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「交通警官があなたの車に停車を命じたら、自分の人種のせいだと思いますか?」アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します。その4

「交通警官があなたの車に停車を命じたら、自分の人種のせいだと思いますか?」アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します。その4

ナイジェリア・イボ族出身の作家 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが、自身のInstagramで自作『アメリカーナ』の一部を朗読、瞬く間に総再生数127万回を突破、世界中で話題を呼んでいます。

 

 アディーチェは『半分のぼった黄色い太陽』、『なにかが首のまわりに』など傑作を次々発表、オー・ヘンリー賞、オレンジ賞、全米批評家協会賞など数々の栄誉に輝きました。
 また2012年のTEDxトークイベント『We Should All Be Feminists(日本語訳『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』が公開されて以降は、作家の枠にとどまらない現代のオピニオンリーダーとして活躍。今や彼女の言葉は世界中から待ち望まれています。

 

『アメリカーナ』はそんなアディーチェがアフリカ人の作家として初めて全米批評家協会賞を受賞した作品。
 主人公はナイジェリアから渡米してきたイフェメル。アメリカでイフェメルは、初めて自分が「黒人」なのだと「人種」を知ります。「レイスティーンス、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカ黒人(以前はニグロとして知られた人たち)についてのさまざまな考察」というブログを立ちあげ、それはスポンサーがつくほどの人気ブログに。絵に描いたような成功者となった彼女。でも……というお話。

 

 6月4日、アディーチェは自身のインスタグラムで自作『アメリカーナ』の朗読を公開。#Black Lives Matter で揺れる世界のなかで大きな共感を呼び、2013年の作品ながら本作はは再びベストセラーリストに浮上しています。

 彼女の意思に敬意を表し、朗読部分の日本語訳(翻訳=くぼたのぞみ)を4回にわたり全文公開することを決定しました。今回は第4回「大学の学者たちがいう白人特権階級とはなにか、そう、貧しいホワイトなのは気の毒だけれど、貧しいノンホワイトの身にもなってみて」をお届けします。 #BlackLivesMatter

 

(4)
大学の学者たちがいう白人特権階級とはなにか、そう、貧しいホワイトなのは気の毒だけれど、貧しいノンホワイトの身にもなってみて

 そこでこの男はハンク教授に「白人特権階級なんてナンセンス。どうして僕が特権階級なんですか? ウェスト・ヴァージニア州でめっちゃ貧しく育ったんです。アパラチア地方の田舎っぺですよ。僕の家族は福祉に頼ってました」といった。

 そうですか。でも特権的というのはいつも、なにかほかのものと比較してのこと。では、彼のような人で、貧しくて人生もうまくいかない人を黒人に置き換えてみて。

 かりに両者がドラッグ所持で逮捕されたとする、そのとき白人の男は治療を受けるよう病院に送られる可能性が高いけれど、黒人の男は刑務所行きになる可能性が高い。人種以外はなにもかもおなじ境遇で。

 統計値を調べてみて。アパラチア地方の田舎っぺの男が人生に失敗して、これってクールじゃないけど、もしもその人が黒人なら、人生の失敗におまけがつくよね。

 彼はまたハンク教授に「なんでいっつも人種のことを話さなければいけないんですか? われわれはただの人間ってことになれないんですか?」という。そこでハンク教授は「それがまさに白人特権階級なんだよ、そういえることが。人種がきみにとって現実に存在しないのは、それが障害になったことがないからなんだ。

 黒人にとって選択肢はない。ニューヨークの通りにいる黒人の男は人種のことなど考えたくない、がしかしそれも、タクシーをつかまえようと声をあげるまでのこと。それに彼だって自分のメルセデス・ベンツを制限速度内で運転しているときは人種のことなど考えたくない、がしかしそれも、警官が彼に停車を命じるまでのこと。ということはアパラチア地方の田舎っぺ男は階級的特権はないとしても、間違いなく人種的特権はもっていることになる」と答える。

