単行本 - 文藝

いつものようで、いつもではない朝『世界一ありふれた答え』[書評]落合恵子

『世界一ありふれた答え』 河出書房新社
谷川直子 著

 

【評者】落合恵子
いつものようで、いつもではない朝

 

本を読みながらCDをかける。本を読みながらこの本にはどんな曲が合うか、考える。いつもの習慣だ。
谷川直子さんの『世界一ありふれた答え』にはどんな曲がしっくりくるだろう。本書の中にも登場するドビュッシーの『アラベスク』も、乱れに乱れたCDの棚のどこかにあったはずなのだが、探し出すことができないでいる。これもまたいつものことだ。
何かを探してそれを使う時間よりも、探す時間のほうが長くなったら、老化が始まっている……。書いたのは誰だっけ? 著者の名前を思い出せない。これもいつものこと。
それで、一枚のCDを抜き出してかけてみた。気力をかき集めることに失敗した朝など、この曲をかける。
ドビュッシーから突然、時代も領域も飛んで、
70年代のポップス、ヘレン・レディの『I’m Woman』だ。♪Oh yes, I am wise/But it’s wisdom born of pain/Yes, I’ve paid the price……。「ウーマンリブのプロパガンダみたいな」と当時言われた曲だ。
わたしのWisdom(どう訳す?)は痛みから生まれたんだよ、というところに納得!
もうひとつ思い出したことがある。主に70年代の米国のポップスシーンで活躍したヘレン・レディは引退してオーストラリアに戻り、カウンセラーになったという話を聞いたことがあった。そのことも、この曲を選ばせたのかもしれない。
主人公まゆこと、彼女が向かいあうピアニストトキオは同じカウンセリングルームに通っている。わたしの亡くなった母は、長いあいだ神経症だったから、まゆこの(トキオも)の細胞のひとつひとつから絞りだすような言葉と思いと息遣いは、小学生の頃から身近にあった。
「何を見てもよそよそしく、冷たくはね返される気がする」、「人がこわい。朝がこわい」、「本当は泳げるのに、それをすっかり忘れている」。同じようなことを母は違う言葉で繰り返していた。文中トキオがたとえ話としてする声を失った歌手の話からも、あっ、と思った。昔、放送局にアナウンサーとして勤務していた頃、わたしもある期間、声を失って現場から離れざるを得なかったことがあった、と。
一体、「普通」と「普通でない」のボーダーはどこにあるのだろう。わたしにはわからない。だから、かもしれない。本書の後半、まゆこの述懐が、深く、確かに、リアルに心に迫る。
……私がいてもいなくても、日が昇る前、世界は必ずあの美しい青に染まり、そして朝を迎える。世界は私を必要としていない。世界は誰も必要としていないのだ。なんという大きくてあたたかな拒絶……。
なんと「大きくあたたかな発見」であり、言葉であるだろう。
今日は夕方からフリーだ。泳ぎにいこう。ここしばらく、わたしも「ほんとうは泳げるのに、それをすっかり忘れている」状態が続いていた。そうして夜には、探し出したドビュッシーを聴くことにしよう。

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著者

谷川直子

1960年、神戸市生まれ。2012年『おしかくさま』で第49回文藝賞を受賞。他の著書に、小説『断貧サロン』『四月は少しつめたくて』、エッセイ『競馬の国のアリス』『お洋服はうれしい』などがある。

【評者】落合恵子

1945年生まれ。明治大学卒。文化放送を経て文筆業に。子供の本の専門店クレヨンハウス、女性の本の専門店ミズ・クレヨンハウスを主催。育児と育自をテーマにした雑誌『クーヨン』を発行。著書多数。

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