単行本 - 人文書

なぜ、やさしく撫でられると気持ちいいのか?

触れることの科学――なぜ感じるのか どう感じるのか

デイヴィッド・J・リンデン 岩坂彰訳
 
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ベストセラー『快感回路』の著者、科学界随一のエンターテイナーがいざなう、
触覚=皮膚感覚のワンダーランド。
 
人間や動物における触れ合い、温かい/冷たい、痛みやかゆみ、性的な快感まで。
詳細な科学的解説と日常のエピソードをいきいきと描きつつ、
触覚(皮膚感覚)の不思議な世界を道案内する。
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訳者あとがき
 
岩坂 彰
 
神経科学者デイヴィッド・J・リンデンのTouch : The Science of Hand, Heart, and Mind(Viking, 2015)の全訳をお届けする。リンデンは前著『快感回路』(拙訳、河出書房新社)で依存症という現象に脳神経科学の立場から斬り込んでみせたが、今回取り組んだのは触覚=皮膚感覚である。前著と同様、詳細な科学的解説と日常的エピソードを巧みに混ぜ合わせながら、脳と神経の世界を案内してくれる。何かにつけて話が性的な方面に流れがちになるところも相変わらずだ。

「神経科学という国の大使」を自称するだけあって、快感にせよ触覚にせよ、リンデンが読者を導いていく先は単なる神経系の理解ではなく、脳神経の働きを通じた人間のあり方への洞察である。『快感回路』では、人間が生存や繁殖に関係しない行動にまで快感を覚えることができ、ときにそれに溺れてしまうことの神経学的基盤は、学習や記憶を成り立たせている脳の可塑性そのものにほかならない、と主張された。本書の触覚についても、「五感のひとつ」という単純な扱いではない。

冒頭で指摘されるように、英語のフィール/フィーリングはもともと触感を指す言葉だった。しかし現代では、感覚一般、さらには感情までも表すようになっている。それは、五感の中で触覚が最も根源的なものだからである。人は視覚と聴覚を両方失っても暮らしていける。しかし、痛覚を持たない人は長く生きることはできないのである。

また、触覚は多様な感覚を含む。邦題では「触れること」としたが、温感や痒みは接触がなくても感じられるし、内臓の痛覚や固有受容覚(身体の各部が空間的にどこにあるかを感じる感覚)に至っては皮膚の感覚ですらない。しかし、これらはすべて本書で扱われる触覚の一部である。

さらに、触覚の意識は、触覚だけで成り立っているわけではない。脳内の情報経路をたどってみれば、触覚情報は必ず視覚や聴覚などと混じり合い、さらには感情や認知とも相互に関わり合いながら処理されていく(たとえば、両手を擦り合わせるときに、聞こえる音を変化させると触感も変化する。物理的に同じ接触でも相手や気分により触感は変わる)。このように、触覚の知覚はきわめて総合的なものなのである。著者に言わせると、触覚は(あるいはあらゆる感覚は)、外界のあり方を忠実に報告するのではなく、人間がそれに応じた行動をとることに向け、経験や予測に基づいて外界のあり方を推測するシステムなのである。

本書の中で訳者にとってとくに印象的だったトピックを2つ紹介しておこう。まず、人間には「撫でられて心地よい」という感覚のための専用の神経(C触覚線維)があるということ。この神経は、1秒間に3~10センチの速さで肌を撫でられたときに強く興奮する。毎秒3~10センチ――それがすなわち「優しく撫でる」ということなのだ。覚えておこう。もう一つは、痛みの知覚の能動性だ。痛みのレベルが認知により変化することは経験的に知られているが、このとき脳は、受動的に受け取った痛み信号を止めたり通したりしているのではなく、能動的に指令を発し、下行性経路を使って脊髄のレベルで痛み信号の入力「ボリューム」を上げ下げしているのだという。目から鱗であった。

こうして自分の感覚のあり方を具体的に知ってみると、あらためて自分は何者なのかということに思いが及ぶ。今感じているこの感覚を、分子の動きの連続として捉え直してみれば、あるいは自分が自分でなくなるように感じる人もいるかもしれない。しかし訳者は、そのように見ることでかえって自分が、そして人間というものが愛おしく思えてくる。読者のみなさまはいかがだろうか。

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著者

デイヴィッド・J・リンデン

神経科学者。ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授。主に細胞レベルでの記憶のメカニズムの研究に取り組むともに、脳神経科学の一般向けの解説にも力を入れている。著書に『快感回路』『つぎはぎだらけの脳と心』。

【訳者】岩坂 彰

1958年生まれ。京都大学文学部哲学科卒。編集者を経て翻訳者に。訳書に、『快感回路』『確信する脳』『心は実験できるか』『「うつ」と「躁」の教科書』『うつと不安の認知療法練習帳』など多数。

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