単行本 - 人文書

「ガタリになること」への挑発

四つのエコロジー フェリックス・ガタリの思考
上野俊哉 著

 

 

「ガタリになること」への挑発

 

[レビュアー]今福龍太

 

フェリックス・ガタリ。異形の精神科医にして哲学者。たえず突然変異体のようにその姿を変え、分裂・増殖しながら自己と他者の固定的な境界を越え出てゆく思想体。機械状無意識、生態哲学、カオスモーズ、リトルネロといった造語とことばの意味の創造的飛躍によって拓けてゆく未知の思想野。『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』でのドゥルーズとの共作や『自由の新たな空間』でのネグリとの共同プロジェクト、さらに『ブラジルの分子革命』において明かされたイグナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ(労働者党のリーダーで、のちのブラジル大統領)との思想的共闘など、さまざまな人々とつながり、自らの主体性を変容させつつ、接続された他者をも変容させて、思想と社会運動におけるあらたな革命的仕組みを模索する意識の(反‐徒党的な)網状組織。
ガタリの思想の極度の抽象性は、つねにこうした目眩くばかりの人とモノと概念との日常的な繫がり合いと組み直しのプロセスと連動しながら、本人すらその全貌を画定しえない「謎」を生きつづけた。本書は、このガタリという「謎」に私たちがいま接近し、その思想的鼓動を身体に受け継いでゆくための魅力的な「工具」である。著者みずから、さまざまな思いを込めて「本邦初のガタリ入門書」と謳っているように、ガタリのような接続的な人格にふさわしい、圧倒的に接続的で他者包括的な「入門書」が出現したことに、快哉を叫ばずにはいられない。
自然、精神、社会の三つの領野のエコロジーの統合として生態哲学を説いたガタリの思考の背後に、著者は「情報のエコロジー」への思索の潜在を読みとり、ガタリのエコソフィーの布置を「四つのエコロジー」として刺激的に解析する。そこで登場する「機械」および「仕組み」という鍵概念の丹念な読み込みと解釈はとても啓発的だ。また、ガタリの活動拠点だった革新的なラ・ボルド病院を訪ね、この革新的な医療現場の仕組みと思想とを、カフェの当番表や壁の絵柄や礼拝堂の蔵書といったさまざまな具体的痕跡から感じとってゆく、哲学的なスナップショットというべき記述もスリリングだ。
着想の源泉を日常性の現場、感情生活の肌理のなかに探ること。思考の組み立てのなかに常識的(学説的)な文脈を超える異種交配を呼び込むこと。古いものへの反時代的な傾倒と、その現代的転用を恐れないこと。野生と街路とに、同時に知性と感情の「息吹き」を感じとること(「息吹き」というような語が思想書において平然と、しかしきわめて戦略的に書きつけられたことはいままでなかった)。私たちの日常、そこに介入する自然や社会や政治や技術の接触面から、本能や直観を排除することなく、こわばりを捨てた真っ当な思考を立ち上げてゆくためのヒントが、ここには無数にちりばめられている。「ガタリになること」への挑発。それは同時に、著者の知的遍歴が、ガタリの思索へのさまざまな迂回と接合をともなった、創造的な彷徨いの道筋でもあったことを、生き生きと証言する方法ともなっている。

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著者

上野俊哉

1962年生まれ。和光大学教授。著書『思想の不良たち」『思想家の自伝を読む』『ディアスポラの思考』など多数。

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