芸能界を震撼させたベストセラー『枕女優』から6年 その身体のすべてを捧げ、「夢」を目指したもう一人の女性の物語、開幕

枕女王

「枕女王」未瑠 3

「枕女王」未瑠 3

放課後――スタジオセットの教室。
「ハンナ。僕の気持ち、わかってるだろう?」
新庄俊が、松井すずを壁際に追い込んだ。
「涼の気持ちなんて知らない……」
すずが、頬を膨らませ横を向いた。
「子供じゃないんだから、拗ねるなよ」
「拗ねてないもん。それに、まだ子供だもん」
すずが、聞き分けのない幼子のように言った。
「子供なら、いい子に僕の言うことを聞けよ」
壁を背にした松井すずの顔の横に、俊が手をついた。
野次馬と化していた「女子」から悲鳴が上がる。
「女子」の中のひとりの未瑠も、精一杯、悲鳴を上げた。
「今日から白木ハンナは、僕の女だ」
ふたたび、「女子」が黄色い声で叫んだ。
「……嬉しいなんて……言わないから……絶対に、言ってあげないから……」
すずが、涙を浮かべた瞳で俊をみつめた。
「カーット!」
監督の声がセットに響き渡ると、女子マネージャーが松井すずにストローを差したミネラルウォーターのペットボトルを手渡し、ヘアメイクがヘアスプレーを毛先に噴霧した。
「いや~すずちゃん、よかったよ~。演技スキル上がったね~」
監督が、満面の笑みですずを持ち上げた。
「ありがとうございます! 監督さんやスタッフさんのおかげです!」
すずが快活な笑顔で言うと、監督に深々と頭を下げた。
「すずちゃんは、十年にひとり……いや、三十年にひとりの逸材なのに、そういうとこが謙虚だよ」
みているこちらが恥ずかしくなるくらいに監督がおべっかを使うのも、無理はなかった。
来月から始まる木曜八時の連続ドラマ「嗚呼! 百蘭学園」のヒロイン、松井すずは業界最大手の芸能プロダクション「スターライトプロ」の一推し女優だ。
「スターライトプロ」の会長の機嫌を損ねたら、プロデューサーや監督であっても現場から外されるほどの影響力を持っている。
「私なんて、まだまだです。これからも、ご指導、よろしくお願いします!」
事務所の力だけでなく、本人の立ち回りかたも十六歳とは思えないほどにうまかった。
「一時間、昼休憩、入りまーす! 十三時から撮影を再開します!」
すずが四人の取り巻きを引き連れセットの出口に向かうと、「女子」達が左右に分かれ道を開けた。
「お疲れ様です」
「女子」のひとり……川奈千紗が声をかけた。
すずは監督にたいしてとは別人のような冷めた眼で千紗を一瞥し、無言で通り過ぎた。
「ちょっと」
未瑠は、控え室に入ろうとするすずを呼び止めた。
未瑠は十人の大部屋だが、メインキャストのすずはひとり部屋だった。
ドアノブに手をかけたすずが、眉をひそめた顔で振り返った。
「ヒロインかもしれないけど、共演者が挨拶してるんだから無視するのはよくないんじゃない?」
「誰? このコ?」
すずが、背後にいる女子マネージャーに訊ねた。
「たしか、『ショコラ』っていうアイドルグループのメンバーだと思います」
マネージャーも若いが、それでもすずよりは年上なのに敬語を使っていた。
「ああ、地下アイドルね」
マネージャーのほうを向いたまま、すずが小馬鹿にしたように言った。
「ちゃんと、こっちを向いて言いなさいよ!」
すずの背中に怒声を浴びせる未瑠に、共演者やスタッフの驚愕の視線が集まった。
苛立っていた。
クランクインして一週間が経つが、セリフらしいセリフは与えられず、その他大勢の「女子」の中で悲鳴を上げたり騒いだりがほとんどだった。
製作会社のうだつの上がらないプロデューサーとセックスまでして、エキストラに毛が生えたような役しかもらえない自分に引き換え、なんの苦労もせずにヒロインにおさまるすずが許せなかった。

――石田プロデューサーは、五番手までの役をくれるって約束したんですけど、これじゃエキストラと変わらないじゃないですか!

