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『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリが解き明かす、 世界的陰謀論の虚偽と欺瞞。The New York Times記事翻訳を全文公開

『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリが解き明かす、 世界的陰謀論の虚偽と欺瞞。そして、人類に必要とされる「確かな力」とは。
The New York Times紙記事、柴田裕之氏による翻訳を全文特別公開。

 

『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』の三部作すべてが世界的なベストセラーになっている歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、2020年11月20日付の米国有力紙The New York Timesに「世の中が一つの大きな陰謀のように見えるとき」(原題:When the World Seems Like One Big Conspiracy)と題した記事を寄稿しました。

当社では、ハラリ氏の主著全てを訳した柴田裕之氏の翻訳による記事全文を特別掲載いたします。

この記事でハラリ氏は、世界的カバール陰謀論の基本的な筋立て、欠陥を歴史的な観点から解き明かし、私たちが直面する「現実」を明らかにします。「悪意ある単一の集団、思想が世界を支配している」と主張する陰謀論の蔓延に警鐘を鳴らすと同時に、私たちが日々接する情報をどう捉え、自身の見識、立場を作り上げていくべきかを示唆する内容となっております。

新型コロナウイルスによってあらゆる世界観や価値観が変わろうとしている今、現代における「知の巨人」が提起する、人類に必要とされる「確かな力」とは何か。是非ご高読下さい。

 

* * *

 

2020年11月20日「ニューヨーク・タイムズ」紙

「世の中が一つの大きな陰謀のように見えるとき」
(原題:When the World Seems Like One Big Conspiracy)
記事全文

 ユヴァル・ノア・ハラリ=著
(歴史学者・哲学者。世界的ベストセラー『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』、『21 Lessons』著者)

柴田裕之=訳

 

世界的カバール陰謀論の筋立てを理解すれば、そうした陰謀論が魅力を持つ理由や、そこに内在している偽りが明らかになる

 一口に陰謀論と言っても、規模や内容はさまざまだが、最もありふれているのが世界的カバール陰謀論かもしれない(訳注:カバールとは、陰謀団や秘密結社のこと)。最近行なわれた調査では、25か国の26,000人に、「ある一団の人々が結託して、密かにさまざまな出来事をコントロールし、世界を支配している」という見方について意見を求めた。

 すると、アメリカ人の37%が、それは「間違いなく正しい、あるいは、おそらく正しい」と答えた。イタリア人の45%、スペイン人の55%、ナイジェリア人の78%も同様だった。

 当然ながら、陰謀論はQアノン(訳注:陰謀論を唱え、トランプ大統領を支持するアメリカの集団)による発明ではない。何千年も前から存在している。なかには、歴史に途方もない影響を与えたものさえある。ナチズムを例に取ろう。ナチズムはたいてい、陰謀論とは思われていない。一国をまるごと乗っ取り、第二次世界大戦を引き起こしたので、邪悪なものであるとはいえ、一般には「イデオロギー」と見なされている。

 だがその核心において、ナチズムは、反ユダヤ主義の虚言に基づく世界的カバール陰謀論だった。「ユダヤ人資本家のカバールが密かに世界を支配し、アーリア人種を滅ぼそうとたくらんでいる。奴らはボリシェヴィキ革命を企図し、西洋の民主主義諸国を動かし、マスメディアと銀行を牛耳っている。ヒトラーだけが、奴らの邪悪な術数をすべて見破ってのけた。そして、彼だけが奴らを食い止め、人類を救いうる」

 

* * *

筋立て
 私たちがこの世界で目にする無数の表立った出来事の背後には、悪意ある単一の集団が潜んでいる、と世界的カバール陰謀論は主張する。ただし、この集団の正体は一様ではない。世界はフリーメイソン、あるいは魔女たち、はたまた悪魔崇拝者らに秘密裡に支配されていると信じている人もいれば、エイリアンやリザードマン(ヒト型爬虫類)やその他の徒党の支配下にあると信じている人もいる。

 それでも、基本的な筋立ては同じで、その集団は、この世で起こることのほぼいっさいをコントロールしていながら、同時に、その支配を隠している、というものだ。

 世界的カバール陰謀論は、敵対者どうしに手を結ばせるのがお得意だ。たとえば、ナチスの陰謀論は言う。共産主義と資本主義は、表向きは和解不可能な敵どうしに見える、そうではないか? 残念でした! それこそまさに、ユダヤ人のカバールがあなたに信じ込ませたいことにほかならない、と。あなたはまた、ブッシュ家とクリントン家は不倶戴天のライバルだと考えているかもしれないが、彼らはそういう「ふり」をしているにすぎず、陰ではみんな同じタッパーウェアの商品説明販売会に出かけているのだという。

