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友達にはなりたくないがずっと見ていたいヒロイン。『風と共に去りぬ』(全五巻)

『風と共に去りぬ』(全五巻) マーガレット・ミッチェル著/鴻巣友季子訳『風と共に去りぬ』(全五巻)
マーガレット・ミッチェル著/鴻巣友季子訳

『風と共に去りぬ』(全五巻)

マーガレット・ミッチェル著

鴻巣友季子訳

【評者】江南亜美子

過去の海外文学の名作を、現代的な読みやすい訳文と装幀でよみがえらせる各出版社の古典新訳の試みは、日本語翻訳者のレベルの高さもあって、もはや一過性のブームでなく、意義ある文化として根づき始めた。新訳は、その小説を「いま」読むことの意味を読者に問う。一九三六年に本国アメリカで出版されるやいなや大ベストセラーとなり、数年後には邦訳もなされた『風と共に去りぬ』が、今年、新たな訳者を得て刊行されることは(鴻巣訳の新潮文庫版の他、荒このみ訳の岩波文庫版も刊行が始まった)、たんなるラブ・ロマンスを読む喜び以外に、反戦の思想や差別問題への気づきを、読者に与えてくれるはずだ。

ときは一九世紀なかば。アイルランド移民である父が一代で築いた南部の大農園〈タラ〉に暮らすスカーレットは、一六歳にして自らの美貌を効果的に見せる手管を身につけた、周囲のアイドル的存在である。〈男たちが得意になってあれこれ教えられるように、なんにも知らないふりをするのもうんざり〉と言い放つほどの負けん気の強い気性と、自分は誰からも愛されるはずという大いなる勘違い力を武器に、片思いの相手アシュリを婚約者から奪おうと決心するも、あえなく撃沈。この壮大な小説は、ヒロインの失恋から始まる稀有なものなのだ。

やがて時代は南北戦争へ突入。夫のみならずかつてちやほやしてくれた男の子たちの命が奪われ、食料も逼迫し、負傷兵の看護に追われ、最愛の母の亡きあとのタラは存亡の危機と、窮地になればなるほど彼女のバイタリティは強さを増す。事態を打開するために妹の恋人も奪って再婚する非情さやすぐに取り引き関係に持ち込む計算高さは、惚れぼれするほどである。

彼女の窮地にはつねに“悪い男”レット・バトラーが現われるが、スカーレットを〈わが愛しのペテン師さん〉と呼ぶ彼との関係も一筋縄ではいかない。身体を担保にする金の契約や、アシュリへの盲信的な思いは、つねにスカーレットに「愛の認識の遅れ」をもたらし、本当に愛するものは誰かを見えなくする。憎いはずのアシュリの妻との関係も、姉妹愛以外のなにものでもないことになかなか認識が及ばない。古い因習の残る南部で自分らしい生き方を追求し、ルールにとらわれない自分の勝ち方を切り拓いたスカーレットも、愛にだけは敗北してしまう─この完全無欠ではない人間くささ、おろかしさを、三人称多元の語り手はいつくしみながらもときに皮肉交じりに、能弁に語りだしていくのだ。

本書は同時に、奴隷制や白人至上主義の問題も描く。アメリカという国がどのように成立してきたかという歴史的記憶を、ミッチェルは物語に刻みつけた。いまでは批判にさらされそうな視点がないではないが、時代の趨勢そのものも取り込む物語の重層性こそが、本書の魅力となっていることは間違いない。

とにかくも、スカーレットが近代小説においてとびきりチャーミングで、鼻っ柱が強く、友達にはなりたくないがずっと見ていたいヒロインであることを、鴻巣訳はあらためて読者に教えてくれる。全五巻を読み終わる頃に見舞われるのは、スカーレット・ロスだ。

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