クランクイン前日……貰った台本に眼を通した未瑠は、坂巻に猛抗議した。

――中島のり子って役名があるんだから、エキストラとは違うだろ。番手も、お前の名前は女生徒の中では五番目に書いてあるんだし、石田Pは約束を守ってると思うがな。
――名前が五番目に書いてあるだけです。ヒロインの周囲で騒いでいるシーンばかりだし、その他大勢の中のひとりって感じで、ピンのセリフはないし……。
――まだ一話の台本ができたばかりじゃないか? 回を重ねるうちに、セリフも増えてくるさ。

なにを言っても、坂巻から返ってくるのは説得力のないその場凌ぎの言い訳だった。
地上波の連続ドラマの五番手以内のレギュラー。
石田を信じた自分が、馬鹿だった。
といっても、彼は嘘を吐いたわけではない。

――石田さんの奥さん、大手広告代理店の役員らしいですね? 奥さんに十八歳のタレントとの浮気がバレたら、石田さんの仕事柄、出世に影響するんじゃないんですか?

石田の蒼白な顔が、脳裏に蘇った。
未瑠を裏切れば、手痛いしっぺ返しが待っている。
石田は確信犯的に端役を用意したわけではなく、端役しか用意できなかったのだ。
製作会社プロデューサーの力の限界というやつだ。
やはり、寝る相手を間違えた。
今後は、坂巻がなにを言ってこようが決定権のないプロデューサーと「枕」をやるつもりはなかった。
「それ以上、ウチのタレントを侮辱するならチーフプロデューサーに言うわよ」
すずにたいするときとは別人のように、女子マネージャーの態度は高圧的だった。
悔しいが、睨みつけることしかできなかった。
反論すれば、役を外されてしまう。
「女子」のひとりがいなくなったところで、ドラマの進行に影響はない。
端役であっても、ゴールデン帯のドラマには違いない。
苦労して手に入れた役を手放したくはなかった。
「いきなり言いがかりをつけられて、気分が悪くなっちゃった。こんなんじゃ、午後の撮影無理かも」
すずが言うと、女子マネージャーの顔が強張った。
「あなた、はやくすずちゃんに謝って!」
血相を変えて、女子マネージャーが詰め寄ってきた。
出演者もスタッフも、遠巻きにしているだけでかかわろうとしない。
芸能界で生きて行こうと考えている者なら、「スターライトプロ」と揉め事を起こそうとする馬鹿はいない。
「どうして、私が謝らなければならないんですか?」
すずと争えば不利になるのはわかっていたが、ここは退けなかった。
なにひとつ悪くないのに謝ってしまえば、それはもう共演者ではなく奴隷だ。
「なんですって!? あなた、自分の立場がわかって物を言ってるの!?」
言いながら、女子マネージャーは大部屋のドアを指差し、次に、松井すずひとりの名前が書かれたドアを指差した。
「ヒロインを支えて光らせるのが脇役の仕事でしょう? あなたの代わりはいくらでもいるけど、すずちゃんの代わりはいないのよ!? 脇役は脇役らしくしてなさい!」
女子マネージャーの上から目線の叱責に、未瑠の頭の奥でなにかが弾けた。
「事務所の力で売り出されているだけのコでしょ?」
未瑠は、嘲るような眼ですずをみた。
「あなた、事務所どこ!?」
「真美さん、もう、いいから。現場に迷惑がかかるわ」
すずが、熱り立つ女子マネージャーを諭した。
「未瑠さんだっけ? 私、午後の撮影もシーンがたくさんあるからセリフを頭に入れなきゃならないの。悪いけど、エキストラと喧嘩してる暇はないんだ」
見下したように言うと、すずが鼻を鳴らした。
「なにそれ? 私を、馬鹿にしてるの!?」
未瑠は気色ばみ、すずに詰め寄った。
「私があなたを馬鹿にしてる?」
すずが、噴き出した。
「なにがおかしいのよ?」
「ヒロインの私が、エキストラの人のなにを馬鹿にするのかなって」
すずが口もとを両手で覆い、眼を三日月型に細めた。
「私、エキストラじゃないから!」
「あ、そうなの? すずの後ろで笑ったり騒いだりしてるだけだからエキストラだと思っちゃった。ごめん、勘違いしちゃって」
すずが、舌を出した。
「あんたね……」
「おい、どうしたんだ?」
騒ぎに気づいた監督が、駆け寄ってきた。
「彼女が、いきなり文句を言ってきたんです」
女子マネージャーが、学校の先生に告げ口する生徒さながらに未瑠を指差した。
「真美さん、すずの挨拶がきちんとしてなかったからしようがないよ。気分悪くさせちゃってごめんね」
それまでの傲慢さが嘘のように、すずがしおらしい態度で謝ってきた。
「え? なになに? すずちゃんの挨拶がなってないとか、本当に言ったわけ?」
監督が、驚いた顔を未瑠に向けた。
「共演のコが挨拶しているのに無視するのはよくないっていうことは言いました」
未瑠は、淡々とした口調で言った。
「は? お前、ヒロインにそんなことを言って、何様なんだよ!」
監督が、想定通りに未瑠を叱責してきた。
「ヒロインだからこそ、共演者に挨拶くらいはできないとまずいんじゃないんですか?」
「お前、事務所どこだ?」
「いまは、関係ありません」
恫喝の響きを込めて問いかける監督の眼を、未瑠は見据えた。
「まあいい。調べれば、すぐにわかることだ。いますぐに謝れば、見逃してやってもいい」
「謝るって? 私が、なにを謝るんですか!?」
未瑠は、語気を強めた。
「すずちゃんに謝るに決まってるだろ!」
監督が、険しい形相で怒鳴りつけてきた。
未瑠の心は、急速に冷えていった。
監督にとって、どちらに非があるかは関係ないのだ。
たとえ、百パーセントすずに非があったとしても、監督は未瑠に謝罪を強要するだろう。
それが、芸能界のパワーバランスというものだ。
「みんな、どう思う? 私が、謝ることかな?」

