたいですか?」といった質問が矢継ぎ早に投げかけられても素っ気なく「ミッションを成功させることです」などと短く答えていましたが、本当にそれ以外のことはあまり考えないようにしていたんじゃないでしょうか。

 

――外野がいくら騒ごうが、ひとつのことに集中できる力が突出していた。

と思います。
それから映画では、お嬢さんを亡くされてから日の浅いうちに宇宙飛行士の試験を受けた際に、面接で意地悪な質問が来ますよね。「娘が亡くなったことが影響すると思うか?」と。それに対して淡々と「影響しないと考える方が難しい」と答えます。試験に受かりたいという思いから「影響しません」と偽ったり、センシティブな部分を刺激されたからといってイライラしたそぶりを見せたりしない。ああいうときにマイペースに、正直に言える人はなかなかいないのではないでしょうかい。
あのやりとりは「宇宙飛行士といえどひとりの人間」であり、本人も周囲のスタッフも「ひとりの人間だとわかった上で共に宇宙を目指すのだ」という、この作品の象徴的な場面だと感じました。

 

次は:■メディアが作り出す華々しい宇宙飛行士像と、本人たちの意識とのギャップ

 

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