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すべての腐女子と、おたくと、学生に読んでほしい本――北田暁大・解体研[編著]『社会にとって趣味とは何か』書評

結論から書くが、本書は、音楽鑑賞、読書、アニメの鑑賞、スポーツ、ファッション等々……の、いわゆる娯楽的に行われる「趣味(hobby)」について、なんらかの学術的な方法で分析をしたいと思っている人なら、迷わず読むべきものである。

本書の優れた点は大まかに三つある。一つめは、社会学の領域で趣味を分析するにあたり、ブルデューの方法論についての批判を根本的に行っている点だ。

人々の「趣味(hobby)」についての理論や、統計的な分析の先行研究の中で、最も重要なのはピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』(1979=1990)だろう。特に彼の「文化資本」という概念は、家庭環境や趣味活動などの違いによって生じる、集団間の文化の違いと、それによって起きる様々な格差を説明する便利な言葉として、日常的に使用されつつあるように思う。ブルデューとはアプローチが全く異なるが、現代日本での統計的調査に基づく趣味分析としては、宮台真司らの『サブカルチャー神話解体』(1993)が有名だ。宮台らの人物類型論は、本書で指摘されているように「(人物類型論にある程度の妥当性があったとしても)それが何になるのか」という疑問を呼び起こすものであり、それに追随する研究は、現在はあまりないように思う。しかしブルデューに関しては、内外でその妥当性や応用可能性がさかんに議論されてきたこともあり、日本でも批判的な吟味なしで採用する研究が多いように思う。(かくいう私自身も、かつて同人誌という趣味の世界を分析したさいに、深い吟味をせずにブルデューを採用している。)

しかしそのような研究動向に反して、本書ではブルデューの理論について根本的な批判的検討が行われている。それによれば、ブルデューの提出した文化資本、社会生活様式空間、自律的な「界」といった概念は、相当に理論的な負荷が強いもので、経験的・計量的分析によって実在性を確認することは難しい。よって「経験的科学としての社会学の成果として成功しているとは言い難い」(p88)。ブルデューの理論に従うと「過剰に差異化された人間像」が生まれてしまうが、しかしながら著者らが本書で何度も確認しているのは、「趣味(taste)」のよしあしは、常に卓越化の資源となるのではない、ということだ。「趣味(taste)」がどこでどのように重要な資源となるのか、あるいはならないのかということ自体が、経験的な研究の課題となるのだ。このような理論的検討に基づき、本書はブルデューの行った独特な「対応分析」ではなく、標準的な統計的解析、すなわち(本書の帯に書かれている)「ふつうの社会学」を方法論として採用している。

このような方法論に基づき、本書では20の具体的な趣味について統計的調査が行われているが、多くの分析のうちでも、「音楽鑑賞」、「アニメ」という2つの趣味が、現代の東京の若者にとって、他の趣味と比べて特異であり、また対照的な位置にあるという知見が得られたことは非常に興味深い。私が本書の優れた点のうち二点目として指摘したいのはこの知見である。

すなわち、「音楽鑑賞」は20の趣味の中で、財の希少性と広範なプレイヤーの存在が両立していることから、ブルデューの界(生活様式空間)にあてはまりそうな趣味であり、その財の多寡を示すグラフ(p106)が正規分布曲線を描く。本書では「全体集約型趣味」と名付けられている。ブルデューの理論をうのみにすると、すべての趣味がこのような性質を持つという前提を持ってしまいがちだが、20もの趣味の中であてはまるものが「音楽鑑賞」だけであることは、大きな発見である。

一方で「アニメ」は他の趣味と比べて、趣味選択の自律性が高く、趣味を持っていることと友人関係との連関が密接であり、「自律的趣味型趣味」と名付けられる。この趣味の中でもある種の卓越化のゲームが見られないことはないが、アニメの「グッズ」「二次創作」への関心が重要視されるという結果から、ブルデューが想定していたような卓越化(歴史意識に支えられた自己陶冶や教養主義と関連する)とは、かなり様相が違うことも統計的に析出された。この論点は東浩紀のデータベース論(2001)を援用して分析されているが、「アニメ」という趣味において、データベース論的なコンテンツ受容方法が有意に観察できるということが、統計的に証明されたことは意義深い。

本書の優れた点として、最後に、「アニメ」やその周辺領域(マンガなど)に関連する、いわゆる「おたく」的な趣味について、趣味内でのジェンダー差が大きいことが、統計的に明らかにされたことを挙げたい。おたく趣味内でのジェンダー差、すなわち好み(taste)の違いについては、おたく当事者であれば経験的に看取するものであり、しばしば語られてもきた。しかし好み(taste)の違いだけでなく、本書においては、ジェンダー規範についての態度の違いが、おたく男性(=非おたくの男性よりも保守的)と、おたく女性(=非おたくの女性よりも反保守的)のあいだに明確にみられる、という統計的な知見が得られた。おたく趣味内のジェンダー差を、非おたくのジェンダー差と比較しつつ示す実証的データは、本書の研究がおそらく初だと思う。

さらに、女性のおたくについて、「二次創作」を好むことと、結婚・出産に対する消極的な態度とが相関関係にある(二次創作を好む人ほど、自分の結婚や出産を望む傾向が弱い)という結果が得られたことは、非常に興味深い。二次創作と言っても様々なものがあるが、本書では、東園子の「相関図消費」論(2015)や、牧田翠の『BL統計』(2015)を援用しつつ、伝統的なジェンダー関係を男どうしの恋愛関係として読みかえるというやおい的な二次創作について、特にフェミニズム的な側面に着目して分析を行っている。いわゆる「腐女子」については、山岡重行『腐女子の心理学』(2016)も統計調査を行っており、いくつか類似の項目について調査結果を得ているが、山岡の統計手法のトートロジー的な危うさを差し引いても、腐女子についての本書と山岡の論じ方の差は、真逆といってもいいものだ。じつは「腐女子(または彼女らの描くやおい)は、ジェンダー規範に迎合的なのか、抵抗的なのか」という問いは、この領域について学術的に研究しようとするとき、90年代後半~00年代初め頃には必ずと言っていいほど出現したものだが(個人的にはなぜ女性の書くものばかりがこのような厳しい審判にさらされるのかといううんざりする気持ちもある)、本書は、この問いに一つの視点から解を与えるものだと思う。

本書ではこのほかにも、「おたく」という言葉が登場した歴史的経緯に即した概念分析や、ファッションについて、ライトノベルなど大衆的な小説についての分析もあり、抽象性の高いタイトルからは想像できないかもしれないが、具体的な趣味について広く実証的に分析する研究だ。趣味研究、文化の研究、そしておたく女子とおたく男子の研究をするさいに、おおげさではなく、必読の本になるはずだ。

 

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