感謝しなさいよ。あなた達を代表して、損な役回りを引き受けてあげてるんだから。

未瑠は振り返り、その他大勢の役者……「女子」達にたいして心で呟いた。
未瑠の視線が巡ってくると「女子」達は眼を逸らし、次々と俯いた。
挨拶して無視された張本人の川奈千紗まで、無言でうなだれた。
「なるほどね」
未瑠は頷きながら、「女子」達の顔を見渡した。
「くだらない」
吐き捨てると、未瑠は足を踏み出した。
「おい、どこに行く!? まだ、話は終わってないぞ!?」
背中を追ってきた監督の声を無視して、未瑠は控え室を素通りするとトイレに入った。
最悪、監督から事務所に連絡が入りドラマを降ろされるかもしれない。
構わなかった。
屈辱を受けてまで、エキストラに毛が生えたような端役にしがみつくつもりはなかった。
ただし、やられっ放しで終わるつもりもなかった。
未瑠は、スマートフォンを取り出すと、「桜テレビ」の第一ドラマ部の番号をプッシュした。
『はい、第一ドラマ部です』
受話口から、慌しそうな女性の声が流れてくる。
「あの、中林プロデューサーはいらっしゃいますか?」
未瑠は、今クール、全民放局の中で一位の視聴率を弾き出しているドラマのプロデューサーの名前を出した。
『失礼ですが、どちら様ですか?』
「未瑠と言います」
『未瑠さんですね? 少々、お待ちください』
訝しげな女性の声が、保留のメロディに変わった。
女性の声が怪訝になるのも無理はなかった。中林とは面識もなければ、電話で話したこともなかった。
「嗚呼! 百蘭学園」の番組ホームページで、チーフプロデューサーとして掲載されている中林の名前を発見したのだ。
『お待たせしました。中林はいまロケに出ており、何時に戻るかわかりません』
「じゃあ、私の携帯電話の番号を言いますのでお伝えください」
未瑠は番号を伝えると電話を切った。
昼休憩はあと四十五分残っているが、弁当を食べる気分ではなかった。
便座に腰を下ろし、受信メールをチェックした。
穂積からのメールを開いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