 こうした前提から、この世の中に関する、もっともらしい説が出てくる。ニュースで伝えられる出来事は、人の目を欺くために、ずるがしこく仕組まれた偽装で、名高い指導者たちは私たちの気を逸らすために存在し、真の支配者たちが操る傀儡(かいらい)にすぎないというわけだ。

 シリアの内戦は? そこで何が起こっているかを理解するのに、中東の歴史を学ぶ必要はない。巨大な陰謀の一環なのだ。5Gテクノロジーの開発は? 電波の物理的特性など、まったく研究する必要はない。それは陰謀だからだ。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行は? 生態系やコウモリやウイルスとはまったく関係がない。陰謀の一部であることは明白だから。

 世界的カバール陰謀論というマスターキーは、この世界のあらゆる謎を解き明かし、万事を心得ている人々の排他的な集団へ私が加入することを可能にするのだそうだ。そのおかげで私は、平均的な人よりも利口で賢くなれるし、大学教授、ジャーナリスト、政治家といった知的エリート層や支配階級の上にまで昇れる。私は彼らが見落としているもの——あるいは、隠そうとしているもの——を目にすることになる。

 

 

* * *

欠陥
 世界的カバール陰謀論はどれも、同じ基本的な欠陥を抱えている。歴史はとても単純だと思い込んでいるのだ。世界的カバール陰謀論は、世の中を操るのは比較的易しいという考え方を、不可欠の前提としている。少人数の集団が、戦争からテクノロジー革命やパンデミックまで、万事を理解し、予測し、コントロールできるというわけだ。

 とりわけ目覚ましいのが、全世界を網羅するボードゲームで10手先まで見通すという、この集団の能力だ。彼らはどこかでウイルスを放つにあたって、それがどのように世界中に拡がっていくかだけではなく、1年後に世界経済にどのような影響を与えるかまで予測できるとされる。政治革命を引き起こすときには、その成り行きをコントロールできるという。戦争を始める場合には、その帰結がどうなるかを知っているそうだ。

 だが、世の中がそれほど単純でないことは言うまでもない。例として、アメリカによるイラク侵攻を考えてほしい。2003年、世界で唯一の超大国アメリカは、大量破壊兵器の除去と、サダム・フセイン政権の打倒を名分に、中東の中規模の国イラクに侵攻した。この地域の覇権を勝ち取り、重要なイラクの油田を支配する機会が転がり込んでくれば、喜んでそれに乗じていたのではないかと思う人もいた。アメリカは目標達成のために、世界一の軍隊を送り込み、何兆ドルも費やした。さて、その数年後、この途方もない努力の結果はどうなったのか? 完全な大失敗だった。大量破壊兵器は存在せず、イラクは大混乱に陥った。この戦争で大勝ちしたのは、じつはイランで、イランがこの地域の覇権国となった。

 では私たちは、当時の大統領ジョージ・W・ブッシュと国防長官のドナルド・ラムズフェルドが本当はイランに内通するスパイで、恐ろしく狡猾なイランのはかりごとを実行に移したと結論するべきなのか? 断じて違う。むしろ、人間のやることは、予測するのもコントロールするのも極端に難しいというのが結論だ。

 それを学ぶためには、わざわざ中東の国家に侵攻するまでもない。教育委員会の委員や地元議会の議員を務めたことがあれば、あるいは、母親の誕生日を祝うサプライズパーティを開こうとしたことがあるだけでもかまわないが、人を思いどおりに動かすのがどれほど難しいか、あなたにもおそらくわかっているだろう。計画を立てれば裏目に出る。何かを隠しておこうとすれば、翌日誰もがそれを話題にしている。信頼できる友人と共謀すれば、肝心のときに裏切られる。

 このように、1000人、いや、100人であってさえ、行動を予測したりコントロールしたりするのが非常に困難であるにもかかわらず、世界的カバール陰謀論は私たちに、80億近い人を操るのは驚くほど容易だと信じることを求めているのだ。

 

* * *

現実
 むろん、この世の中には本物の陰謀が数多く渦巻いている。個人、企業、組織、宗教団体、派閥、政府などが、絶えず何かをたくらみ、実行に移している。だが、まさにそのせいで、この世界全体を予測したりコントロールしたりするのが、ひどく難しくなっている。

