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「親愛なるアメリカの非黒人のみなさん、もしもひとりのアメリカ黒人が黒人であることの経験をあなたに語ったら、どうか自分の人生から事例をむやみに引っ張り出さないで」 アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します

 ナイジェリア・イボ族出身の作家 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが、自身のInstagramで自作『アメリカーナ』の一部を朗読、瞬く間に総再生数127万回を突破、世界中で話題を呼んでいます。

 

 アディーチェは『半分のぼった黄色い太陽』、『なにかが首のまわりに』など傑作を次々発表、オー・ヘンリー賞、オレンジ賞、全米批評家協会賞など数々の栄誉に輝きました。
 また2012年のTEDxトークイベント『We Should All Be Feminists(日本語訳『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』が公開されて以降は、作家の枠にとどまらない現代のオピニオンリーダーとして活躍。今や彼女の言葉は世界中から待ち望まれています。

 

 『アメリカーナ』はそんなアディーチェがアフリカ人の作家として初めて全米批評家協会賞を受賞した作品。
 主人公はナイジェリアから渡米してきたイフェメル。アメリカでイフェメルは、初めて自分が「黒人」なのだと「人種」を知ります。「レイスティーンス、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカ黒人(以前はニグロとして知られた人たち)についてのさまざまな考察」というブログを立ちあげ、それはスポンサーがつくほどの人気ブログに。絵に描いたような成功者となった彼女。でも……というお話。

 

 続きは本編を読んでいただくか、くぼたのぞみさんの訳者あとがき(web河出で公開中)にも詳しいですが、「Black Lives Matter」が世界を揺るがすなか、その作中のブログから著者アディーチェが4つの記事を朗読、Instagramで公開しました。すでに累計127万回以上が再生され、2013年の作品ながら『アメリカーナ』は再びベストセラーリストに浮上しています。
 彼女の意思に敬意を表し、日本の皆様にもお届けすべく、朗読部分の日本語訳を4回にわたり全文公開いたします(翻訳=くぼたのぞみ)。 #BlackLivesMatter

(1)
友人としてアメリカの非黒人のために助言──黒人性について話をするアメリカ黒人にどう対応するか

 

 親愛なるアメリカの非黒人のみなさん、もしもひとりのアメリカ黒人が黒人であることの経験をあなたに語ったら、どうか自分の人生から事例をむやみに引っ張り出さないで。「それってちょうどわたしが……」なんていわないで。あなたは苦しんだ。世界中だれだって苦しんできた。でも、あなたはアメリカ黒人であるゆえに苦しんだわけではないのだから。起きたことにあわてて別の説明をあてたりしないで。「おお、それって本当は人種のことではなくて、階級のことだ。おお、それって人種ではなくて、ジェンダーだ。おお、それって人種ではなくて、クッキーモンスターのことだ」なんていわないで。いいかな、アメリカ黒人は本当はそれが人種だなんて望んでいないんだから。彼らは人種差別的厄介事なんか起きてほしくないのだ。ということはたぶん彼らのいうことが人種をめぐるものであるとき、それってたぶん本当にそうだからじゃない?

 

 「自分は人種偏見がない(カラーブラインド)」なんていわないで。だってもしもあなたが色盲(カラーブラインド)なら、医師に診てもらわなければいけないし、それにテレビにひとりの黒人男性が近隣で起きた犯罪の容疑者として映っていても、ぼやけた紫っぽくて灰色っぽくてクリーム色っぽい人物にしか見えないことになる。「人種について語るのは飽き飽きだ」とか「唯一の人種は人類という種だ」なんていわないで。アメリカ黒人もまた人種について語るのは飽き飽きしている。語らなくてすむならどんなにいいかと思っている。でも差別は起きつづける。返事の前置きに「僕の親友のひとりは黒人だが」なんていわないで、だって、それでなにかが変わるわけではないし、だれも知ったことじゃないし、黒人のベストフレンドがいながら人種差別的行為はできるわけで、ということは、たぶんそれ本当じゃないんだよ、「ベスト」のところね、「フレンド」のところじゃなくて。

 

