文藝

「弱い人間」がただ生きる物語――闘病中の 32 歳女性の視点で描いたマイノリティに対する社会の束縛

  『彼女が言わなかったすべてのこと』桜庭一樹著 評:竹田ダニエル(ライター)   我々が今生きている時代は、想像力が問われている。 主人公の小林波間なみまは、病気の治療をしているということ以外は「普通の三十二歳」。ある日、幸せそうな若い女性を狙った通り魔事件

ハンガリーで左手を移植した日本人男性の葛藤を描き、欧州の価値観浮き彫りに 皆川博子が激推しする小説

  『あなたの燃える左手で』朝比奈秋著 評:皆川博子(作家)   緊迫した場面から始まります。人物の行動が何を意味するのか、この段階では読者にはわからない。しかし引き込まれる。まず、文章に惹かれました。余計な説明は交えず、必要な事実を的確に、しかも魅力的に(こ

「公然不倫」中の母と暮らす娘が歩んだ青春……山崎ナオコーラが紹介する不思議な流れを味わえる小説

  『腹を空かせた勇者ども』金原ひとみ著 評:山崎ナオコーラ(作家)   ちゃんと生活して、たくさん食事して、行きたくて学校に通って、前を向いて人と関わっていく「陽キャ」の主人公。金原さんのこれまでの作品とはちょっと異なる風が、冒頭の数ページから清々しく吹いて

岸本佐知子が翻訳を切望した短篇集を、気鋭の20代歌人が読む

 『五月 その他の短篇』アリ・スミス著岸本佐知子訳 評:初谷むい(歌人)   あなたのすべてをわたしは知り得ない、という絶望がある。表題作「五月」は、次のようにはじまる。「あのね。わたし、木に恋してしまった。」 わたしたちの世界はひょんなことで線路のポイントが

何度となく吹いてきた、女という風の記録。作家・皆川博子が12世紀を舞台に描く少女の物語

  『風配図 WIND ROSE』皆川博子著 評:深緑野分(作家)   人類という動物はなぜか、自分たちの半分を中心に社会を形成し権力を持たせ、もう半分は学問や権力に相応しくないとして、家庭や生殖の役割に縛り付ける。前者は男、後者は女である。 皆川博子の最新長編『風配図

言葉で想像の幅を突破する中原中也賞詩人が描く、肉体ではない新たな関係の物語

  『うみみたい』水沢なお著 評:梅﨑実奈(書店員)   水沢なお「うみみたい」を説明するとき、〈反出生主義〉という言葉が力強く使われていたら、そうだけど、そうなんだけど、ちがうよね、と心に引っかかってしまうと思う。確かに主人公であるうみは、うみたいけれどそれ

「向き合わずにいられて、安全圏で生きられて、いいな」 “差別”に向き合う作家・桜庭一樹が五度、六度と読み返した作品

 自分はずっとずっと差別してきたと思う。 多くの場合、「心を痛めてはいるが、よく知らない事柄だから口を挟み辛い」として沈黙を選んできた。そもそもよく知らないんだから私は差別をしていない、という言い訳もしてきた。でも、知らないままでいる、知ろうとしないことも差別への加担だったんじゃないか。酷い時は、自

少女は何から逃げているのか? 現代ネットホラーの第一人者が紹介する複雑かつ緻密な上に歪んでいる物語

 十六歳の少女ふうかは父親と同じくらいの年齢のITベンチャーCEOである碧と同棲し、金銭的には不自由なく暮らしている。リビングルームには、碧が前に交際していた女性の制作したマネキンが置かれていて、それに見つめられながら、ふうかは「浮遊」というホラーゲームに没頭する。ゲームの主人公はふうかと同世代の少

「自分の生活を今よりもっと面白がれるはず」橋本絵莉子がそう思わされたAマッソ・加納の初小説集の魅力とは?

 書評執筆のご依頼を受けてすぐに、ネットで書き方を調べました。普段から加納さんのエッセイを読んだり、Aマッソの漫才を見たりして、なんて頭の回転が速くてまっすぐな人なんだろうと思っていたから、そんな人が書いた本の書評が私に務まるんだろうかと、とても不安になったからです。 でも、新刊の発売をすごく楽しみ

「いい加減にしろ! いじきたねえんだよ」人間の一番見せてほしくない真実をえぐる19歳の独白 歌人・上坂あゆ美が紹介

 短歌をつくるのが楽しかったことなど、一度もないのかもしれないということについて考える。私にとって短歌制作は、嘔吐をこらえながら自分の呪いを見つめ、ひたひたと泣く夜を乗り越え、なんとか形にする作業。どちらかと言えば快楽主義の自分が、なぜそこまでするのだろうと考えると、それはきっと私が、できるだけ鋭く

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