 1930年代には、ソヴィエト連邦は世界各地で共産主義革命を引き起こそうと、本当に画策し、資本家が経営する銀行は、ありとあらゆる種類のいかがわしい手を使い、ローズヴェルト政権はニューディール政策でアメリカ社会を抜本的に改革するプランを立て、シオニズム運動はパレスティナに独立国家を建設するという計画を進めていた。だが、これらやその他無数の計画はしばしば衝突した。万事を取り仕切っているような単一の集団などなかったのだ。

 今日でも、あなたはおそらく多くの陰謀の標的になっているだろう。上司にあなたと敵対させようと、同僚たちがたくらんでいるかもしれない。大手製薬会社が、あなたのかかりつけ医を買収して、有害なオピオイド(アヘン様物質)を投与させているかもしれない。別の大企業は、政治家たちに圧力をかけて環境規制の実施を阻み、あなたが吸い込む空気を汚染するのを見逃してもらっているかもしれない。どこかの巨大なテクノロジー企業は、あなたの個人データをせっせとハッキングしているかもしれない。ある政党は、あなたの地元の選挙区を自党に有利になるように改変しているかもしれない。ある外国政府が、あなたの国に過激主義を蔓延させようとしているかもしれない。これらはみな、現実の陰謀でありうるが、間違っても単一の世界的たくらみの一環ではない。一つの企業や政党や独裁政権が、世界の全権力のかなりの部分を首尾良く手中に収めることも、ときにはある。だが、そういうことが起こったら、それを極秘にしておくことは、まず不可能だ。強大な権力は大きな評判を呼ぶものだから。

 それどころか、おおいに評判になることが、強大な権力を獲得するための前提条件となる場合が多い。たとえばレーニンは、世間の目を避けていたら、けっしてロシアで権力を勝ち取れなかっただろう。そして、スターリンは当初、密室ではかりごとを巡らすほうがずっと好きだったが、ソ連で権力を独占した頃には、バルト海と太平洋の間のあらゆる職場、学校、家庭に彼の肖像画が掛かっていた。スターリンの権力は、この個人崇拝を拠り所としていた。レーニンとスターリンは、正真正銘の影の支配者たちの隠れ蓑(みの)であるという見方は、いっさいの史実に反する。

 どんなカバールも、単独では全世界を密かにコントロールすることはできない。それは正しいだけではなく、それに気づけば、確かな力が得られる。この世界で競い合う勢力や派閥を見極め、一方の側に肩入れし、もう一方の側に立ち向かうことが可能になるからだ。それこそが、現実の政治にほかならない。

 

 

ユヴァル・ノア・ハラリ

1976年イスラエル生まれの歴史学者、哲学者。2014年『サピエンス全史』の世界的ヒットにより一躍時代の寵児となる。2016年の『ホモ・デウス』では衝撃の未来予想図で世界を震撼させた。最新作『21 Lessons』では現代世界を鋭く読み解き、人類を力強く鼓舞する。

 

出典・初出

When the World Seems Like One Big Conspiracy

Understanding the structure of global cabal theories can shed light on their allure — and their inherent falsehood. (The New York Times November 20, 2020)

https://www.nytimes.com/2020/11/20/opinion/sunday/global-cabal-conspiracy-theories.html/

© 2020 The New York Times Company; Distributed by The New York Times Licensing Group
© Yuval Noah Harari 2020

 

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柴田裕之 訳

・単行本 46/128ページ
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・発売日:2020.10.08

 

【一部内容公開中!】本書特設サイト
ユヴァル・ノア・ハラリ最新刊『緊急提言 パンデミック』刊行! 現代の知の巨人が語る、コロナ禍と人類の未来とは?|Web河出 (kawade.co.jp)

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ユヴァル・ノア・ハラリ

1976年生まれのイスラエル人歴史学者・哲学者。オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。軍事史や中世騎士文化についての著書がある。オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。著書『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』、『21 Lessons』(いずれも株式会社河出書房新社刊)は世界的なベストセラーとなっている

柴田 裕之

翻訳家。早稲田大学・Earlham College卒業。訳書にハラリ三部作のほか、ドゥ・ヴァール『ママ、最後の抱擁』、ベジャン『流れといのち』、ケーガン『「死」とは何か』など多数。

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