ためし読み - 文藝
阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(2)「Аноун」
阿部和重
2022.10.26
10月25日、全16作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を16日連続でお届けする。
「Аноун」
ARゲーム「ポケモンGO」に出てくるレアポケモンの名前
──続く二作目が「Аноун」。「アンノーン」と読むようですが、これは「Hunters And Collecters」と地続きの話です。
「レコードやカセットテープという旧メディアにはA面とB面がありますが、ちょうどそんな感じです。これはテーマありきで依頼された注文原稿なんです。『ささやかであること』だったり『名づけられていないもの』などを題材に短編を書いてくださいと」
──これは楽曲名ではないんですね。
「いちおう「Unknown」というTortoiseの曲を想定しているんです。作中に『ポケモンGO』をやっている少女が出てきますが、アンノーンって結構なレアポケモンなんです。近年はイベントなどで大量発生することもありますが、初期は本当に出なかった。どこにどんなポケモンが出現したかを知らせてくれる非公式アプリにアンノーンが表示されているのを見て、夜中に自転車を走らせたりとか、そういう自分の経験を反映させた作品でもあります」
──そういえば、以前トークイベントに出ていただいたときも壇上で「ポケモンGO」をやってましたよね。
「やってました。とかいうと、えらいヘビーユーザーみたいに思われるかもしれませんが、全然そんなことはありません。孤独な執筆生活の癒し程度ですから(笑)」
─「Hunters And Collecters」と同じ出来事が、こちらではネットのライブ配信を見ている視聴者の視点で描かれていきます。一方的に見ることしかできない視聴者の目線は、読むことしかできない読者と一致する。やがて、どうやって配信者の現実に介入できるかを考え始め、ウイルスをばら撒く人まで出てくる。その構造がすごく面白いですね。当初から繫がった二編として構想していたんですか。
「あのかたちで二編同時に構想したわけではないのですが、少女のパートを膨らませて同一シチュエーションを別視点から書けば話がうまくひろがって、大長編にも繫がる要素を仕込みやすくなるなと考えついたんです。そして視点の切りかえから今度はライブ配信者と視聴者という設定を思いついて。説明なしにいろんなことがぼんぼんぼんと起きるのは、すでにある長編小説から一部分だけ抜き出してきたような短編を書こうと思った結果なんです」
─それは面白いですね。
「マーベル映画も最近はマルチバース(いくつもの並行世界が同時に存在していること)を積極的に導入していますよね。わたくしも物語をひとつの小説内で完結させるのではなく、作品の連関の中でどうやって展開していけるかを模索しているところです。単なる連作とか外伝などとは違ったかたちで、魔術ぬきでやれないかなと」
─あなたの作品にはもともと、ストーキング行為を描いたり、人は現実にどこまで関与できるのかを問い掛けたり、フィクションと現実の兼ね合いをあえてアンバランスにしていくところがありますよね。そうした書き方を継続しつつ、さらに洗練させている感じがしました。洗練のしようがない題材に思えても、書き方を工夫することで、複雑で面白い作品にしてしまう。貪欲な男だなと改めて痛感させられました。
「人間としては成長していないので、せめて小説を書くうえでは熟練を目ざしたい(笑)。それはともかく、ライブ配信のような〝使える〟題材が出てきたからには、わたくしのような見守り系作家が拾わないわけにはいかない」
─わかります。見ること、介入すること、現実に入っていくこと、拒絶されること。そうした全部が、短い作品に漂ってますね。
「本当はそのもうちょっと先まで行きたいなという気持ちがあるんです。ただ、この作品では枚数の制約もあってここまでが精一杯でした」
(つづきは明日27日公開)