単行本 - 人文書

祝・重版決定! 吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』まえがき公開!!

各所でご高評頂き、おかげさまで発売後2ヶ月弱で重版が決まりました!「まだ読んでないよ」という方、「この秋は“人間とは何か?”を考えてみたい」という方のために、本書の「まえがき」を特別公開します。終わりには刊行記念ブックフェア、トークイベント、youtube番組公開情報と盛りだくさんです。ぜひ最後まで御覧ください。

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まえがき

 本書は、現在生じている人間観の変容にかんする調査報告である。  

 そこで大きな役割を演じているのは、急速な発展をみせる認知と進化にかんする科学と技術である。認知革命と呼ばれる知的運動から生まれた認知心理学、行動経済学、人工知能研究。遺伝子の観点から進化をみる血縁淘汰説(利己的遺伝子説)によってアップデートされた社会生物学、進化心理学、人間行動生態学。こうした諸科学は、従来の人間観に改訂を迫るような知見をもたらしている。

 ここで人間観とは、人間にたいする見方という程度の意味だが、我々自身が人間であるために、それは自分にたいする見方、つまり自己像でもある。だから人間観について考えることは、人間とはなにかだけでなく、我々は自分たちをなんだと思っているのかを考えることでもある。

 たとえば、認知にかんする科学と技術の粋を集めた人工知能関連技術の発展は、我々の自己像にも影響を与えずにはいない。この数年間で我々は、これまで自らの誇りとしてきた知性・知能を、人工知能プログラムのそれがはるかに凌駕するのを目の当たりにした。その結果、それでは人間の強みや独自性とはなんだろうかと、自己像の再考と修正を余儀なくされている。

 それだけではない。進化と生命にかかわる技術、たとえばゲノム編集技術をはじめとするバイオテクノロジーは、人間観どころか、人間そのものを生物学的に改変する能力を獲得しつつある。近い将来、バイオテクノロジーは生物種としてのヒトの進化の方向性を左右するほどの影響力をもつようになるだろう。

 こうした状況をどう理解すればよいかをめぐって、あちこちで混乱が生じている。人工知能が人間の知性を超え文明と社会を一変させるというシンギュラリティ論議はその典型である。事実の報告なのか願望の表明なのか、状況の説明なのか企画の宣伝なのか、にわかには判別できない議論があふれている。そうした混乱をよそに、軍用・民生用の人工知能ロボットの開発や人間のサイボーグ化技術、ゲノム編集技術を用いた治療やエンハンスメントのために、すでに多額の資金が投入されている。

 私としては、まず、わかっていることとわかっていないことを区別したい。できればさらに、わかっていると思っていることのなかから本当はわかっていないことを、また、わからないと思っていることのなかから本当はわかっているはずのことを取りだしたい。うまくいけば、状況を適切に理解したうえで重要な問いに専念できるようになるだろう。

 それを実行すべく書いた文章をまとめたのが本書である。ただ、若干特殊な成立事情があるので、ここで説明しておく。私は三年前より、人間と人間観の変容について一貫した視座から論じる書き下ろしの書物──デイヴィッド・ヒュームのひそみにならい、僭越ながら仮に『人間本性論』と呼んでおく──に取り組んでいる。その準備のために、折に触れて調査と考察を進めてきた。本書は、そうこうするうちにできあがった文章を並べ替え、加筆訂正し、新たに書き下ろしを加えたものである。

 その意味で、本書はいまだ存在しない『人間本性論』(仮)の副産物である。本篇より先に副産物が出てしまうことについては私も疑問なしとしない。だが、以下ふたつの理由から本書の刊行に踏み切った。ひとつは、本篇がいつできあがるのかわからないため。もうひとつは、案外こんなふうに多様なトピックを浅く広くサーヴェイした論集も読者の益になるのではないかと考えたためである。

 以上のような成立の経緯から、本書にはエッセイ(試論)、インタヴュー、討議、作品評など、さまざまな形式の文章が並んでいる。内容が若干重複する場合もあるが、各々の文章の独立性を考慮して、いちいち削除することはしなかった。重複も情報のひとつとして、つまり大事なことだから重複しているのだと思ってほしい。

 結果として、本書は人間にかかわる新しい科学と技術についての要約と評論を集めた一冊になった。私は、芸術や政治についてだけでなく、科学や技術についても評論や批評が必要だと考えている。人間本性の解明にかんして大きな成功を収めている認知と進化にかんする諸科学も、それ自体では一般的・抽象的なモデルにすぎないし、途方もない潜在能力をもつゲノム編集や人工知能のテクノロジーも、実際に人間社会にどのような影響を及ぼすのかは必ずしも明らかではない。科学や技術の内容を理解するだけでなく、それらが我々の社会や生活においてもちうる意義を考えたいのである。ところで、評論を行うためには、評者が評者なりの仕方で評論の対象を要約しなければならない。この要約には、認知的資源の節約と大局的状況の把握という点で、あなどれない有用性があると思う。もちろん、それが適切な要約であればの話だが。

