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★まるごと1話試し読み★「5分シリーズ」第2弾発売記念!3日連続試し読み公開vol.2『5分間で心にしみるストーリー』収録「リング」
エブリスタ
2017.07.25
いよいよ「5分シリーズ」第2弾が発売!
エブリスタと河出書房新社が贈る短編小説シリーズ(特設サイトはこちら)。
投稿作品累計200万作品、コンテスト応募総数25000作品以上から厳選された短編は、すぐ読める短さなのに、衝撃的に面白いものばかりです。
第2弾発売を記念して、3日連続で試し読みを公開します!
あなたも5分で衝撃を受けてください。
『5分間で心にしみるストーリー』(5分シリーズ)より、まるごと1話試し読み!
突然、宇宙船が空を埋め尽くした。決断の時が迫るなか、ある夫婦が幼い2人の我が子のために取った行動とは…。
* * * * *
「リング」 ノリアキラ
リングは、嵌(は)めない。
私たち家族がそう決めたのは、やはり、政府のニュースを信じ切れなかったからだ。
空を宇宙船が埋め尽くしたその日。私たちにはまったく何の予備知識も与えられてはいなかった。
おりしも、中秋の名月目前で、少し早いけれど、お月見団子を用意して、のんびりしていた時だった。
本当に、突然。
一つ、また一つと空に白い光の玉が顕(あらわ)れて。
まるで、夜なのに昼間に戻ったかのように煌々(こうこう)と街が明るく照らし出された。
茫然(ぼうぜん)として、私は長女の静(しずか)と長男の薫(かおる)と手をつなぎ、ベランダに出て空を見上げていた。
政府からの一斉放送が入ったのは、ほぼ同時だ。
後で知ったのだけれど、日本だけでなく、これは全世界共通だったそう。
……つまり政府はこのエックスデーをすでに知り、私たちにここまでその重大事を秘しておきながら、この日のために綿密に準備していたのだ。
宇宙船の目的は、『収穫』だった。
その時放送された、政府の話はこうだ。
遠い昔。彼らは生命の種を、この星に植えた。
別の星で様々な進化を経て多様な生物を増やし、自らの棲(す)む星に新たな変革を生むため。
彼らはずっとそのようなことを行っていた。
そうしなければ、同じ種だけでは、生命というものは常に退化し、やがて失われるものであるからだと、彼らは言う。
そして今、彼らの星はその予定の危機を迎えようとしており。そのために、私たちを新たな生命として「収穫」に来たのだと。
俄(にわ)かには信じがたい話だ。けれど、そこから後の告知の方が、実ははるかにもっととんでもなかった。
彼らは私たちおおよそ七十三億の地球人の中から、有志の二十億を募るという。
自分たちの星の、新たな命として。その立候補者には、選択の印として特別なリングを配る。そして、ちょうど一週間後に、この地球を、彼らとともに旅だつことになると。
そこまで聞いただけなら、誰が立候補するものかと思っただろう。しかし、彼らはその後、こう続けた。
そして、残りの五十三億は、すべて消去されることになると。
……あまりにも淡々とした話だったので、最初、私たちはそれが何を意味するのか判らず、しばしポカンとしたほどだ。
しかし、徐々にその意味が身に伝わってきて、頭の中で理解できて来るにつれ、
一気に血の気を失った。
彼らの話は、どこまでも合理的で理路整然としている。
同じ命は、もう必要ない。この星は命をはぐくむのに適した土壌である。太陽からの配置が絶妙だ。
収穫を終えた畑を更地(さらち)に戻すように。
……彼らは、次の生命の枯渇(こかつ)の時の準備として、この星をもう一度、創世の状態にまで戻し、まったく別の命をはぐくむ土壌として利用したいのだと。
即座に私たちは恐慌を来(きた)した。
けれど政府はもう十分な準備を終えていた。すべてのマスコミは国の統制下に置かれ、戒厳令(かいげんれい)が敷かれた。
選択は自由であるというアナウンスが、再三、流れた。
二十億という数字を出してはいるが、もしこれを超える希望があった場合も、十分、対応する用意がある、と政府は発表した。
