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『武漢日記』に書いたことはすべて事実|著者ロングインタビュー第2回

『武漢日記』著者・方方へのロングインタビューを一挙掲載!

中国の武漢で最初に新型コロナウイルスの感染が確認されてから1年――
いまだ世界で猛威をふるうこのコロナ禍で、異例の都市封鎖を経験した地から、女性作家・方方(ファンファン)が発信し続けた60日間の記録武漢日記は、日本でも発売以降、大きな反響を呼んでいます。

12/10(木)にはNHK「クローズアップ現代+」にて、著者への取材も含むルポ 武漢の光と影の放送も予定されています。

今回、英訳版の出版が発表された直後の4月下旬、激しいバッシングを浴びる渦中、中国国内で敢行された著者へのロングインタビュー(中国ではウェブ配信されたが、即削除された)の日本語完全訳を3回に分けて配信します。「日記の信憑性」について語られた第2回をお届けします。

掲載元:『財経』雑誌ウェブ版(2020年4月18日 17:40)
日本語訳:飯塚容(『武漢日記』訳者)

★第1回はこちら

* * * * *

「私が記録した大多数のメディアが取り上げない出来事は、すべて事実です」

――多くの人が、日記の細部に事実と異なる点があると指摘しています。いわゆる、二番煎じの情報や画像です。また、ある人は統計を取り、日記の中には「聞くところによると~」「~らしい」「友人の話では~」という言葉の出現率が極めて高いと言っています。この問題については、どう考えますか?

方方:私に対して、「一歩も外に出ない」で「聞きかじりの話ばかりしている」と批判する人がいます。実地調査に行かずに書くことは、許されないかのようです。逆に聞かせてください。私の家に来たこともないのに、どうして私が「一歩も外に出ない」あるいは「聞きかじりの話ばかりしている」とわかるのでしょう? 理由は簡単で、ネットから情報を得ているからです。自分がネットから情報を得ているのに、なぜ私がそれをしてはいけないと言うのですか?

インターネットは私たちにとって、とても便利な連絡手段です。一歩も外に出なくても、情報を得ることができます。特に私は武漢で60年あまり生活し、小学校、中学高校、大学に通い、労働者、記者、作家、編集者の仕事をしてきました。武漢のあらゆる階層に知り合いがいます。これらの人たちの多くは、私の微信のグループチャットのメンバーなので、情報を得るのはたやすいことです。私は親しい友人から情報を得るので、正確さは記者の取材情報に劣りません。人が本当の話をより多く語るのは、親しい友人に対してでしょうか、それとも記者に対してでしょうか? 役人にしても、本当の話をより多く語るのは、会見場の記者に対してではなく、親しい友人に対してでしょう。これは、言うまでもなく常識です。

私は湖北省青年聯合会の副主席、全国青年聯合会の委員をそれぞれ二期務め、省の人民代表大会と政治協商会議の常務委員を25年務めてきました。ニュースソースには事欠きません。けれども、私は踏み込んだ内容は避けました。読者を驚かせないように。私が記録したのはほとんど、すでに公開されている事柄です。

このようなインターネットの時代に、一歩も外に出ない私が得た情報は嘘だという人がいます。そういう人は、インターネットの偉大な力を知らないのでしょうか? 私よりもインターネットに詳しい人までが、それを武器にして私を攻撃しています。愚かなのか、悪辣なのか、どちらでしょう?

二番煎じの情報とは、どういう意味ですか? もし、私の情報が二番煎じなら、ほかの人は三番煎じ、四番煎じ、五番煎じかもしれません。同じ画像をみんなが見ています。記者も見ています。記者が書けば一番煎じで、私が書けば二番煎じなのですか? それは理屈が通りません。

二番煎じのスマホの写真のことは、完全に濡れ衣です。私は日記に写真を一切掲載していません。あの写真は、私を陥れるために付け加えられたものでした。私は確かに、火葬場に捨てられたスマホの山の写真を見たことがあります。しかし、それはまったく別の写真でした。

統計を取った人がいるというのは笑うべき話です。十数万字の日記の中で、それらの言葉はさほど目立たないでしょう。わざわざ数えるのなら、助詞の類も計算すれば、そちらのほうが多かったはずです。

私に情報を提供した人の名前を書かないのは、迷惑をかけたくないからです。湖北の人間関係は複雑で、しかも一部の権力者は私を憎んでいます。同僚や友人を巻き込むことがないように、私はぼかして書きました。しかし、重要なのは聞いた話かどうかではなく、それが真実かどうかでしょう。

私はいま、はっきり言うことができます。小さな間違いはありました(翌日に訂正したものを除く)が、私が書いたことはすべて事実です。

――あなたは2月13日の日記に書いています。「さらに胸が痛んだのは、友人の医師が送ってきた一枚の写真だ。それを見て、私は数日前の悲しみが再びよみがえってきた。それは火葬場の外一面に捨てられた持ち主のいなくなったスマホの写真だった。持ち主は、すでに灰になっている」この部分に対する質疑が最も多いようですが、どのように回答しますか?

