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全人類の必読書『サピエンス全史』をどう読むかーー入門&解説書発売!著者来日時の裏側を語るエッセイを特別公開
2017.12.27
全世界500万部突破!
世界に衝撃を与えた『サピエンス全史』は何を伝え、われわれにいかなる未来をさし示しているのか。
我々人類が、他の人類種を根絶やしにし、力の強い他の生物を押しのけて、この地球の頂点に君臨できたのはなぜか。
その謎をホモ・サピエンスだけが持つ「虚構を信じる」という特殊な能力から読み解き、全人類史を俯瞰し、その性質ゆえにこれから人類がたどるであろう未来をリアルに予言してみせた『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之訳)。
歴史書でありながら、
「人類史を描き、高い視点を得られる1冊。『そもそもビジネスは何のためにあるのか」に目を向け、新たなビジネスモデルを考えさせてくれる。』」
との評を受け、2017年のビジネス書大賞を受賞し、新たなビジネスやを考えるための必読書ともなっています。
世界中で、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグを始め、前アメリカ大統領のバラク・オバマ、日本では堀江貴文など有数の経営者やリーダーたちがこぞって絶賛しています。
11月に放送された「アメトーーク!」でもカズレーザーさん、東野幸治さんが「お気に入りの本」として紹介、大きな話題となっています。
これから読む人への入門書にして、もう読んだ読者への解説書
『サピエンス全史』をどう読むか
が発売されました。(目次はこちらから)
NHK「クローズアップ現代+」の放映(2017年1月4日)で、大反響を呼んだ著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏と池上彰氏の対談も、放送できなかった部分を含めてすべて本書に収録しています。
本書より、2016年9月の『サピエンス全史』刊行時にハラリ氏が来日された際に、4日間の取材に立ち会った訳者・柴田裕之さんのエッセイを特別公開します。
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スーパーヒューマン
柴田裕之
力強い声だった。インタビューに答える著者の声は、自信に満ち、力強かった。
昨年(二〇一六年)九月下旬、『サピエンス全史』の日本語版刊行に合わせて、版元の河出書房新社の招待で来日した著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、四日にわたって各種メディアの取材を受けた。訳者の私は幸運にも、同社のご厚意で、その四日とも取材の場に立ち会う機会を得た。初日の朝、ホテルのロビーで待ち受ける私たちの前に姿を現したハラリ氏は、物静かな方だった。背丈は一七〇センチ余り、体重は五〇キロ強ぐらいだろうか、痩身で、ジーンズにスニーカーをはいた脚はずいぶんと細く見えた。
ところが、上階の取材会場に移ってインタビューが始まったときに私の耳に飛び込んできたのが、冒頭に書いたあの声、華奢な体のどこから出てくるのかと思うほどの声だった。頭が切れる人であることは一目瞭然で、さまざまな問いに、澱みなく的確に応じていく。核心を衝く質問に対しては、熱弁を振るうこともあるが、けっして興奮するわけではなく、あくまで冷静で、ときどき喉を潤すために口に運ぶグラスは、毎回丁寧に、きちんとコースターの中央に戻す。理路整然と語るけれど、無味乾燥ではなく、ユーモアを交え、私たちにもわかりやすい日本の例を引く。最初のときだけではない。次々に組まれていたインタビューのどれでもそうだった。
圧巻はやはり最終日、午後遅くのNHKでのスタジオ収録だろう。『サピエンス全史』を特集する「クローズアップ現代+」(二〇一七年一月四日放映)のためのもので、インタビュアーは池上彰氏。ハラリ氏と池上氏がそれぞれ日英、英日の同時通訳の声をイヤホンで聞きながらのインタビューだった。私もセットの陰でヘッドホンをつけ、同時通訳をモニターしながら、目の前のお二人のやり取りに耳を傾けていた。ハラリ氏は、これまでどおり当意即妙の受け答えを見せ、質疑応答を楽しんでいるようだった。池上氏も熱のこもった質問を重ねた。
このインタビューのうち、実際に放映されたのは正味四分にも満たなかったが、じつは収録は予定の一時間を大幅に超えて続いた。当然ながら、質問する池上氏よりも答えるハラリ氏の話す時間が長くなる。途中で英日担当の同時通訳者がギブアップし(同時通訳は一五分ぐらいで交代するのが標準らしい)、休憩の後、収録再開となった。これがまた見事だった。ハラリ氏も池上氏も、中断前の雰囲気や勢いをそのままに、まったく途切れを気取らせない形でインタビューを続けた。
収録を終えたハラリ氏は、疲れも見せず、渋谷のNHKのスタジオから新宿の紀伊國屋書店本店に直行し、販売促進のために五〇冊ぐらいだろうか、『サピエンス全史』にサインした。これをお読みの方のなかにも、ひょっとしたらそのうちの一冊をお求めになった幸運な方がいらっしゃるかもしれない。その後、ようやく遅い夕食となった。場所は近くのベジタリアンの店。そう、ハラリ氏は原則としてヴィーガン(肉や魚ばかりでなく、卵やチーズ、牛乳などもとらない人)なのだ。しかも、瞑想を日課としている。インタビューの合間にも、ホテル内の部屋に戻ってしばし瞑想をしていた。
