
ためし読み - 文藝
阿部和重 約十年ぶりの短編集『Ultimate Edition』刊行記念 全収録作解説インタビュー(5)「It’s Alright,Ma (I’m Only Bleeding)」
阿部和重
2022.10.29

十月二十五日、全十六作を収録した阿部和重の短編小説集『Ultimate Edition』が刊行された。初めて阿部和重を読む人に、阿部和重のこれからを読みたい人にうってつけの作品集。氏の作品を知り尽くすフィクショナガシン氏を聞き手に、この究極の一冊への扉として全収録作自作解説を十六日連続でお届けする。
「It’s Alright,Ma (I’m Only Bleeding)」
アメリカのフォークシンガー、ボブ・ディランの楽曲名
──シリアの惨状を訴える二〇一四年の動画を、百年ぐらい先の未来の少年が発見します。そして、二〇一四年にタイムトラべルのようなものをする。そこでシリアの現実と向き合うのですが、現代の私たちと同様、少年には功利主義的な発想をするところもあって、二つの感情の間で揺れ動きます。アクロバティックな構想と、シンプルな感情とが交錯する作品ですよね。『Ultimate Edition』の最重要作品だと私は思うのですが、変な言い方ですが、このようなアイデアはどうやって思い付いたんですか。
「シリアの人道危機について書きたいという気持ちがまずありました。シリアには行ったことがないし、実際の状況は報道でしか知り得ない。しかし、知らされる事実はあまりに深刻で、それによって搔き立てられる感情もある。同時に、地理的な隔たりもあれば認識のズレもある。そうした自分自身の現実をどうすれば作品に落とし込めるかと考えて、少年が遠い未来に生きていて、過去の情報に触れるという形なら書けそうだと思い付いたんです。ちょうど同じ頃に、国際NGO『セーブ・ザ・チルドレン』がアップした動画がありまして」
──それが少年の発見する動画ですね。家族に囲まれ幸せに生きていたシリアの少女が、戦火の中で逃げ惑い、親とはぐれ……と、刻々と状況が深刻化していく短い動画です。
「非常にスタイリッシュに作られた動画ですよね。これを少年が発見したということにすれば、今話したような構造をうまく組み立てられるなと。それで、少年が修学旅行で過去の世界をバーチャルに旅するという、SF的な設定も考えました。バーチャルにその場に行くことは、われわれが日々報道で触れながら事実を知った気になるのとほとんど同じことなんですよね。そこにも自分のリアリティーを投影できると思ったわけです」
──こういう一文があります。「とにかく現状を正しく把握したいと切望し、自らに可能な唯一の手段を行使する。検索をかけ、ここで今なにが起きているのかを調べる以外にできることはない」。あなたの現実に対する思いが強烈に表れていて、他の誰にも書けない文章だと思いました。ジュブナイルSFのように少年の修学旅行という形を取っている点は、不良高校生らの争いを描いた『ABC戦争』など、二十代の作品で見受けられた感覚を呼び覚まします。同時に、より手が込んで、深化しているようにも感じました。
「さすが鋭いなあと思いながら聞いていました。自分にしては珍しいぐらいに、この短編には自分自身をダイレクトに投影したところがあって。『タケイ』という主人公の少年の抱える衝動は、自然と自分の中に芽生えてきた感情に近い。この初期衝動のような何かをとにかく作品にしなければならないと、そういう気持ちで書いたところもある。書き上げた時はそれなりに手応えがありました。現実に存在している動画を組み合わせて、作品の狙いをクリアに表現できる仕組みになったこともよかった」
(つづきは明日30日公開)