方方:その点については、ずっと説明したいと思っていました。私は日記の中で、繰り返し友人の医師に言及していますが、実を言うと友人の医師は全部で4人います。3つの大病院に勤務し、それぞれ別の領域の専門家で、リーダー的な存在です。彼らの仕事を妨げないように、私はすべて「友人の医師」と記述しました。

そのうちの一人が、私に写真を送ってきました。例の捨てられたスマホの写真です。しかし、私はそれを日記に添付していません。感想を述べただけです。誰かが私を陥れるために、中古スマホの市場の写真を見つけてきて私の日記に貼りつけ、それが私の見た写真だと主張しました。

私が声明を出したので、その人は自分のブログの投稿を削除し、謝罪しました。でも残念ながらデマは広まってしまい、私がどう説明しても、まだ多くの人があの写真は私が日記に貼りつけたものだと信じているのです。

その後、彼らは私に、デマを打ち消したいのなら、本物の写真を出せと要求してきました。これはお笑い種です。彼らがデマを広めたのに、なぜ私がその指示に従って潔白を証明しなければならないのでしょう? もちろん、友人の医師の同意を得なければ、私はその写真を公表できません。私に対する非難が高まったのは、この写真がきっかけでした。彼らの作戦は成功したと言えます。

武漢の感染症流行初期の状況、のちに明らかになった状況からして、あのような写真はあり得るでしょう。スマホについて言えば、湖北省の専門家たちの内部資料で、あのようなスマホの保存を望む意見が出ています。感染症の終息後、電信部門に引き渡し、残っている情報を手がかりにして可能な限り持ち主を探すのです。どうしても見つからなければ、歴史の証拠物として記念館に展示することもできます。この写真の問題はもう何度も説明しています。それでも、彼らは耳を貸そうとしません。今回、みなさんに語ったことも、聞き入れようとはしないでしょう。

――広西から支援にきた梁(リアン)看護師は現在も入院中ですが、あなたは日記に死亡したと書きました。ネットユーザーは、あなたの日記の記述が杜撰(ずさん)で、事実と違うのではないかと疑っています。この点については、どう回答しますか? 国外で出版される日記では、この部分は削除していますか?

方方:削除の必要はありません。翌日の日記で訂正しているからです。彼らは日記を読まず、伝聞だけで毎日、この問題を持ち出し、私が翌日に訂正し謝罪していることには触れません。まったく言及しないのです。同様に彼らは、私が繰り返し否定しているにもかかわらず、毎回私を長官クラスの幹部だと書くことをやめません。彼らは、役人や金持ちを嫌う一般大衆の心理を利用しています。

私は日記の中で、何度も文聯(ぶんれん)の宿舎に住んでいることを書きました。これは文芸関係の職員住宅です。ところが、彼らは私が「豪華な邸宅で封鎖日記を書いている」と批判します。彼らは、この1980年代に建てられた住居を他の作家たちの邸宅と比べるつもりでしょうか? 春になると、白アリが活動を始めます。私は毎年、白アリ対策に頭を悩ませているのですが、今年は特に深刻だろうと思います。

――多くの人が言っています。あなたの日記は、考察よりも感情が勝っている。自分の経験を語ることが少ない。一部の人たちの心理状態を反映する「伝聞に基づく歴史」に過ぎず、記録としての価値がない。このような意見に、同意しますか?

方方:同意しません。そもそも日記を始めた意図は、『籠城記』を記録にすることでした。それで、記録を心がけ、書けそうなことをだけを記録しました。すべてを書いたわけではありません。当然、記録と同時に、自分の感想も加えました。記録と感想ですから、深い考察がないのは当たり前です。

感情が出た日もあります。初期のものは、感染症が人々をいかに痛めつけたかです。あのような悲惨な光景を私は生まれて初めて間近で見ました。敢えて書かなかったこともあります。感情は動いたけれども、我慢して書きませんでした。

「伝聞に基づく歴史」という言い方は、おかしいと思います。日記の内容の多くは現場の記録です。私は細かい出来事を直接見たわけではありませんが、大きく言えば現場、すなわち武漢にいました。映像や音源、そして微信や電話によって、市民の毎日の生活を目の当たりにすることができました。私の日記は、選択を経た実録なのです。

多くのメディアが取り上げている全体状況の記録は、できるだけ避けました。理由は簡単で、そういう内容が必要なら容易に見つけることができるからです。一方、メディアが注目しないことは、私が記録しなければなりません。そういう細かい個人的な内容は、記録しなければ永遠に忘れられてしまいます。例えば、メディアは湖北映画製作所の常凱(チャン・カイ)一家のこと、私の同級生や隣人のこと、そういう一人一人の犠牲者のことは記録しません。

――どの日の日記に、特別な思いがありますか? あるいは、最も満足していますか? また、その理由は何でしょう?