しかし、リングをつけ、彼らとともに行く時。
私たちは、人間でありながら、一つ、人間を超えたモノになるとも告げていた。
……それがどんなものなのかは、公表されなかった。
夫の一志(かずし)は政府発表におおむね懐疑的(かいぎてき)だった。圧倒的な数の宇宙船がいつまでも空中に停泊しているのを見上げながら、それでも私たちはまだ本当に信じられなかったのだ。
そんな二択を迫られ、一方を選ばなければ即それが自分たちの死につながるなどということが、本当にあり得る、とは。
マスコミは完全に封じられていたけれど、ネットやSNS環境は野放しだった。なので、一志はパソコン前にかじりつくようにしながら、あちらこちらと接触して、家族のために情報収集をした。
翌日の朝から、自衛隊員の家庭訪問が始まっていた。
彼らは一軒一軒、訪れて、私たちの意思確認をするとともに、この一週間のための食料の手配などもしていった。
会社も学校もどんな店も、もう翌日の朝はどこも開くことがなかったからだ。
ただ、電気やガスや水道のライフラインの確保だけはされていたから、その部分も政府は手ぬかりなく進めていたのだろう。
一志が最初に出した結論は保留だった。
自衛隊の人は、まだ時間があるから今すぐ決める必要はないと、丁寧に説明してくれた。
驚いたことに、この一週間の過ごし方を書いたパンフレットまで携えていた。
気持ちが決まったら、特設電話にコールするのでも、ネットで連絡してくるのでも良いと、それを示しながら、家の中で不思議そうな顔をしている子どもたちに細く笑った。
「あんな小さな子どもさんが二人もおいでなんだから。
お父さんもお母さんも、どうかじっくり考えて下さい。
政府はあなた方の結論を強制的に変更させることはいたしませんので」
……強制しないかわりに、空を覆う宇宙船からは守ってくれることもしないわけだ。
私は思わずそんなことを言いかけたが、不安そうな静の表情に、グッと口をつぐんだ。
きっとこの公団だけでも、私と同じ気持ちで絶叫したくなっている母親が無数にいるはずだ。
ネットでの意見はほぼ、政府発表を疑ってかかっていた。
宇宙船がいるのは間違いない事実だ。
そして、彼らが望むものを得なければ帰らない。
それもまた、本当のことに違いない。
……では何を疑うのか。
これは、政府の大きなペテンだというのだ。
宇宙船の目的は、相当数の人間を連れ帰ることだ。そして、それはたとえば公募したところで、決して立候補など考えない。それは当たり前だろう。
私だって絶対に立候補なんかしない。
たとえば一億円がもらえるとしても。
そのお金を持って宇宙に連れて行かれたら、何にもならない。
もしかしたら、そのお金を家族のために遺したいという奇特(きとく)な人が立候補するかもしれない。
でも、それだって彼らの望む二十億なんて数には決して至らないはずだし、第一その数の人間に一億円ずつ払っていったら、あっという間に国庫が底をつく。
……だから政府は考えたのだと、ネット内では、まことしやかに噂が巡る。
宇宙人と一緒に行けば助かるけれど、行かなければ助からないとデマを流せばいい。
自分が助かりたいと思う者は立候補する。二十億には足らないかもしれないけれど、「宇宙人に連れ去られたい人!」と言って公募をかけるよりもはるかに大勢集まるに違いない。
……彼らが連れ去られてから。
残った者たちにはこう言えば良いのだ。
政府の必死の交渉により、全地球市民の虐殺(ぎゃくさつ)は免(まぬが)れ得た。
私たちは残った地球を守って行こう、と。
最終の意思決定は、宇宙船がやってきてから五日後に設定された。
私の公団ではたくさんの人がネットの意見の方を支持して、残っていたから、心細さは緩和された。
これを機に、これまであまり話をしたことがなかったご近所の人ともたくさん話して、なんとなく温かな気持ちにさえなったほどだ。
私たちの街には大きな公園があるが、その公園を中心にして自衛隊のキャンプが張られた。
この時点でリングを嵌めることを決め、それを受け取った人は、順次この野営地に移って生活を始めている。