 この本のタイトルは、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』という。これは、カール・マルクスが『資本論草稿』に書きつけた「人間の解剖は、猿の解剖のための一つの鍵である」という一節から借用したものだ(マルクス『マルクス資本論草稿集1 一八五七─五八年の経済学草稿第一分冊』資本論草稿集翻訳委員会訳、大月書店、一九八一)。いっけん逆説的である。逆ならまだしも、どうしてわざわざ人間を解剖して猿のことを知らなければならないのか。だが、これはマルクスの非凡な歴史観を示す見事な修辞である。

 まず、実際に人間にかんする知識は猿についての研究に役立つ。たとえば、猿のグルーミング(毛づくろい)には順位制の維持や紛争の調停といった社会的コミュニケーションの機能があるといわれている。それを我々が理解できるのは、我々がすでにコミュニケーションにかんする高度な理論と実践を身につけているからだ。マルクスは続ける。「より低級な動物種類にあるより高級なものへの予兆は、このより高級なもの自体がすでに知られているばあいにだけ、理解することができる」と。

 もう少しうがった見方もできる。二〇一六年、東京大学合格を目指す人工知能研究プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」(東ロボくん)が、東大合格を実現できぬまま終了した。さらなるブレイクスルーがなければ東ロボくんは東大レヴェルの入試をパスすることはできないと判断されたのだが、注目すべきは、最終年のセンター試験模試では五科目で総合偏差値五七・一をマークしたことである。一部の有名私立大学や国公立大学に合格できるレヴェルとのことだ。猿には失礼ながらあえて戯画化すると、東ロボくんはすでに人並み以上の能力を備えており、それに比べると我々の多くはむしろ猿に近いということだ。猿並みの我々としては、人並み以上の人工知能から人間を学ぶにしくはないのである。

 さらにもうひとつ、こんな見方もできる。人間の解剖が猿の解剖に役立つからといって、猿は人間になると決まっているわけではない。グルーミングは必ずしも言葉によるコミュニケーションに進化するとは決まっていないし、羽毛は必ずしも翼になるとは決まっていない。つまり、進化の道筋は必ずしも厳密に決まっているわけではない。ここで、もし人間から学ぶことができる猿がいたならば、人間の犯した誤りを回避し、もっとまともな世界を築くことができるようになるかもしれないのである。

 

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続きは本書でお楽しみください。

《特別インタビューも公開中》・・・・

インタビュー前編はこちら

インタビュー後編はこちら

 

《フェア・イベント・番組公開情報!》・・・・

1●「脳と遺伝子の時代を迎え撃つ
 『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』刊行記念ブックフェア」(〜10月末まで)

紀伊國屋書店新宿本店さん3F人文書(I棚)にて、吉川さんの選書によるブックフェアが始まりました。各書籍への吉川さんの紹介文をまとめた限定小冊子(非売品、無料)は9月末頃出来予定、会場で入手できます。どれも同時に読み始めたくなること必須、ぜひお立ち寄りください!!

紀伊國屋書店新宿本店
住所:東京都新宿区新宿3-17-7 3F
営業時間:10:00~21:00
店休日:年中無休
https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Shinjuku-Main-Store/

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2● 10/9(火)大澤真幸さん×吉川浩満さん×東浩紀さん
「いま、人間とはなにか?――『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』刊行記念イベント」

東浩紀さん、大澤真幸さんと吉川さんとのトークイベントを開催します。イベントではミシェル・フーコーの人間論の再解釈へ挑みます。「いま我々は人間=自分のことをなんだと思っているのか?」という問いと、フーコーの予言のその後を、三者で徹底討議!!
迷っている方に朗報、申し込み多数により増席が決まりました。ぜひご参加ください!

日 時:2018年10月9日(火) 19:00~21:30(開場18:00)
場 所:ゲンロンカフェ(東京都品川区)
料 金:前売2600円(1ドリンク付き)/ゲンロン友の会会員証または学生証のご提示で2100円(1ドリンク付き)に。

イベント詳細、ご予約はこちらから。
https://peatix.com/event/411121

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3●「どんな本でSHOW!?」9/25(火)〜YouTubeにて一般公開

埼玉県蕨市のケーブルテレビ「ウインク」で放送中の『わらなび』内「どんな本でSHOW!?」で吉川さんと主夫芸人・中村シュフさん、声優の桜城あみこさんが『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』を徹底解剖しました。本日よりYouTubeにて一般公開されます!
https://youtu.be/6_8tK92UE-E

 

 

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著者

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吉川浩満

1972年、鳥取県米子市生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーを経て、文筆業。関心領域は哲学・科学・芸術、犬・猫・鳥、卓球、ロック、映画、単車など。著書に『理不尽な進化ーー遺伝子と運のあいだ』、共著書に『脳がわかれば心がわかるかーー脳科学リテラシー養成講座』『問題がモンダイなのだ』(ともに山本貴光氏との共著)ほか。訳書に『先史学者プラトンーー紀元前一万年-五千年の神話と考古学』(山本氏との共訳、M・セットガスト著)など。

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