方方:災難を書いた日【訳注:2月16日、東洋経済オンラインで試し読み配信中は、とても腹が立っていました。私の言論を攻撃する人たちがいて、彼らは私がどんな状況にあるかをまったく考慮してくれません。私は怒りに任せて、災難とは何かを書きました。災難とは、日ごろ想像するものとは違います。それがどんなものかは、災難の中に身を置かなければ理解できないでしょう。身近な人の死が次々に伝えられたとき、ようやく理解できるのです。

――日記の内容の独立性は、どのようにして保ちましたか? 日記の中で意識的に議論を展開して、想定する読者に合わせることはありましたか?

方方:独立性の問題はありません。想定する読者も、いませんでした。私が目指すのは記録であり、ほかに意図はありません。そもそも、日記がこれほど多くの人に読まれるとは思っていませんでした。読者が多いことを知って、私はまず「不思議だ、これはおかしい」と思いました。

――連載中の日記は、何度も削除されました。削除されたときは、どう思いましたか? 日記が簡単に削除されたため、今後の創作で意識的に「タブー」を避けることはありませんか?

方方:削除されるのは、作者にとって気分のよいことではありません。しかも、理由がわからないので、怒りが募ります。その後、ブログは閉鎖され、私は作家の二湘(アルシアン)に頼んで、彼女のアカウントから日記を発表しました。もちろん、彼女のアカウントの閉鎖を恐れ、びくびくしていました。彼女のアカウントが、私のせいで閉鎖されるのは忍びないですから。

――あなたはどんな心境で、日記を書いていましたか?

方方:60日間、感染症の推移につれて、心境にも変化があります。当初は怒りと悲哀、その後は感染症が治まり、気持ちも落ち着きました。多くの読者がいることを意識して、引き続き頑張ろうと人々を激励し、攻撃に対しては日記の中で反撃をしました。これらはみな、予期しなかったことです。54回目で日記を終わりにするつもりでしたが、ちょうど高校生からの公開書簡が届きました。とても下品な手紙でしたが、広範な注目を浴び、返信せざるを得ませんでした。

――最近、多くの著名な学者が日記の内容について、評論を発表しています。あなたが共感する評論はありますか? また、理解できない、あるいは認めがたいものはありますか?

方方:多くの学者が支持を表明してくれて、うれしく思っています。ただし、一部の文章は度を超えていて、気恥ずかしくなりました。私が攻撃を受けているとき、変わらず味方になってくれた友人に感謝します。中には、面識のない方もいるのですが。

理解できないことは、あまりにも多いです。私は感染地区に身を置き、『籠城記』を書くための準備として、封鎖された都市の日常生活とその時々の感想を書いただけなのに、どうしてこんなに恨みを買うのでしょうか?

このような恨みは、日記の文章だけから見ると、理由がわかりません。私の家族、私の家にまでケチをつけ、家の住所を公開するなどと言うのは、まったく常軌を逸しています。高校生になりすまして手紙をよこすのは、もっと卑劣な行為です。いまに至るまで、彼らの攻撃は続いています。真相を知らない群衆をけしかけて、攻撃しているのです。私の本が外国語に翻訳される、それのどこが問題なのでしょう? 私が書いていたものを出したいという要求をなぜ、受け入れてはいけないのですか? 重要なのは、私が書いたものの内容ですが、多くの攻撃者はまったく読んでいません。

>>>第3回へ続く

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方方(ファンファン)

1955年、中国・南京生まれ。現代中国を代表する女性作家の一人。2歳時より武漢で暮らす。運搬工として肉体労働に従事したあと、文革後、武漢大学中国文学科に入学し、在学中から創作活動を始める。卒業後はテレビ局に就職し、ドラマの脚本執筆などに従事。80年代半ばから、武漢を舞台に、社会の底辺で生きる人々の姿を丁寧に描いた小説を数多く発表。2007年からは湖北省作家協会主席も務めた。2010年、中篇「琴断口」が、中国で最も名誉ある文学賞の一つである魯迅文学賞を受賞。「新写実小説」の代表的な書き手として、高い評価を得ている。主要な作品は映画化もされた「胸に突き刺さる矢」(2007年)、『武昌城』(2011年)、『柩のない埋葬』(2016年)など。

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