静の幼稚園のお友達だった家族も、何組かがこの野営地に移ったそうだ。
……そういう選択もある、と、思う。
何を信じて、何を信じないか。
私たちに与えられた情報は、あまりにも少なくて、しかも、不安定だ。
私も一志も、私たちと違う選択を責めたり、怒ったりするような言葉を出したりはしなかった。
けれど、周りの風潮は、徐々にそんな風に変わっていた。
公団の空気も日を追うごとに緊迫と熱気に包まれた。
最終、五日の意思決定の日を越えた夜なんて。
古くから街で営業している近くのスーパーの社長さんが、「これからもずっとお世話になるお得意様方に」と書かれたチラシと一緒に、倉庫から出したビールやチューハイを公団の管理事務所にドンと差し入れしてくれて。
集会所で配布があって、思いがけないお祭り騒ぎになったくらい。
……でも、どの目にも間違いなく不安があった。
もちろん、政府発表を信じないという選択をした私にも一志にも、それはあった。その不安を忘れるために、その日は夜通しの大騒ぎに私たちも参加した。
公団に残っていた子どもたちは、良く訳が判らない様子だったけれど、夜更かしに大喜びで走り回っていた。
いよいよ明日にはすべての真実が判るという六日目の朝。
自衛隊の人たちが、広報車でこんなことを言って回っていた。
もうリングを受け取っているのに野営地に来ていない人たちが居るのだそうだ。
そういう人たちは、最終明日のぎりぎりの時間まで待つので、気兼ねなく野営地に来るように、とのことだった。
でも、そういう野営地は、これまではただのキャンプ場のようなさまだったのに、急に白い塀(へい)が張り巡らされ、銃を持った自衛隊の隊員さんが、一メートルごとに配置されているような姿に様変わりしていた。
……あれは中に入った人を外に逃がさないためなのか、外の人間が、土壇場(どたんば)で中に逃げてこようとするのを止めるためなのか、どちらなのだろう?
それを考えるにつけても、複雑な気持ちになった。
……本当にこの選択で良かったのか。
私たちはともかく、まだ小さい、静や、薫は?
そのことを考え出すと、回答が判らなくなって、頭が変になりそうな気がした。たぶん、一志も同じ気持ちなのだろう。
時々意味もなく静や薫をギュッと抱きしめては、頭をこすりつけたりして、笑われたり、嫌がられたりしていた。
たとえこの選択のもたらす結果がなんであっても。
……最後の時まで、家族四人一緒に。
そんなことを思っていた……その日の晩だ。
その選択すら揺るがされるような訪問者が、私たちの下を訪れた。
隣の家の老夫婦だ。
そんなに行き来のあった人たちではない。
こんなことになって、もちろん喋(しゃべ)る回数は増えたけれど。
でも、それも表で偶然会った時などに話を交わすという程度で、互いの家の間を行き来するなんて関係では全然なかった。
仲の良いご夫婦で。
週末にはよく二人でスーパーで買い物をしている姿を見かけた。
ご夫婦は訪問に少し怪訝(けげん)顔の私たちを前に、静かな風にお互いで目を交わしてから、こう言われた。
「瀬田(せた)さん。……静ちゃんと薫くんに、これを」
お二人がソッと私たちに差し出したもの。
それは、銀色の金属でできたふたつの腕輪。
……『リング』だった。
*****
私と一志はその晩、互いに泣き出すくらい言い争った。
一志はつける必要はないと言い。
私はつけさせてやりたいと頼んだ。
静や薫まで不安がって半べそをかきだしたくらいだ。
夫はリングを取り上げて、自分のポケットに入れ、私たちに寝るようにと叫んだ。
この六日間、カーテンを閉めても空に停泊し続ける宇宙船のせいで、夜は煌々と明るいままだ。
私たちは襖(ふすま)を閉め切って部屋を暗くして寝ていたけれど。
それが出来ない家に住んでいる人は布団を頭まで被りでもしなければとても寝られたものじゃない。
私はいつもどおり布団を敷き、静と薫を抱きしめて寝た。
涙が止まらず困った。
一志はずっとダイニングで、お酒を飲んでいたようだ。
時々襖の向こうから嗚咽(おえつ)が聞こえていた。
私たちが護りたい静と薫の方が。