TO 未瑠へ

お疲れ様。
地上波ゴールデンのドラマの五番手は凄いね!
だけど、素直におめでとうとは言えないな。
正直、特別営業なんてやめたほうがいいわ。
相手がどんなに力のあるプロデューサーでも、それは同じよ。
あなたのことが心配だから、嫌なことを言うかもしれないけど気を悪くしないでね。
いわゆる「枕営業」で取った仕事は、長続きしないものよ。
身体が目的のプロデューサーは、何度か関係を持っているうちに飽きてくるし、新しいコに目移りするからさ。
それに、現場のスタッフも、ごり押しやバーターでキャスティングされたタレントを嫌うし、今回は我慢して使っても、次はないぞっていうのが本音だし。
私がこれまでみてきた中で、プロデューサーやスポンサーと「枕」して仕事を取った女優は、いつの間にか消えるパターンばかりよ。
逆を言えば、五年、十年っていうふうに、トップで活躍し続ける女優さんは「枕」なんてしないわ。
坂巻チーフには私のほうから言っておくから、こういうことは今回かぎりにしてほしいの。
月並みな言葉になるけれど、自分の身体と未来を大事にしてね。
未瑠は、そんなことをしなくてもブレイクするだけの資質があるから!
来週、時間が取れそうだからひさしぶりにご飯に行こう!
また、連絡するね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

未瑠は、表情のない瞳で文字を追った。
いつもなら胸に響く文章も、今日にかぎっては単なる活字の羅列に過ぎなかった。
哀しみも寂しさもなかった。
あるのは……失望だけだった。
未瑠の指が、タッチパネルの上を軽快に走った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

TO 穂積さん

メール読みました。
未瑠のためを思い、アドバイスをくださりありがとうございます。
私も、正直な気持ちを書きます。
特別営業は好きではありませんが、いまさらやめても過去が消えるわけではありません。
一度も十度も同じです。
白い絵の具に黒が混じったら灰色になります。
その後、どれだけ白を混ぜても完全な白には戻りません。
パッと見はわかりづらくても、混じり気のない白と並べれば一目瞭然です。
完全な白に戻れないのなら、私は灰色ではなく黒になりたい。
底なしに深く、暗い闇色になりたい。
男の人がすぐに飽きて新しい女のコに目移りすることもわかっています。
飽きられるまでに、新しい女のコが追いつかないくらいの高く遠い場所に到達していればいいんです。
それに、一回で使い捨てられるとはかぎりません。
一週間、一ヶ月、一年……もしかしたら、それ以上、関係が続く可能性もあります。
重要なことは、「女の武器」を誰に使うかです。
この前のメールに書いたような、製作会社のプロデューサークラスではだめです。
今回の「嗚呼! 百蘭学園」も五番手くらいの役にキャスティングすると約束してもらったんですが、始まってみたらエキストラ同然の脇役でした。
これからは、坂巻チーフに従う気はありません。
人柄がよくてかっこいい権力のない男性より、性格が悪くて不細工な権力のある男性をターゲットにします。
最後に……。
トップで活躍し続ける女優さんは「枕」なんてしないと穂積さんは書いてましたが、それは違うと思います。
トップ女優は、過去に「枕営業」をしていたという事実を揉み消せる力があるだけの話です。
私のことを心配してくれている穂積さんに、生意気なことばかり書いてすみません。
でも、穂積さんだけは信用しているから、仮面をつけたままのつき合いをしたくないんです。
私の本音をぶつけられるのは、昔もいまもこれからも、穂積さんしかいません。
じゃあ、そろそろ午後の撮影が始まる時間なので失礼します。