ほっそりしていながら精力的、そして頭脳明晰、そのうえ生命を大切に思う心を持っているハラリ氏は、どこか修行僧のような雰囲気をたたえている。『サピエンス全史』をお読みになった方は、ハラリ氏と仏教の近しさを感じ取られたかもしれないが、それはこういう背景があるからだろう。ただし、ヴィーガンであるのは宗教的な理由からではない。私たちが人間以外の生き物を物扱いにしていることに気づき、それに与したくないと考えたからだそうだ。だから、たんに殺生を嫌うのではなく、動物の扱いに問題があると思われるのであれば、食肉産業ばかりか酪農の産物も口にしたくないという。他人にも菜食を勧めるが、できるかぎりでかまわない、間違っても菜食を宗教に変えて狂信してはならないと説く。イデオロギーの孕む危険を知り尽くした、いかにもハラリ氏らしい勧奨だ。そういう思いがあるから、歴史を幸福という観点からも眺めるという発想が生まれ、『サピエンス全史』でも幸福を大切な軸としたのだろう。しかも人間だけではなく動物までも対象にして。
ところで、『サピエンス全史』を読んでいると、大きくかけ離れたものを結びつけ、話に織り込むのがじつに巧みなことに感心する。たとえば、第2章ではシュターデル洞窟のライオン人間とプジョー社の製造した自動車を飾るライオンをかたどったボンネットマークを、実在しないものを想像する人間の能力という文脈で並べ立てる。第6章では紀元前一七七六年ごろに制定されたハンムラビ法典を、一七七六年に書かれたアメリカ合衆国の独立宣言と、帝国を支える神話という文脈で対置している。
来年(二〇一八年)九月に日本語版の刊行が予定されている次作『HOMO DEUS』でも、エデンの園とアダムとイヴが食べたリンゴの話と、ニュートンの生家のあるウールズソープの園とニュートンの頭の上に落ちてきたというリンゴの話を、神話についての項で引き比べたり、古代エジプトのメンフィスの王(ファラオ)を、アメリカのテネシー州メンフィスのキング(キング・オブ・ロックンロール、つまりエルヴィス・プレスリー)と、物語や神話、ブランドについての項で同類として扱ったりしている。
今挙げたのは、いずれもわかりやすい表面的な例にすぎない。いわゆる氷山の一角であり、多くの方々が興味をそそられたり舌を巻いたりしたのは、むしろ水面下の巨大な部分のパターンや流れ、つながりを見て取るハラリ氏の洞察力なのだろう。
それはともかく、こうした形で結びつきを提示するのは、遊び心もあるのかもしれないが、言わんとすることを読者にどう伝えるかにいかに腐心しているかの表れでもある。書くときには日常語で、軽く、面白く、ということをつねに心がけているそうだ。また、最初に出した『サピエンス全史』のヘブライ語版から英語版を作るときに大幅な改訂を加えたばかりでなく、世界各国で翻訳版が出るときには、それぞれの国の読者のための改訂や加筆も行なっている(それは日本語版にも当てはまるし、『HOMO DEUS』でも踏襲されることになる)。さらに、物語として語るということをとても重視している。人間は物事を物語で考えるから、物語で伝えるのが最も効果的であるというのがその理由だという。
では、なぜそこまで心を砕くのか? それは一つには、伝えるのが科学者の使命であるという信念を持っているからだ。それも、難解な文章や専門用語だらけの文章で学者仲間だけに伝えるのではなく、広く世間に伝えることが大切なのだ。そしてまた、なるべく多くの人が歴史に関心を持ってほしいと望んでいるからでもある。なぜなら、現代にとって歴史は重要だからだ。読者にも新しい目で世界を見てほしい、先入観を打破してほしい、問いを発し、何が虚構で何が現実かを考えてほしい、人間は過去に支配されているがそれに気づいていないから歴史を学んで自己を解放してほしい——それが、「現実をあるがままに見て、知る」のがモットーであるハラリ氏の願いなのだった。そしてそれが、現代の問題の解決策へとつながるというわけだ。
それにしても、『サピエンス全史』は大部の書物だ。なぜ現生人類にまつわるこれほどスケールの大きい物語を描いたのか? それは、母国イスラエルの大学で教壇に立つうちに、教育がグローバル史を教えていないことに気づいたからだそうだ。歴史の大問題にはマクロの視点に立たなければ答えられない。グローバルな現代世界が抱える問題に取り組むには、大局的な見方をすること、いわゆるビッグピクチャーを捉えることがぜひとも必要だから、というのがハラリ氏の答えだった。
『サピエンス全史』という壮大な物語は過去だけにとどまらず、終盤では人類の未来に目を向け、永遠の生命を追い求める人類の行く末に思いを馳せている。取材の二日目だったか、やはりベジタリアンの店でとった昼食からホテルへの帰り道、同行していたハラリ氏のマネージャーのヤハブ氏との話が、たまたま本のこの部分に及んだ。生物工学やサイボーグ工学の力を借りて永遠の命を得たいですか、と私が水を向けると、いっぺんに非死の超人になるというのは自分には想像がつきづらいから、少しずつ、たとえば、まず三〇年寿命を延ばして、それからまた三〇年という具合ならいいかもしれない、という趣旨の答えをいただいた。ハラリ氏はどう考えていらっしゃるのでしょうね、と問うと、「He’s already superhuman (彼は、もうすでにスーパーヒューマンだから)」とのこと。まさに、と膝を打つ思いだった。この「スーパーヒューマン」は、はたしてどのような物語を私たちに語り続けてくれるのだろう? 今後もまったく目が離せない。
(翻訳家)
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ハラリ氏と池上氏の対談、大澤真幸氏、福岡伸一氏へのインタビュー、『サピエンス全史』を楽しむためのブックガイドなど充実の内容は本書でお楽しみください。
『サピエンス全史』はこちらから試し読みできます。
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