単行本 - ノンフィクション

社会に存在しないことになっている私たちのための実用書――キャロライン・クリアド゠ペレス著『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』

 

『存在しない女たち 男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』
キャロライン・クリアド=ペレス 著 神崎朗子 訳
四六判/本体2,700円(税別)/424ページ

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309249834/

好評発売中

社会に存在しないことになっている私たちのための実用書

評・北村紗衣

 

 私たち女性というのは、どうもこの社会にはいないことになっているらしい……というのは、以前から私は気付いていたことだ。世の中は小柄な女がいることを想定せずに設計されているので、鉄道のつり革をつかんでいると手が痛くなるし、自宅の物干しは手が届かないくらい高いところにある。私は研究者なのだが、勤め先の大学の授業時間は子育て中の親、とくに母親が子供を育てながら働けるようなスケジュールにはなっておらず、この状況は文部科学省のせいでどんどん悪化している。女性の研究者がすぐ見つかりそうな分野でも、学会イベントのパネリストや共同執筆の教科書・学術書の著者は全員男性で、誰もそれを問題視しない。私がふだん記事執筆活動をしている日本語版ウィキペディアでは女性のファッションに関する記事が壊滅的で、重要文化財に指定されている小袖の記事がひとつもない。

 そして、問題はこういうふうにいくら女性がいないことにされている証拠を出して改善を訴えても、全くこの不平等な状況を認めない人たちがたくさんいるということだ。こういうことをいくら筋道立てて指摘しても、気のせいだとか、指摘するほうの女性が非論理的で細かいことばかり考えているからだとか、イベントや共同プロジェクトに呼べるくらい優秀な女性がたまたまいないだけだとか、そもそも女性の着るものなど重要ではないのだとか、ありとあらゆる屁理屈を動員して性差別を否定しようとする人たちが次から次へと湧いてくる。私たちは普段、存在しないことにされているのだが、それを指摘すると今度は「性差なんて関係ない」と一見、物わかりの良さそうなことを言って、再び私たちを見えない状態に追い込もうとしてくる。「性差なんて関係ない」はとても危険な言葉だ。女性がいないことにされている状況を隠蔽してしまう。

 キャロライン・クリアド゠ペレスの『存在しない女たち――男性優位の世界にひそむ見せかけのファクトを暴く』は、こういう時に屁理屈をぶつけてくる人たちに対抗するための本だ。女性が社会的にいないことにされており、そして人々がそもそも女性がしばしば無視されているという事実にすら気付いていないことを、大量の統計や研究を使って論証していく。屁理屈をもって性差別の存在を否認しようとする人たちは、とにかくエビデンスとか統計が大好きだ。きっと気に入ってもらえるに違いない(もちろん、皮肉だ)。

 この本は第一部が日常生活、第二部が職場、第三部がデザイン、第四部が医療、第五部が市民生活、第六部が災害を扱っており、それぞれの分野でどれほど女性が無視されているかを分析している。これはつまり社会設計において人類の半分くらいが考慮されていないということであり、当然、世の中にさまざまな悪影響が及んでいる。第一部では、都市計画において性差が考慮されていないせいで女性がケガをしやすくなっており、医療費などの点で地域に余計なコストがかかっていることが示される。第二部では、人々が「実力主義」と思っているものが全くそうではなく、実は男性(とくに欧米では白人男性)がゲタを履かされていることが明らかにされる。職場で雇用や昇進を検討する際、一定数を女性に割り振るクオータ制はやたらと否定的にとらえられてきたが、実はこれまで雇われてきた無能な男性を除外することになるので仕事に良い影響が出ることがロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの調査でわかったそうだ(p. 129)。第三部では、女性が使いづらい製品を押しつけられたり、女性向けの伸びが期待できそうな市場が無視されたりしていることが指摘されている。第四部では、薬の治験があまりにも男性中心的で、さらに医師は男性患者に比べると女性患者の訴えを真面目に受け取らないため、女性が誤診や誤った薬の投与で病気を悪化させたり、最悪の場合は死亡したりすることが指摘されている。第五部では女性政治家がいかに攻撃を受け、沈黙を強いられるかが描写されており、次期アメリカ合衆国副大統領であるカマラ・ハリスも登場する。第六部では、災害や感染症流行などの時に女性が無視されているせいで公衆衛生や治安に関わる大きな問題が発生することが指摘されており、これは新型コロナウイルスが流行している現在こそ読まれるべき箇所だろう。

 著者のキャロライン・クリアド゠ペレスは、2013年にイングランド紙幣からエリザベス二世以外の女性の肖像がなくなることに抗議するキャンペーンを組織した。この運動は成功し、10ポンド札にジェーン・オースティンの肖像が載ることになったが、本書の第五部でも少しだけ触れられているように、この時にクリアド゠ペレスはツイッターを中心にものすごいオンラインハラスメントを受けた。(今なお嫌がらせ対策としてはたいして役に立っていないとは言え)ツイッターにワンクリックで暴言や脅迫を通報できるボタンがついたのは、この際にクリアド゠ペレスが受けた脅迫がきっかけだ。著者自身が何度も見えなくさせられたり、いないことにされたり、黙らせられそうになり、そのたびに反撃してきた人物である。そういう著者が書いているだけあって、この本はとにかくデータで屁理屈をつぶすという戦い方の本になっている。もうちょっと参考文献表の書き方を詳しくしてほしいというところはあるのだが、それでも大変な労作であることには間違いない。この本は紛れもなく、非常に役立つ実用書である。手元に置いておいて、自分が黙らせられそうになった時、いないことにされそうになった時に反論の根拠として常に出せるようにしておきたい。

 

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著者

北村紗衣

1983年、北海道士別市生まれ。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得。現在、武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房、2019)など。

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