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壮大な宇宙の中で、自分の心と向き合う 宇宙飛行士・山崎直子さんに聞く『ファースト・マン』の魅力 - 4ページ目
2019.02.15
■宇宙開発の過去50年と、これからの50年を見つめる
――ニール・アームストロングは月面着陸時にカメラに向かってジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』を引き合いに出して語っています。一方、山崎さんは『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』がお好きだとうかがっています。今も昔も映画や小説から影響を受けている宇宙関係者は多いという印象ですか?
多いと思います。映画や本は想像力をかき立てられますし、自分が体験していないことでも臨場感を持って体験できるので、SFは好きでした。
――映画『ファースト・マン』を観たり原作の伝記を読んだりして、宇宙を志す人もいるかもしれないですね。
そうなってほしいですね。今年はアームストロング船長による人類初の月面着陸からちょうど50年になります。これからの50年を考えると、技術進歩の速度は増していますから、宇宙旅行や火星に人が住むといったわくわくするような、もっとすごいことができるようになると思うんです。
ここ20年くらいを振り返っても、だいぶ変化しています。たとえばイーロン・マスクのスペースX社ができた2002年は、まだスペースシャトルが飛んでいる時代でした。当時は「新参者の民間企業に宇宙飛行ができるのか?」と風当たりが強かった。
でも2011年にスペースシャトルが引退し、国際宇宙ステーションの組立が一段落する頃から「国家予算だけではどうにもならない、民間といっしょにやらなければならない」という認識が宇宙関係者に共有されるようになりました。NASAの宇宙飛行士だった方がスペースXに移るようなケースも出てきました。
「スペースシャトルのあと、新しい宇宙船が飛べていない。国はどうしても動きが遅い。国がやらないなら自分たちでやろう、それによって国にもう一度火を付けるんだ」と話す方もいます。今では宇宙空間での物資補給など、スペースXが担っている作業も実際に増えています。
そうやって国と民間がお互い切磋琢磨しながらやる時代に入り、新しい動きが出てきたのはいいことだと思っています。日本でも独自に頑張っている民間企業が出てきています。
まだまだ宇宙開発は完成形ではなく進歩の途上にあり、そしてニール・アームストロング船長をはじめとする先人たちの歩みのうえに私たちがいるということを、『ファースト・マン』をきっかけに考えてもらえればなと。
――「火星のファースト・マン」も21世紀中に可能性はある?
極端な言い方をすると、今でもすでに、命を惜しまなければファースト・マンになれる段階まで来ています。
無人の大型探査機はすでに火星へ到達していますが、ではなぜ有人飛行が難しいかと言うと、火星の公転周期が約2年で1回であり、地球と火星の距離が接近する2年に一度のタイミングで出発することが現実的だからです。地球を出てから火星到達まで片道半年かかりますから、行きに半年かかり、到着後に帰還までのタイミングを2年待って、帰りに半年と、往復で3年かかります。その3年分の水や食糧を持っていかないと生きていけないわけです。国際宇宙ステーションでは水のリサイクルは行われていますが、食料の自給はまだできていません。それだけのものを持っていくのは相当に大がかりです。また、地球と火星との通信は往復最大40分くらいかかり、宇宙船に自律性が求められます。それらがネックでまだ実現できていません。
ただオランダの民間団体マーズワンが2025年までに片道切符の火星移住計画を立てているといった動きを見ていると、いずれその問題も解決され、向こう10年から20年で「火星のファースト・マン」が現れるかもしれない、と思っています。
――改めてになりますが『ファースト・マン』、どんな人に触れてほしい作品でしょうか。
宇宙に興味を持つ方はもちろん、いろんな方に観てほしいし、読んでほしいですね。扱っているテーマは非常に深く、たくさんの人の心に響くヒューマンドラマと言っていいのではないかと思います。
デイミアン監督は「何かをやろうという大きな目標があるとき、どれだけのコスト、リスク、犠牲を払えるのか」といったことをお話されていましたが、そういうことを考えさせる作品です。
また、どんな偉業もひとりの人間で完結するものではなく、家族やまわりの人あってのことだとわかる作品でもありますから、将来を考えている人や、仕事と家庭との関係を考えている方にも触れてほしいと思います。壮大な宇宙の中で、自分の心と向き合える映画ですよ。
〈プロフィール〉
山崎直子
宇宙飛行士。千葉県松戸市生まれ。1999年国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。2004年ソユーズ宇宙船運航技術者、2006年スペースシャトル搭乗運用技術者の資格を取得。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号で宇宙へ。ISS組立補給ミッションSTS-131に従事した。2011年8月JAXA退職。
内閣府宇宙政策委員会委員、一般社団法人スペースポートジャパン代表理事、日本宇宙少年団(YAC)アドバイザー、女子美術大学客員教授、日本ロケット協会理事・「宙女」委員長、宙ツーリズム推進協議会理事、2025年国際博覧会(万博)誘致特使、ロボット国際競技大会(World Robot Summit)実行委員会諮問会議委員、特定非営利活動法人ロボットビジネス支援機構(RobiZy)アンバサダーなどを務める。
著書に「宇宙飛行士になる勉強法」(中央公論新社)、「夢をつなぐ」(角川書店)、「瑠璃色の星」(世界文化社)など。
飯田一史
ライター。構成を担当した書籍に石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』など、単著に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』『ウェブ小説の衝撃』など。
★書誌情報★
★映画「ファースト・マン」2月8日より公開中★