書評

温かくも意外とシビアな下町を舞台にした吉本ばななの最新小説とは? 人気エッセイスト古賀及子が魅力を語る

 『下町サイキック』吉本ばなな 著 評:古賀及子(ライター、エッセイスト)    見えないなにかが見えてしまう中学生のキヨカと、その能力を理解しながら繊細な成長をあたたかく見守る、近所で自習室を運営する友おじさん。下町で生活感をもってそれぞれに暮らすふたりは、日々理屈で

わかりやすくない有害な男性らしさが生む混乱を描く 俳優・長井短の小説『ほどける骨折り球子』を児玉雨子が読む

 『ほどける骨折り球子』長井短 著 評:児玉雨子(作家、作詞家)   「きっと何者にもなれないお前らに告ぐ」という名台詞がアニメファンの間で話題になったのは何年前のことだろう。顧みれば、当時の社会は「何者かになるべきである」という課題に頭のてっぺんまで浸されていたように

今日における批評の条件、創造の条件を探究…博士論文をもとにしたドゥルーズ研究書を読み解く

 『非美学』福尾匠 著 評:小倉拓也(フランス哲学研究者)    迷宮のような本だ。迷宮は、複雑で出口を見いだすことが困難な建築物だが、実際には分岐のない一本道である。ボルヘス的な直線ではない。一本道である。私にとってこの本は、一本道だと信じることでしか歩きとおすことが

小学校の先生に恋した少女の動揺と混乱の日々 極限の理性を書いた作家・リスペクトル作品の読みどころとは?

 『ソフィアの災難』クラリッセ・リスペクトル 著福嶋伸洋/武田千香編 訳 評:島本理生(作家)   クラリッセ・リスペクトルの小説を途中まで読んだという友人が言った。「難解だけど、自分の中でピースが一つ合ったら、その瞬間にすべて理解できるような気もする」 それはリスペク

紫式部、現代京都でオペラをかます!? 直木賞作家・河﨑秋子が語る、古川日出男のワンアンドオンリーな快作の魅力

 『京都という劇場で、パンデミックというオペラを観る』古川日出男 著 評:河﨑秋子(作家)   パンデミック。一瞬、その意味を正確に思い出せず、そんな自分に驚いた。たった三、四年前の新型コロナ騒ぎに伴う制約や息苦しさを、進んで記憶に留めておきたいと思えなかったせいか。そ

マリリン・モンローを通して女性の差別問題を描いた小説『マリリン・トールド・ミー』とは? 花束書房の代表・伊藤春奈が紹介

 『マリリン・トールド・ミー』山内マリコ 著 評:伊藤春奈(花束書房/文筆家・出版業)    マリリン・モンローをフェミニズムの視点で見直す動きがあるとどこかで読み、調べてみようと思いつつ数年が経ち、気づくと「誰か書いてくれないかな」になっていた。Netfli

全人類の不死と祖先の復活、そして宇宙進出を思想とする「ロシア宇宙主義」とは? 思想家ボリス・グロイスの論文集を紹介

 『ロシア宇宙主義』ボリス・グロイス編乗松亨平監訳上田洋子/平松潤奈/小俣智史訳 評:木澤佐登志(文筆家)   ロシア宇宙主義と呼ばれる特異な思想潮流がかつてロシアに存在した。その端緒は一九世紀末に活動したニコライ・フョードロフにまで遡る。フョードロフの哲学を一言で要約

東日本大震災後、なんとか暮らしを立て直そうとしてきた人々の声を掬い取る いとうせいこうのノンフィクションを瀬尾夏美が語る

 『東北モノローグ』いとうせいこう著 評:瀬尾夏美(アーティスト)     東日本大震災から十年後、二〇二一年から三年ほどの間に、震災で被災した岩手、宮城、福島、そして後方支援をしていた山形や東京で話を聞き、文字に起こし、書かれた十七人分の語りが収め

親を憎み、家族を呪い、この国が許せない元「天才」子役と「炎上系」俳優の抵抗を描く衝撃作 作家・鳥羽和久が読みどころを語る

 『生きる演技』町屋良平著 評:鳥羽和久(作家)     演技といえば世間的には自分とは違う偽者になることだが、人は誰しも生きるうえで演技をしている。この小説の語り手である二人の高校生、生崎陽きざきようと笹岡樹ささおかいつきにとって、演技することは、

大野露井『塔のない街』刊行記念 「異端にして正統――大野露井論」(13000字)

「塔のない街」評者=川本直(小説家・文芸評論家)   長い間、大野露井に畏敬の念を懐いていた。時代の潮流など気にも掛けずに我が道を行くこの文学者を、私が初めて観測したのは、2014年、とあるWebサイトの辻原登が審査員を務める新人賞でのことだった。大野露井が新人賞を受賞した長編小

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