案じて、ギュッと、元気づけるように私の手や背を掴んだまま眠ってしまった。
小さな手を見るのが、辛かった。
……そしてとうとうその日の朝が来た。
私たちは泣きはらした目のまま、何かに導かれるように目覚め、そして、いつもどおり顔を洗い、歯を磨き、服を着替え、朝食を食べた。
私は洗濯機を廻した。
今日干しても、明日は地球上に、生物はいなくなっているかもしれないのに。
時間が迫っていた。
こころなしか、停泊し続けていた宇宙船にも微妙な動きが始まった気がする。
徐々に……こちらに更に近づいてきているような。
見上げるだに不安が募った。
と、一志が急に、薫を抱き上げて言った。
「……行こう」
何の説明もいらなかった。
私は一志の言葉を理解した。
頷いてすぐ静を呼ぶと、靴を履き、彼女を抱き上げた。
向かう場所は野営地だ。
急がないと。
けれど野営地近くは大変なことになっていた。
大勢の人間が集まって、白い塀を取り囲んでいる。
自衛隊の人たちは銃口をこちらの方へこそ構えていないけれど、誰かが一歩動いたら、いつでもそれをこちらに向けると言わんばかりだ。
私も一志も青ざめた。
一志はポケットからリングを取り出した。
そしてその人垣に入る前に、まず、私が抱いた静の腕に、それを嵌めた。
ただの銀の輪にしか見えなかったリングは、不思議なことにシュッと小さな音をたてて、細い静の腕にぴたりと合うサイズになった。
「きれい」
静が嬉し気にそれを空に掲げてみようとするのを、私は慌てて止める。ここにいる人たちに、リングがあることを見られるのはとてつもなく危ないことのように思えた。
一志は続けて薫の腕にもそれをつけた。
そして、私を先導するように、とても強引な足取りで人垣を分け、ずんずんと野営地に向けて歩き出した。
私もその後を、静を抱いて追う。
やっと人垣を三分の二ほど抜けたと思ったところで、誰かが呟くのが聞こえた。
……『リングよ』と。
「あの子、『リング』をつけてる!」
私たちは一気に青ざめ、子どもたちを抱いて、人垣を走るように抜けた。
誰かが私のシャツの腕を摑んだ。
「……この子も連れて行って!」
私は思いきり首を横に振って、これまでそんな力を使ったことがないというくらいの力で、腕を前に引き戻す。
音をたててシャツが破れたけれど、解放された。
もうちょっと先に野営地が見える。
それなのに、でもその騒ぎで、一斉にまわりがこちらを向いた。
私を振り返って一志が叫んだ。
「静ッ、おいで!」
そして、腕から薫を下ろして、野営地を指さして叫ぶ。
「薫ッ、お姉ちゃんと一緒に走れ!」
薫は一瞬私たちを見て、目を丸くした。
けれど私が下ろして自分の方へ走ってくる静を見ると、きゅっと唇を結んで、静と手をつないで走り出した。
足元をすり抜けていく子どもたちには目もくれず、たくさんの人たちが一志を取り囲む。
一志が自分の手首を反対の手で覆って、それをお腹に隠して叫んだからだ。
「これはオレの『リング』だ!誰にも渡さん!」
私は子どもたちを追って走った。
子どもたちがこちらを振り向いて足を止めそうになるたびに叫んだ。
「走って! そのまま向こうへ走って!」
塀を護る自衛隊の人たちが子どもたちと、その手に光るリングに気が付いて、銃を下ろし、手を伸べて走り寄ってくれるのが見える。
……生きて。
小さな二つの背中を見送って。
私はその場に膝をついた。
……お願い、どうか。
どうか。
この選択が、間違いではありませんように。
私が首(こうべ)を垂れた瞬間、空を覆っていた宇宙船が、一斉に降りてきて、まばゆいほどの光を放ち始める。
……これがすべての始まりだった。
* * * * *
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シリーズ詳細はこちらから。
ーー3日連続試し読み公開!ーー
★vol.1 『5分後に感動のラスト』収録「ぼくが欲しかったもの。」試し読みはこちら
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