 自分の祖父がメキシコ人だったから自分は人種差別主義者じゃないなんていわないで(もっと知りたい人はここ→「被抑圧者の団結したリーグなんてない」をクリック)。あなたのアイルランド人の曾祖父母の苦しみなんて持ち出さないで。もちろん彼ら彼女らは、すでに定着して地歩を固めたアメリカから山のような差別を受けたよね。イタリア人もおなじ。東ヨーロッパ人もそう。でもヒエラルキーがあった。百年前、少数民族の白人は嫌われることを嫌ったけれど、それがまあまあ我慢できたのは、黒人たちが少なくとも彼らより階層的には下だったからだよね。奴隷制度が始まったとき、あなたの祖父はロシアの農奴だったなんていわないで。だって問題なのはあなたがいまはアメリカ人であり、アメリカ人だってことはあなたが全体の仕組み、つまりアメリカの遺産とアメリカの負債を手中にしているってことなんだから。なかでもジムクロウは最悪の負債だよね。それって反ユダヤ主義みたいなものだなんていわないで。そうではないの。ユダヤ人憎悪のなかには羨望の可能性もある──このユダヤ人ってのがまたえらく狡猾で、このユダヤ人ってのがまたなんでも統括してるなどという──それに羨望には、どれほど不承不承であろうと、ある種の敬意がつきものだというのは認めなければいけない。アメリカ黒人への憎悪のなかにはいかなる羨望の可能性もない──この黒人ってのがまたひどく怠惰で、この黒人ってのがまたひどく反知性的なんだというのだ。

 

 「おお、人種差別は終った、奴隷制なんてはるかむかしのことだ」なんていわないで。私たちは一九六〇年代から続く問題のことを語っているの、一八六〇年代からの問題じゃないのよ。もしもアラバマ州出身の年配の黒人男性に会ったら、彼はきっと、白人が道を歩いてきたので舗道のへりへ身を寄せたことを覚えているはず。先日、インターネットオークションのヴィンテージショップでドレスを一着買ったけれど、それは一九六〇年の製品で、完璧な形を保っていて、わたしはしょっちゅう着ている。元の持主がそのドレスを着ていたころ、アメリカ黒人は黒人であるゆえに投票できなかった(ドレスの元の持主はたぶん、有名なセピア色の写真に写っている女性のひとりだったかもしれない。学校の外にぞろぞろと立って、幼い黒人の子供たちに向かって「猿!」と叫び、自分の幼い白い子供といっしょに黒い子供を学校へ行かせたくないと思った、そんな女性のひとりだったかもしれない。あの女性たちはいまどこにいるんだろう? 寝覚めが悪くないのかしら? 「猿!」って叫んだことに思いをめぐらしているかしら?)

 

 最後に、フェアに行こうなんて口調を装い、「黒人にもレイシストはいるさ」なんていわないで。だって、もちろんだれにだって先入観はあるけれど(わたしも血縁にいる、欲の深い、自分勝手な人には我慢できない)、でも人種差別とはある集団が握る権力のことであって、アメリカでその権力を握っているのは白人だ。どんなふうに? そうね、白人はアフリカ系アメリカ人の上流社会では糞みたいに扱われることはないし、白人は銀行ローンや住宅ローンをまさに白人だからという理由で断られたりしないし、黒人判事は同一の犯罪のために白人犯罪者に黒人犯罪者に対するより重い刑を科したりしないし、黒人警官は車を運転中の白人を止めたりしないし、白人の会社も黒人の会社も名前が白人っぽいという理由でその人を雇わないなんてこともないし、黒人の教師が白人の生徒に、きみは頭が良くないから医者になれないなんていわないし、黒人政治家は白人の投票力を弱めるためにゲリマンダー(訳注:一八一二年、マサチューセッツ州知事ゲリーが自党に有利にするために行った選挙区改変)を使って選挙区の区分けに手を加えようとトリックをすることはないし、広告代理店が魅力的な製品の広告に「メインストリーム」から「高級感」があると思われないから白人モデルは使えないといったりしないのだ。

 

 しないで、をこんなにならべたあとは、こうしたら?はどういえばいいのかよくわからないわね。耳を澄ましてみて、たぶん。どういわれているか、よく聴いて。そして忘れないで、それはあなたのことをいってるわけじゃないの。アメリカ黒人があなたのせいだといってるわけじゃないの。彼らは、ありのままをいっているだけ。理解できなかったら、質問すること。質問するのが不愉快だったら、質問するなんて不愉快だといってから、とにかく質問すること。適切な場所から発せられた質問に答えるのは難しくはない。それからもう少し耳を澄まして。人は自分のことばを聴いてほしいだけということもある。ここに友情や結びつきや理解が生まれる可能性があるのだから。

アメリカーナ』下巻(河出文庫)156ページより

第2回は7/3の18時に更新。
「アメリカの世論調査員が白人と黒人に人種差別は終ったかどうか質問するなんて変じゃないか、といってもらおう。」アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します。その2

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著者

著者写真

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

1977年ナイジェリア生まれ。2007年『半分のぼった黄色い太陽』でオレンジ賞受賞。13年『アメリカーナ』で全米批評家協会賞受賞。エッセイに『男も女もフェミニストでなきゃ』など。

くぼたのぞみ

北海道生まれ。翻訳家、詩人。東京外国語大学卒業。訳書に、クッツェー『マイケル・K』、アディーチェ『なにかが首のまわりに』『アメリカーナ』、シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』ほか多数。

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