単行本 - 文藝

違和感を文学に『ワイルドフラワーの見えない一年』

『ワイルドフラワーの見えない一年』 河出書房新社

松田青子 著

 

【評者】山崎ナオコーラ

違和感を文学に

 

ショートショートのみで構成された自由な世界。すごいのは一文だけの作品でも「小説を読んだ」という感覚が湧くところだ。

まったく雰囲気が違う作家だが、澁澤龍彥を思い出した。現実から変換された言葉ではなく、読書センスから生まれる文章。読書生活の中で育んだと思われる批評性が光る。外国文学の素養が後ろに見え隠れするところ、遊び心満載なところも似ていると思った。

しかし、新しい作家だ。ひとつは、キャラクターから離れ、物語や文章の繫げ方に意識を集中していること。もうひとつは、フェミニズムへのチャレンジ精神を持っていること。

五十の作品が収められているが、私は「少年という名前のメカ」が好きだった。こういうのは松田さんにしか書けない、と強く感じる。「少年」という言葉が背負っているものに思いを馳せているところが面白い。フェミニズムとはこういうものだ。

『スタッキング可能』『英子の森』、エッセイ『ロマンティックあげない』等でもフェミニズムに関するユーモアの視点が際立っている。

フェミニズム文学というと未だに「女性の権利を主張するもの」「男性と同等の地位を得ようとする運動」と捉える人がいることに驚くが、もちろん、松田さんの文学はそういったものとは違う。

松田さんと私は、完全に同じ考えを持っているというわけではないだろうが、年齢が一歳違いなので、育った時代の雰囲気はきっと似ている。権利や地位が無いことに失望するシーンよりも、変なカテゴライズにいらいらする出来事に出くわすことの方が多かったのではないか。

ときどき、多様な女性像を求めているフェミニストが男性には男性らしさを求めているのを見かけて鼻白む。女性は男性らしい男性より強く価値がある、と主張したいようだ。しかし、上の世代の作家がそういう仕事をして生き易い時代を作ってくれたおかげで、今の作家にはもう別の仕事がある。男性を慮り「少年」「男性」といった言葉を考察できる。細かいことをこつこつ書くと「その程度の出来事にいちいち引っかかるとは贅沢な」と怒るフェミニストもいるが、ありがたいことに今は贅沢を書ける時代だ。小さな違和感から文学を産み出せる時代がやっときたのだ。

「男性ならではの感性」は、女性ライター、女流作家等の、今でも使われる謎の言葉を男性に置き換える、「アイデア小説」だが、細かい部分の文章の運び方が素晴らしい。細かくいらいらすることでアイデアから離れ、文学になる。そして、「馬鹿みたい」と帰結する。そうか、ばかばかしくて笑っちゃう、そのノリで書いていいのか、と勇気をもらえる。

松田さんが古今東西の本をたくさん読むと、読書中に湧いてくる違和感が種になり、生活を営むと、小説に育つ。松田さんはきっとこれからもそういう仕事をしてくれる。今の時代が生き易いものに感じられてくる。心強い。

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著者

松田青子

1979年兵庫県生まれ。作家、翻訳家。著書に『スタッキング可能』『英子の森』『狼少女たちの聖ルーシー寮』(カレン・ラッセル著)、『はじまりのはじまりのはじまりのおわり』(アヴィ著)などがある。

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