 あなたはどう思う? 読者の方々も一枚かんで、自分の経験をここに書き込んでみて。とりわけあなたが非黒人の場合。

 追伸──ハンク教授はわたしにこれを投稿するよう勧めてくれただけで、白人特権階級のためのテストは、コピーライトがペギー・マッキントッシュという名のとてもクールな女性にあります。もしもあなたが、ノーという答えが多ければ、おめでとう、あなたは白人特権階級です。この質問にどんな意味があるのかって? ホントに? わたしにはわかりません。知っておくだけでも悪くないでしょう。だから、ときにほくそ笑んだり、がっくりきたら気を奮い立たせたり、まあそういう感じでやってみてくださいね。では、始めましょう。

・あなたが有名な社交クラブへ入会したいと思うとき、自分の人種のせいで参加するのは難しいかもしれないと考えますか?

・高級店にひとりで買い物に出かけるとき、あとをつけられたり嫌がらせを受けたりするかもしれないと心配になりますか?

・大手のテレビ局にチャンネルを合わせたり、大手の新聞を開いたりするとき、そこに出てくるのはたいがいあなたの人種以外の人たちだと予想しますか?

・あなたは自分の子供が自分の人種の人間を扱った本や学校教材を入手できないかもしれないと心配になりますか?

・銀行ローンを申し込むとき、自分の人種のせいで、経済的信用度が低いかもしれないと心配になりますか?

・もしもあなたが悪態をついたり、みすぼらしい服を着たりすると、みんなが、これはあなたの人種が、不道徳で、貧しくて、文字が読めないせいだというかもしれないと思いますか?

・もしもあなたが良い職に就いていたら、それはあなたの人種にとって名誉だといわれるだろうと思いますか? あるいはあなたの人種の大部分とは「ちがう」といわれるだろうと思いますか?

・もしもあなたが政府を批判したら、自分が文化的アウトサイダーと見なされるかもしれないと心配になりますか? あるいは「Xに帰れ」といわれるかもしれないと心配になりますか? Xというのはアメリカ以外のどこかです。

・もしもあなたが高級店で失礼な対応を受けて「責任者」を呼んでほしいと伝えたら、出てくる人は自分とは別の人種だと思いますか?

・交通警官があなたの車に停車を命じたら、自分の人種のせいだと思いますか?

・もしもあなたがアファーマティヴ・アクションで職に就いたら、あなたにその資格がないのに人種が理由で雇われたと同僚に思われるのではないかと心配になりますか?

・もしもあなたが高級住宅街へ引っ越したいと思ったら、人種のせいで歓迎されないのではないかと心配になりますか?

・もしもあなたが法的、あるいは医学的な助けが必要になったら、自分の人種が不利になるのではないかと心配になりますか?

・あなたが「肌色(ヌード)」という色調の下着やバンドエイドを使うとき、それが自分の肌の色ではないことをすでに知っていますか? 

(『アメリカーナ』(河出文庫)下巻194ページより)

 

第1回はこちら
「親愛なるアメリカの非黒人のみなさん、もしもひとりのアメリカ黒人が黒人であることの経験をあなたに語ったら、どうか自分の人生から事例をむやみに引っ張り出さないで」 アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します

第2回はこちら。
「アメリカの世論調査員が白人と黒人に人種差別は終ったかどうか質問するなんて変じゃないか、といってもらおう。」アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します。その2

第3回はこちら。
「ある映画が「メインストリーム」だというとき、それは「白人がそれを好き、あるいはそれを制作した」という意味だ。」アディーチェ自身が朗読した『アメリカーナ』日本語訳を公開します。その3

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チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

1977年ナイジェリア生まれ。2007年『半分のぼった黄色い太陽』でオレンジ賞受賞。13年『アメリカーナ』で全米批評家協会賞受賞。エッセイに『男も女もフェミニストでなきゃ』など。

くぼたのぞみ

北海道生まれ。翻訳家、詩人。東京外国語大学卒業。訳書に、クッツェー『マイケル・K』、アディーチェ『なにかが首のまわりに』『アメリカーナ』、シスネロス『マンゴー通り、ときどきさよなら』ほか多数。

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