未瑠

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

未瑠は文面を読み返し、送信した。
昼休憩は、あと十五分で終わる。
個室を出た未瑠は、トイレに入ってきた川奈千紗と鉢合わせた。
「あ……さっきは……ごめん……」
千紗が、バツが悪そうに言った。
「なにが?」
洗面台の鏡に向き合いルージュを引きながら、未瑠は興味なさそうに訊ねた。
「さっき、私のためにすずちゃんに文句を言ってくれたのに、監督に怒られて……」
「あなたのためじゃないから気にしないで」
未瑠は、そっ気ない口調で千紗を遮った。
「でも……監督が未瑠ちゃんを降ろすって……」
俯き加減の千紗の顔は、罪悪感に青褪めていた。
「あ、そう。その他大勢の役なんてこっちから降りてやるわ」
未瑠は千紗に言い残し、トイレを出た。
控え室に入ると、降板の噂が広まっているのだろう、「女子」達が未瑠を横目にひそひそ話をした。
好奇の視線を受け流し、ポーチを手にした未瑠は控え室を出た。
「ねえ」
教室のセットの裏側を通り抜けようとした未瑠の前に、すずが立ちはだかった。
「あんた、降ろされるみたいよ。さっきのこと、私に謝れば監督に頼んであげてもいいけど」
腕組みをしたすずが、片側の頬に薄笑いを貼りつけた。
「邪魔だから、どいてくれるかな?」
「意地を張らないで、いまのうちに……」
乾いた衝撃音がスタジオに鳴り響く――すずが頬を押さえ、驚きに開いた眼で未瑠をみた。
「あっ、ごめん! 蚊が止まったようにみえたからさ」
未瑠は高笑いし、すずを置き去りに歩き出した。
「ウチの社長に言いつけて、あんたを芸能界から干してやるから!」
すずの怒りにうわずる叫び声が、未瑠の背中に浴びせられた。
「やってみれば?」
足を止めずに言葉を返した未瑠は、スタジオをあとにした。
受付ロビーを横切り外に出ようとしたとき、スマートフォンが震えた。
液晶ディスプレイに、折り返し着信、の文字が表示されていた。
「もしもし、未瑠です。お忙しいところ、電話をかけて頂いてすみません」
通話ボタンを押すなり、未瑠は普段よりオクターブ高い声で詫びた。
『君、誰?』
訝しげな声で、中林が訊ねてたきた。
不審に思いながらも、相手が少女であれば折り返し電話をかけてくるあたりは未瑠のリサーチ通りの男だ。

[中林健太郎43歳 「桜テレビ」プロデューサー。プロデューサーとしてのデビュー作品、2005年の月曜九時の恋愛ドラマ「愛たい」が最高視聴率四十四パーセントを記録し、一躍時の人となる。
その後も、イジメをテーマにした「腐った果実達」、公安警察をテーマにした「名前なき正義」が立て続けに平均視聴率三十パーセントを超え、ドラマ界の風雲児と呼ばれる。
大手芸能プロダクションの幹部達は中林詣でを競うように行い、自社のタレントをキャスティングしてもらおうと必死になっている。
2008年にドラマに起用した二十歳の女優と結婚をしたが半年で離婚、二年後の2010年にやはりドラマに起用した十九歳の女優と再婚したが二年後に離婚、以降、中林作品に出演している女優と軒並み噂になるという派手な女性遍歴を持つ。
一部マスコミではロリコンという報道もあるが、本人はワイドショーのインタビューでこれを否定している。]

脳内に蘇る「ウキィペディア」の内容が正しいことを、未瑠は祈った。
「私、『ショコラ』というグループでセンターをやっている十八歳のアイドルです。いま、来クールから始まる『嗚呼! 百蘭学園』に脇役で出演しています」
『へぇ、そうなんだ。で、どうして僕に電話を?』
「中林さんは、『嗚呼! 百蘭学園』のチーフプロデューサーですよね?」
『そうだけど、なんの用?』
中林の声音には、警戒と興味が複雑に入り混じっていた。
「今夜、会ってもらえませんか?」
単刀直入に切り出す未瑠に、中林が絶句した。
「セリフと出番を増やすためなら、どんなことだってできます」
追い討ちをかける未瑠――電話越しに、中林の息遣いが乱れるのがわかった。
一か八かの賭け――直球過ぎて、退かれる懸念もあった。
だが、ドラマの撮影はどんどん進んでしまうので、駆け引きをしている暇はない。
全十話の物語なので、あと九話しか残っていないのだ。
『君は、自分でなにを言ってるのかわかってるのかな?』
中林が、平静を装い訊ねてきた。
「セックスには自信があります」
未瑠は、耳を澄ませた。
スピーカーから、中林が息を呑む音が聞こえてきた。

穂積さん。幻滅した? でも、これが私よ。

スマートフォンを耳に当てた未瑠は、表情ひとつ変えずに中林の返事を待った。
(つづく)

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著者

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

1966年生まれ。98年に、『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞。その後ノワール&バイオレンスな作品で読者を魅了している。2003年『忘れ雪』で純愛に挑戦、ベストセラーとなる。

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